セックスワーカー向けサイトに書いた文章を非当事者向けにリライトしたものです。内容はほぼ同じですが、わかりにくいであろう部分を少し書き足してあるのと、不平不満が多少抑え気味です。
ちょっと前、お客さんからマスクをつけたまま入室するように言われたことがありました。そっか〜と思いながらその人と対面したら顔を覗き込まれて「ちょっと一瞬外して顔見せて。クシャミとかしないでよ?」と言われ、「あーまあまあだね? 絶対コロナかかってないって約束できる? できるならマスク外してみる? ま、ベロチューとかはカンベンね?」って言われたんですけど、外してみる? ってなんだ、カンベンね? ってな、な、なんだその言い方……!?
キスしないでお金もらえるとかラッキー!と自分に言い聞かせておいた。が、普通にむかつきました。
新型コロナウイルス感染症の流行にともなって風俗業界は現在それなりに閑古鳥です。
2011年の震災直後も、一時的にお客さんが減った記憶があります。その時とは働いてる店のタイプが違うから比べられないけど、全体的な空気感だけでいったら今のほうが、働いてる人から出てる「やばいよね」のオーラは濃いように感じてる。たぶん主要な顧客層が「仕事で東京に来た人」だった深夜帯のデリヘルとかきついんじゃないかと思う、津々浦々からの出張、ごっそりなくなっちゃったので。
わたしが働いてる店にも、お客さんから「貴店はちゃんと対策をしているのか」「お宅の女の子らは大丈夫なのか(健康を気遣うニュアンスではないっぽい)」という電話がきたりしてます。ちゃんとしてるも何もなくない? ちゃんとしておりますお客様! って言われたらそれで安心するのか?
「出勤時は全員マスクを着用し、手洗いを励行し、体調の悪い者は出勤しないよう指導しております」って普通であたりまえの答えをスタッフは返してたけど、それ以外のどんな言葉を期待してたんだろう。あと全員マスクは嘘です、買えてない子いっぱいいた。売ってなかったんだからどうにもなりません。
もう、仕方がないじゃないですか。この世に感染症があること、新しい感染症が発生すること、特効薬がすぐには用意できないこと、封じ込めできなかったこと、どうすることもできない。誰だってかかりたくはないし、危なそうなことはしたくないし、お客さんガクッと減っちゃうのも誰のせいでももない。
でも、どうしてわたしこんなにむかついてるんだろう。って思って。もやもやするんですよね、なんだか。
なんなんだろう、って考えてみたんだけど、
これまで、ほとんどのセックスワーカーにとって感染症について気にするということは当たり前で普通のことだったはずです。クラミジアや淋病や肝炎や梅毒に対してずっと、うっすら怖い。もちろんかかりたくない。だけど、検索して出てくる予防策は「不特定多数との安易な性行為は避けましょう」。
業種の差などはあるけれど、風俗店で働くとなると、教科書的な「予防」はほぼできません。させてもらえない。どうにか折り合いをつけて割り切って、うっすら怖いけどもしかかったら心を折らずに治そう……と思いつつ、時間を作って検査を受けながら働いてるのが日常。
できるだけリスクを下げるため、シャワーではエロい雰囲気もしくは甲斐甲斐しい雰囲気を保ってニコニコしながらもお客さんの性器に異変がないか観察してるし、全身リップ中に傷や、なにかのできものを発見したらさりげなくそこを外すし、粘膜どうしの接触をできるだけ避けるかたちでなおかつ相手が満足するよう工夫もするし、これら全部相手にそうと悟られないようにやるし、そういうのの全部が切実に身体に染みついてる。
それなのに「俺ゴムつけるとイケないんだよね〜(まず挿入を許した覚えはない)」だの「入れないから穴にこすらせてよ〜(『一生のお願い』と同レベルで信用ならない)」だの「海外の風俗ならキミくらいの子なんて半額で生本番できたよ(高いと言いたいならなぜ呼んだ?)」だの「あ〜俺は性病とかぜんぜんナイから大丈夫!検査? なったことないからだいじょーぶ!」だのだのだの、こんなような言葉は飽きるほど聞いたし、働いていればこれからもいくらでも聞けます。
かなりの割合で、踏みにじってるんです。働く側の切実でささやかな衛生面での努力を、不完全にならざるを得ない中での努力を、利用する側がとことんないがしろにしている。時に嘲笑混じりにバカにしてまでも、ないがしろにしている。
そういう場合がとっても多い。今までずっと、そうだったんですよ。
そもそも「基本的にオーラルも素股も生」っていう日本の風俗店のやり方[1]完全ゴムサービスでセーファーを売りにしたデリヘル、存在してたことがないわけじゃないです。ただ続かなかったです[2]現存するゴムサービスが基本の店もあります、でもそれは「生は追加料金」ということです。女性向け求人サイトでこそセールスポイントになっていますが男性客に向けては一切アピールされません自体がまあまあやばいのに、ずっと変わらないですよね。働いてる人ひとりひとりに検査と治療というコストを負わせ、自己責任の自己管理ということにして目を背け続けることで、そのやばい状態を保っている。利用する側にも感染のリスクはあるのに、彼らは目に見える形であきらかな異変に遭遇するまで目を背け続け、自分が目を背けていることにも気づかず、パートナーが妊娠して検査でクラミジアが見つかり慌てふためいています。
