上出来だったはずなのに

特にお伝えするようなこともなく今年もたいして更新されなかったここですが、かつて「仕事納めのあと、年末特有のアレな仕事をなんとか片付けたウワーッ!とした感じ、もうやだもうやだもう寝るぞーっ!という気持ちのままで勢いまかせのブログを書く」を何度かやったな? と思い出し、のこのこやってきました。

2016のウワーッ:白い小鳥が飛び立つみたい(なんじゃないかなと思ってる)

2017のウワーッ:ざまあよりも楽しいこと(仕事中の盗撮被害について)

いま読み返したら何言ってんのか全然わからんとこばっかりだった。メンタルを追い込まれていたんでしょうか、かわいそうに。ですがそれでも懐かしく、愛おしく思い出す過去です。年末とは本来そんな感じでした。

今年は違います。仕事納めらしいことをやっていないので、なんの達成感もないのです。なのに、なのに、ウワーッ!だけはあるんだよなぜか。

わたしは「持病のある後期高齢者と住んでいる、持病のある人」なので、仕事についてはいろいろ考えました。考えたところでどうといった答えもないことなのですが、悩みました。この仕事は、接触する人数を見れば他のいろいろな接客業よりも少ないけれど、「接触はしたが、気をつけていたのでもしくは運が良かったので感染はしませんでした」がありません。直接口から唾液が行き来するからです。改めて書くと変な感じしますね。
感染リスクを考えてキスしないでください、というオーダーもお客さん側からはできるのですが、そういう人はほとんどいませんし、直接のキスだけ控えたところで、ねえ……とも思います。

もちろん働かなければ生活はできない。けど、この仕事を通して自分が面倒な感染症にかかり、それをせまい2DKで同居する家族にうつしてしまったとしたら、そして最悪の場合彼女を失ってしまったとしたら、わたしはその先の人生で自分を許せるだろうか?
考えたくなかったな、そんなこと。

なんとなくの自分の基準みたいなものに従って出勤する時期しない時期を決めていましたが、結局ほとんどできませんでした。このほとんどできない、をずっとやることもできません。貯金の減少だけがいつでも確実かつスピード感ある動きを見せていました。鮮やかさに目を見張るばかりです。

わたしは平熱が高い方で、測ると37度を超えていることもよくあります。それでお客さんを怒らせたこともありました。お前のような何も考えていない者がいるからコロナが蔓延するのだ、と叱責され、とても怖かった。
繰り返しますが相手は客です。つまり「身体に触れられたい、性的な快感を与えてもらいたい」という用件でわたしを呼び、お金を払い、数分前までわたしの口の中をベチョベチョと舐めていた人物です。なにかの拍子に、まさぐったわたしの身体の温度が高い気がしたんでしょうね。なかなか怒りがおさまらず店のスタッフに間に入ってもらいましたが、「今度からシーナさんもちゃんと体調管理してくださいよ」とのことでした。

いろいろ言われて怖かったのは確かなのですが、心のどこかで「ああ、いつかこの光景を思い出すだろう、このことを誰かに話して聞かせては何度も笑うことになるだろう」とも思っていました。それだけがちいさな救いでした。

なのに12月現在、まだそうはなっていません。何度か親しい人には話したんだけど、期待したほど笑えませんでした。ただただ「やべえな…」という空気が流れるのみ。いや道のりは厳しい。早くこう、なんかリモコンでスキップできないかな。

昨日の夜はフィギュアスケートを観ていました。何年前のことか、グランプリファイナルかなにかが見たくて出勤時間をいつもより遅らせてもらったら、その日のドライバーさんに「はにゅーゆづるにキャーキャー言う女まじ理解できないんだけど何がそんなにすごいんです?(笑)」と聞かれてしまい、悪気はないのかもしれないけどうわーこれは……となって、とはいえシカトするわけにもいかず、お前のような者がフルネームを覚えている時点で“そんなにすごい”に値すると思いますわということを厚さ30cmのオブラートに包んでカチカチにしてお伝えした、という一切思い出さなくてよい思い出を思い出しました。しかもそいつパークタワーとさくらタワー間違えやがってあああああになったんだよな。そして流れで悪気はないかもとか書いちゃったけどそんなわけがないのよ。あるのよ。あるから嫌な感じしたわけなのよ。競技や選手個人というかわたしに対する悪気、「店の女」に対する悪気、そして「俺ではない男をキャーキャーしている女」への悪気。あの鼻で笑う感じ。偉そうなドライバーがずっといる店はだいたい何につけてもだめです。
しかしこんな心底しょうもない話ですら、今はひどく懐かしく感じます。

ふつうにふつうの仕事がしたい。でもそれはもう普通ではなくなってしまった。それをどう受け入れたらいいのか、いまだにわかりません。わたしの愛しい一部の客たちはどうしているんでしょうね、連絡先を渡すこともせずにその日その時ホテルで会って別れてくれていたようなありがたい人ほど、無事でいるかどうか知ることもできません。素性を明かしてくれていた人については検索してみましたが、コロナ対応や決算について株主からすこぶる叩かれていました。とりあえず生きてはいるな、という最低限の安心は得られましたが、彼とまた会うことがあるかどうかもわかりません、ないような気がする。

わたしたちどうなってしまうんだろうね。目の前の人に触れてほんのちょっとの優しさと体温をわけて楽しかったありがとうと言われて、それでどうにか生きていられたのに。生きてさえいれば上出来だったはずなのに。この人生の不条理と各種の懸案事項についてはさておき、せめて確かにそう言い合ったよね?

なにもわからないままです。年は変わりますがそのことに大した意味もないです。わたしとあなたがいつか、思ったよりなんとかなったね、と言っていることを夢想するだけのただの夜です。一緒にスキップできたらいいのにね。向かい合って立って、少し照れちゃって笑って、お互いの感光部に向けたリモコンのボタンを押して、それであっという間にヒュンって飛ぶの。よくない? でも何年のいつにセットすればいいのか全然わからない。

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