ああああああー! 仕事納めたああああああ。今年は年末が特に忙しく、っていうのは仕事量が多いというよりも内容がせわしないというか、やれやれな案件が多くてまいりました。ストレスとカレンダーが追いかけてきたよ。
今年最後の客なんてベッドの上で「気持ち悪いよ〜吐きそうだよ〜つか吐く〜〜」と言い出して修羅場だった。これは一大事だと思ってあわてて上体を引っ張り起こしバスローブを着せて今日の体調やらさっき食べたものやらを訊きつつお手洗いまで連れていって背中をさすったりものすごく気を遣ったのに、しばらくしたら治まったらしく途端に「ねえヤラせてよ〜俺入れなきゃイカないよ???」とゴネ始め、しかし吐く吐く騒ぎのせいで残り時間3分だったんだけどムカついた拍子にわたしもちょっとヤケを起こしてしまい秒速で抜きました。フルスロットルハンドサービスでした。
そんでもうシャワー嫌だ〜って言いやがるからひとりで浴びて、荷物とか心配だからマッハで出てきたらその短時間で床にデロ〜ンと広がって寝てやがった(全裸)。死んじゃっても知らないから!ってたたき起こして布団でくるんだ。写真撮って部下にバラまいてやろうかと思った。やれやれだよ。
ノロウイルスとかじゃなくてよかったよねえ、ほんとにさあ。絶対あの人なんにも覚えてないだろうな。死んじゃうどころか長生きするわ。
ああ〜もうなんもしたくない〜家にこもってデトックスしたい。アタマの中のごちゃっとしたいろんなものをひとつにまとめてどっかやってしまいたい。出かけるのもめんどくさい。なんか去年もそんなこと言ってた気がする、たぶん言ったよ。「今年も残すところ……」っていうのが年々身にしみなくなっていきます。10月初旬くらいの感覚でいたら突然クリスマスツリー見せられてびっくりしたもん(それももう1ヶ月以上前の話)。
とか言っていたらちょうどツイッターで「ねえ……10月からやるスケートのアニメ知ってる?」「珍しい題材だし観てみようかなと思ってる…忘れなければ……」「私も……」って震えながらつぶやいている(注:すでに12月であり、全員最終回まで視聴して阿鼻叫喚した後である)お嬢さん方がいたのでiPhoneを握りしめて共感の涙を流しました。
ほんとリアルタイムで観ておけばよかった……!
年末に時間ができたらまとめてみよっかなー、なんて思ってたわたしはバカでした(途中で良さに気づき、Amazonプライムでまとめて観てなんとか追いついた組です)。
いまはマミさんだけでなく友達にも愛好家がいるので(ぐじぐじ言ってるわたしを見てあわてて一気に観たらしい、うける)LINEやなんかで一緒にぐじぐじ言うんですけど、リアルタイムでキャッキャできなかった過去の自分たちを悔やみ責めるとともにその心の穴を埋めようとさらに全力でキャッキャしています。取りこぼした青春への執念がすごいお年頃です。
あのね、こんなことをあんなにファンのいるキャラクターについて言っていいだろうか。
わたし、ストーリーとは別に、ずっと密かに心のすみっこ〜〜の方で気にしてたことがあって。
「ヴィクトルがティッシュペーパーを取るシーンが出てこないかな」ってのを……。
もう遠くなってしまった昔、あまりに初心者で何もできないのでみっちり講習を受けたとき、講習員さんからめっちゃ指摘されたのが「ティッシュの抜き取り方」だったんですよ(他にもまあいろいろ言われたけど、目からウロコだったので特によく覚えてる)。おはずかしい。
自分の手のビジュアルってわりと好きで、客観的に見ても手と指、それから爪のバランスはなかなか整っている方だと思う(あとよく反って柔らかいところも気に入ってるんだ)のでうれしくってお手入れも日々楽しくやってるんですが、ああ、確かにティッシュの取り方は美しくなかった。たかがティッシュ1枚取るのにものすごく一生懸命引き抜いてるように見える動きをしてた。