そこへ今回の新型コロナウイルス感染症があらわれて、え、あなたたち、それは普通にちゃんと怖いんだ。
って思ったら、なんだかね……知ってはいたけど、引くよねって感じです。とても見覚えのある、ぼんやりとして白けた嫌悪感です。
人に話せば「そりゃあ、性感染症と違って今度のウイルスは治療法がわかっていないから」と言われるけど、お言葉ですけどあの人たち、主要な性感染症に治療法があるかないかすらわかってなんかないと思う。性行為でうつる病気を5つあげてください、って言ってすんなり言える人、たぶんめちゃくちゃ少ないです。
そういうレベルの人、特別に無知なわけじゃなくて普通にいる。それが「普通のお客さん」。
もちろんどうやって検査するかも知らないし、どんな症状が出るか(もしくは出ないか)なんてもっと知らない。知ろうともせずに性サービスを利用しているし、知らないままで何年も利用できちゃう。働く側がしわよせを引き受けているから。わたしたちから見れば滑稽を通り越して痛々しい姿だけど、きっと彼らは自分たちのほうが一段高いところにいると疑うこともないでしょう。
それがあらためて浮き彫りになったっていうか、思い知って、しみじみどうしようもないな……と思ったわけです。だからもやもやするんだな。
マスク外してみる? の客には「お約束できませんのでこのままで」を通していたら「なんで約束できないの?」とイラつき始めたので「この世に、絶対は、ないからです」って言った。かなりカチンときてたのでぺこぱの松蔭寺さんみたいな言い方で言った。「ハッ、真面目だね〜(笑)」って言われました。そして本番を要求された。そんなことだろうと思ったよ…。
なんかの拍子に時空が歪んで東京中の使い終わったマスクのゴミ全部あいつん家の天井からぶら下がんねーかな。
もちろんそんな人ばかりではないし、世の中には「こんな時期に風俗で遊ぶ男なんて何も考えてないバカに決まってる」みたいなこれもまた無責任な説が出回っていますが、そういうことでもないと思ってます。
世間の様子を見て、デリヘルとか暇になってんだろうなあ、とふと思い、「おこがましいけど、頼るような身内もいないでひとりで頑張ってる子もいるんじゃないかと思って」「俺みたいにあぶく銭で儲けている人間が少しでも金を落とすべき」と言って使ってくれた人もいました。いつもカード決済で使ってくれる人が「万が一お店が潰れるようなことになったら悲しい」と現金で支払ってくれたり、「本当に困ったことがあったら連絡して、そうでなければどこかになくして」と名刺をくれたり。実際に連絡することはないにしても、負担に思われたくはないけど気にはかけている、というのがありがたかった。
(知らない人のために念のため書いておきますが、わたしたちの多くは従業員ではないのでいわゆる「時給」「基本給」みたいなものはありません。基本的には出勤してもお客さんがつかなければ無給で、交通費という概念も存在しないため赤字です。お店によっては仕事をまわせなかった女の子に店長さんがポケットマネーでこっそり少額を渡してあげたりとか、そういうのはあります)
世の中が平常心でいられない時には社会的な立場の強さ弱さが顕著にあらわれるけれど、見下しにならないように強い立場から優しくできる人はいるんですよね。そしてそういうお客さんは生本番なんか要求してこないし、あいさつの後は触れるより先に手を洗いシャワーを浴びてくれた。
本来は普通のことですが、それが普通じゃないので嬉しく思ってしまいます。
そういう人が増えて欲しいけど、どうしたらいいんでしょうね。他人と関わりながら生きる上で、相手の健康というものをどう大切にするかもっと真剣に考える機会があっていい気がする。性的なコミュニケーションはお互いの安全を脅かすこともあるってこと、それを双方ができる限りケアしながら触れ合うやり方はあるってこと、他人は例えどんなふうに見えても自分と対等な人間なんだよってこと、違う価値観で違う人生を生きているどうしが尊重し合うことはできるしそのコストが弱い人に集中してはいけないってこと、そういうことちゃんと教えてほしい。
自分のお客さんにはさりげなく少しずつ伝えるようにはしてるけど限界あるし、大人になる前にちゃんと知っておくべきなはずだと思うし、こういうときいつも性教育に変わってもらうしかないんじゃないかって思うけど実際なかなか希望がもてる分野ではない気もする。
やれやれ。
こういう話はかならずやれやれで終わりますね。それも昔からずっと同じです。