ティッシュ取るときって基本「ああよかったなんとかできた」とか「時間大丈夫かな」とか「あっやばいシーツ汚れちゃう」とか、安堵だの焦りだの考えることいっぱいだから、気ィ抜いちゃうっていうか気が回しきれなくて。でも、見られてるときは見られてるし、そのティッシュってお客さんを直接ケアするのに使うものだから、そこを雑にしちゃうとそのまま「雑に扱われてる」って印象を与えかねないからもったいないわけなのです。
しかもほら、その時間っていちばんお客さんがカッコつけられない場面だし。
ユーリonこおりに出てくるヴィクトルさんという人は、とりあえずすごく美しくて格好良くて魅力的で、世界中からあらゆる想いを寄せられもはや浮世のものではないような人……として最初は(最初は。)現れるんですが、絵だけじゃなく動き方がとっても綺麗なキャラクターで。身体の先端部分、指先とか髪の毛先とか、くちびるの端、それからまつげの先。そういう末端の部分の動き方がすごく繊細に作られているのか、ああこういうとこを見てたらいいんだ、作っている人の込めてるメッセージがいっぱいあるんだな、って素人のわたしでも思うくらい、情報量がすごいの。
それがただの「よく動く性分の人」には見えなくて、エレガントで余裕があって、惜しみなく分け与える感があって、もし自分に向かって何かの動作をされたらそれだけで感動してしまうような、キラッとしたなにかが身体の先端からほとばしって見える人(なんだろうな、と想像させる)なんですよ。同時に愛嬌もあって、ちょっとだけ困らせてみたいような雰囲気も持っているんだけど、そんなことしたら澄み渡っていた空から突然雷が落ちて二度と太陽は輝かずに地球は氷河期に突入すると思うからしちゃだめです(実際には人の心の機微にうとい酒グセのわるい子がやってきて暖簾をヒョイするだけだって知ってます、ええ知ってます)。
もしかしてアニメーションの中のグッドルッキングヒューマンってみんなそういうものなの? わたしが知らないだけ?
だって表情や仕草を作ってる人と言葉の内容を作ってる人と、実際に声を出して演技をしてる人がぜんぶ別の人なんですよね?? すごくない? なにそれどういうこと?
えっと、それで、ついつい「この人はどんなふうにティッシュを引き抜くんだろう……いや、引き抜くようには引き抜かないかも、もっと羽根のようにフワンと取るのかも……見たい……」とね、ほんわり夢を描いてしまった、というわけです。彼が自分のために引き抜いてくれたティッシュ、絶対ティッシュに見えないし最高級シルクに見えるし、いや天使のため息を織り上げたヴェールに見えるしそのままジップロックに入れて持って帰りたくなるよね? と。
ああ、何を言っているんだわたしは、なんだこの罪悪感は。よりによって仕事いそがしい12月に観ちゃったから……ヴィクトルごめん、夜の業界に染まったわたしの眼をゆるしてくれ。。
だから、だからね。。第5話でね、あのかわいいカバーのついた箱ティッシュを持ってきたときはもうね。「きゃああああああああああ♡」てなったんです。なっちゃったんですよ。すみません。うわ夢叶っちゃったじゃん! と思った。
でもとうとう最後までヴィクトル氏がティッシュを取るシーンは出てきませんでした(よね? いままぶたの裏に浮かぶこれは本編ではなく妄想よね?)。続編が待たれる。わたしの錆びついた接客技術に気合いを入れてくれないか。
君は素敵だよ、大好きだよ、一緒にいよう、僕のこと好きだよね、大丈夫だよ、知ってるよ、信じているよ、ここにいるよ、もっと上に行こうよ。
そういうことを身体、顔とか指とかで言うんですよ……すごいな……いいなあ……。
わたしももっとできるようになりたいよそういうの。
言葉で言うとかわりになにかが失われちゃうときも、あるし。言葉で言ってもらうより、言われた人が素直に自信を持てる気がする。
それから、言葉で言うと無期限にそうだってことになるっていうか、保証つけないといけなくなっちゃう、っていうか……身体で伝えたことは、そのときそこにいたもの同士がその瞬間にだけ共有するためのものにも、できる。明文化しないぶんいろいろ自由。そんな感じがする。
(そのせいでややこしくなる場合も多分にあるとは思いますが)
お客さんにいくら好きだの愛してるだの言われてもしょうがなさすぎるし、「シーナちゃんは!?シーナちゃんはどうなの!?」って返事を求められるとすこぶる厄介この上ない。あと危険。でもたまーーーに「大丈夫だよ、いまはわたしあなたのことだけみてるし、好きだし、どんな顔してもいいんだから」って言いたい人、言いたいときも、たまーーーーーには、あるもの。
わたしが一番困る、というか、切実にどうにかしたい問題になるのは、そりゃあもちろん「ルールを守らない客」だけど、でも、そういう人はもう客じゃないからさ、抜きにして考えると、課題っていえるのは「自信のないお客さん」かなあ、って思う。むずかしい。
もうかれこれ2年とかかな? 指名してくれているお客さんで、もう少し自信を持ってくれたらなあ、って人がいる。
パッと見た感じはごく普通のお兄さんで、身だしなみはちゃんとしてるし、独りよがりなプレイで痛いことをしてきたりもない。僕は女の人と付き合ったことがないから駄目なんですとよく本人は言うけれど、(なるほど、これじゃ女性に避けられるだろう)と思えるような人じゃない。
だけど、プレイがうまくスムーズにできない。ぜんぜんできない。サービスを受けるという段階にない。
向き合うと緊張してしまって、うまくおしゃべりさえできなくて、顔を見るだけでいっぱいいっぱいで、そして勃起した状態を持続させるのにたいへんな労力を必要とする(それが自然だといえるような年齢にはほど遠い)。うまくできなかった自分が頭をよぎるとしぼんでしまう、みたい。「どうしよう」と思うとしどろもどろになってしまう、フィニッシュできないこともある。それでもいいと本人が言っているし、指名し続けてくれているし、わたしが職業上の任務? を果たしていないわけじゃあ全然ない。射精するかどうかがたったひとつの大事なこととも思ってない。でも、この状態に彼が満足しているわけじゃないのはわかるから、できることならどうにかしたい。心身の状態まで面倒を見てさしあげるのがわたしたちプロの仕事のうちです、なんてこと全ッ然絶ッ対思いやしない(訳知り顔でそう言う人いそうだけどね)(そんならそれだけの知識学べる場所とか保障とか安定とか権利もらいたいわ、人間の心身のケアの難しさなめないでほしい)けど、でも、いい人だから、なんだろ、個人的な感情としては、できることがあるのならしたいと思う。
でもさ……向こうの問題とはいえ、こんなになんにもできないもんなんだなあ、って無力感がすごくて、わたしまで自信を喪失していくという悪循環。
だけどどうしていいかわからない。思いつくことはいろいろとこの2年でさりげなく試してみたけど、あんまり。
そのうちに、ただ単にひたすら「受容」に徹するようになって……っていうか、もうそれしかできることがなくなった、ってだけだけど。
できなくてもいいよ、できてもいいよ、どんなあなたでもわたしは変わったりしない、あなたを採点しない、いつでも待ってるよ。そんな感じに。
もちろんそれは最後に《だって、仕事だからね》がつくんだけど(そこはまあ、あんまり見ない/見せないでいる)。
でもねー。なんかねー。
わたしの「なんでも受け入れるよ」っていうのを、なんか、なんか、この人、もしかしたらだけど「なんにも期待してないよ」って受け取ってるんじゃないの?? だとしたらもう自己否定スパイラルじゃないの??って思いついちゃってモニョモニョしはじめてきたんだ、今年の途中あたりから。
それで、この前、クリスマスに会った時にわたしのモニョりが頂点に達して、ああもういい、もういいや、もう好きにしちゃお、みたいになって、そしたらいきなりわたしの職業魂(?)が強気になって変に勢いづいて、
いつでしたかねぇ、第2話かな? で観たヴィクトル先生のすごいきれいで何度も再生しちゃった動き「膝をつく→相手のアゴを指先で優しく微妙に二段階で触れながら少しだけ上げる→もう片方の手で相手の肘下から手首に向かってそっと、手のひらのエッジまで滑らかに撫で下ろす(上から圧をかけない)→優しい言葉をかけながら(この間ずっと指の形がきれいすぎる)」……っていうのを、真似してやってあげてみちゃったの。ほとんど出来心で。あはは。今思うと自分のおこがましさに顔面が燃えそうです。
(その前にはドラマ『昼顔』で吉瀬美智子さんがスマートフォンを使うときの仕草が素敵で真似したことがありました)(つまりあれだ、どうせいちど燃えつきた顔面なんですよ)
でもねがんばった。わたしはひとりでやってるから、言葉を選ぶのもそれをしゃべるのも顔をつくるのもひとりだから、そのくらいできたいな、って思って。
そしたらさー……なんか、びっくりしながらうっとりしてた……それから? それから? 次はどうなるの!? ねえ僕どうなるのー!?!? って顔してた。
どうもしねーよ!どうもなんねーよ! 山田(仮名)が自分でどうにかすんだよこっからは!!!!!!!
わたしは凡人の極みだから仔豚ちゃん(たしかに山田は軽度の肥満である)を王子様にする魔法とか使えないよ!
と思いました。それからほっぺが上気したような山田の顔が可笑しくって遠慮なく笑った。なんかしんないけど山田も笑ってた。やれやれだわ。
その日はそれから満足して寝たみたいだったのでほっとしました。次どうしたものか知らないけど。
受容のメッセージって基本だし大切だとは思うけど、その表現のしかたって迷うよね。どこまで、って問題もずっとあるし揺さぶられて難しい。
求められているものが分かっても、できないことはできないし。もういいや、来年また考える。
自信がない人は少なくないと思う。わたしもない。
でも、自信が持てない、といってもそれぞれにたくさんの形があって、あの子みたいに美意識と理想の高さ、目の確かさや負けん気からそうなっていることもあるし、それまでの他人とのコミュニケーションの歴史でもすごく左右されるし、自分をどこまで開示するかがまだ決まっていなかったり、たとえば愛されていても客観的な証拠が足りなくて迷ったり、愛されていると知っているからこそ相手を傷つけたくなくて立ち止まってしまったり、 ……自信ってすっごい繊細な生もの。こわい。他人のそれにうかつに触れたくなんてない、でも逃げられない。
そしてそれがあるときある瞬間にフワッと飛び立つさまを、ちょっとだけ見せてもらうといつもドキドキしちゃう。
あのしぐさ、もしお試しになる場合は決してアゴ先を親指で押さえてつかまないのがコツじゃないかなと個人的には思っています……そうするとただの顎クイッになってしまいそう。違う、似てるけど違う。挑発や煽りじゃなくて、歩み寄りと慈しみに少しのお誘いが乗っかったボディランゲージの気がして。微調整された力加減。
あとあの人絶対に指先を立ててさわらないの! 他の場面でもまだ指先立ててるとこ見てないんだよ、超すごくない?やばくない?(指が立たないところにアガるこの感じ、同業の人なら分かってくれるのでは)(それとも絵に描くとそうなるのが普通なのかな?)(比べてみたいんだけど他のキャラクターが他人の素肌に触れるとこなどそうそうないんだよね〜そりゃそうだよね〜)(脱線してしまった)
いま確認したら第2話の5分45秒(オープニング入れて)くらいから出てくるよ。大みそかにまとめて放送とかあるらしいので、興味と体力のある人はぜひ。
それぞれに素敵なアスリートたちが、限られた時間をスケートに捧げる物語なのだけど、最終的に誰が誰を負かすのかを知るために途中のいきさつを見せられる、って話じゃないので、そういうスポーツものが得意でないわたしでも楽しかったな。
とくにそれぞれにキュートでセクシーで無邪気で強くて、それぞれにユニークで天然で不思議で繊細でとんでもなくわがままなふたりが互いに好きになって、すれ違いながら手を伸ばし合い、次第に支えて与えて補い合う(迷惑もだいぶかけ合う)(わずらわされることさえもまた支えとなっている)様子はとっても愛らしく魅力的でした。いちばん振り回されたのは観てる俺たちだけどな。なんだったんだあれは。あんだけ心配させといてなんなんだ……心配しすぎて食欲不振になっていっそ死なせてほしいとか口走ってたか弱き民衆がいっぱいいたのになんなんだよ……ッ
興味と体力のある方はぜひ。
あと、他人に対する愛情全般において恋愛感情が明確に独立していないタイプの人って、一般的なストーリーのシステムにはまりきれないことがちょっとたびたびあるのでは? とひそかに思ってるんだけど(わたしはとてもそうです)、
そういう部分についてとてもラクな気持ちで観ていられたと思う。いろいろな愛の姿は描かれてるけど、登場人物たちが自分の愛に名前を付けたりカテゴライズしようとしないので。そしてその中で恋愛だと認められたものだけが特別に区切られて上位扱いをされていない(これわたしにはすごい大事!)のでめっちゃラクです。たぶん恋をしたら必ず性的な欲求と身体の接触が伴う(逆方向からもセット)って前提もあんまりなさそうなのでそれもラク。好き+性=恋、みたいなあれ。そればっかじゃないじゃんねってよく思う。
あと、なんだろう、「特に明言されない限り、登場人物は当然シスジェンダー / へテロセクシャル で、そうでない“例外”人物が存在するにはストーリーの上で必然になる理由があり、それがいちばんの個性になる」っていうあの説明しづらいけど当たり前に存在するムードもだいぶ薄いような……男子いっぱい出てきて切磋琢磨するけど「男なんだから」「男らしく」って言葉で励ますようなこともないんだよね。
(性別をダシにしたセリフが全くないわけではなくて例えば「男の僕でも妊娠してしまいそうなほどエロス( ꒪⌓꒪)」って混乱しまくりの心の叫びが入ったりするんだけど)
(これ、23歳の人ってそんな言い回しする!?と思ったんだけど、あの子ヴィクトルのガチで立派なファンでマニアでいた暦が長そうだからそのコミュニティで自然に身に付いててもおかしくないし、彼の言うセリフの中ですごく浮いてみえるのに決まり文句だからってツルリと脳から出ちゃうあたりが経験の少なさってことなんだろうかと思ったらなんか姉みたいな気持ちになってしみじみしました)(あっお姉さんが大好きすぎて煙草吸うシーンずっと見てたい、めっちゃ好き、ストライクすぎる)(また脱線した)
一緒にいたい、愛を得たい、あなたのなかにわたしを、わたしの中にあなたを存在させたい、そんな相手が自分と同じ性別だってことで一度も思い悩まないの。本人も周りも(別のことではめっちゃ悩む、すごく悩む)。それを障壁としてドラマチックな要素に使わないし、笑いの要素にもしないし、そんなのおかしいよと言う人もいない。
だからいろいろ自由な心のままで気楽にみていられて、そういう部分の労がとても少なくてありがたかったです。絵の中の彼ら(とその愛を含めた思想)が自由だということが、決していつも自由とはいえないこっち側にいるわたしをすごく楽にしてくれた。その「楽」は、ぬるま湯の楽じゃなくてもっと熱い感じのやつ。そういうフィクションもっとほしい。
誰かが誰かのことを大好き、ってだけでこんなにみんな嬉しくなるのね。具合悪くもなったけどね。
ではわたしは他に使えそうなラブリーレジェンドアクションを探すべく(絶対絶対まだいっぱいあると信じてる……!)もう一回観てきます。そうだこんなどうしようもない妄想をだらだら書いてこぼしている場合ではない。みなさんは楽しい年末などお過ごしください。どっかの空の下にいる山田もな。おわり。