タバコになりたい、紙切れでもいい

暑くて暑くて、ときどきもう自分は溶けだしているのではないかと思いながら二の腕に触れるとまるで本当に溶け始めているかのようにぬるりと汗が滑った今年の夏ですが、何もかも嘘か夢だったみたいに寒い。寒いです。ちょっと肌寒いともう心の隙間から冷気にやられて寒く感じるようにできています。
あんなに毎日スイカを食べていたのに。スイカかかき氷かアイスクリームのことしか思い出せないのに。
この夏ほかに何をしていたかというと、恋をしていました。鳥になった春風亭昇太(7月にきいた噺の中で小鳥になっていた姿がとても可愛くてその数秒間を脳裏に焼き付けてずっと何度も再生してる)とシャーリーズ・セロン(メッメッ)と、そしてもうひとり。

わたしは長岡亮介さん(東京事変で「浮雲」名義でギターを弾いていた男性です)のファンで、「8月に出る椎名林檎の新譜PVに変な服を着て出演している」という情報を得てちょっと楽しみにしていました。気づけば発売日を過ぎ、そうそう、とアクセスしたYouTubeで見た彼は期待通りに真面目な顔で変なカッコして変な動きを見せてくれていてたいへん素敵だったのですが、切り替わった画面にいた女の人にあっという間に目も心も奪われてしまったのです。ほんの一瞬のうちの、完全な一目惚れです。

ちょっと検索すると彼女のお名前や所属などはすぐに分かり、ああ同じようにすっかり魅了されてしまった人々がどれほどいることか、と思いたくさん開いたGoogleの画面を前に微笑んでしまいました。心の動揺を隠さないままそこかしこの知恵袋的な場所で情報を求めていらっしゃる方もお見かけしましたよ。恋心をtwitterに吐露していた方も多かったですね。みんな仲間だ。

こういうとき、名前がわかるとなんだか安心しませんか。確かに目の前に姿があっても、特定して呼ぶことができない状態だと相手の存在が不確かになってしまうような感覚。本当は関係ないのにね。
そういえばわたしもときどき自分のお客さんに「なんて呼んだらいい?」って言っています。呼ばれ方ってできれば自分で選びたいものだと思うのですよ。たとえその場だけの名字でも。下の名前で呼んでほしいときなんかは、向こうから言ってもらわないとなかなか難しいしね。

それか、リピーターなのにその人の名前をきれいさっぱり忘れてしまったときもめっちゃ可愛く「なんか私だけの呼び方ちょうだい!」とか言っている。反省はしている。

話がそれました。

彼女のこと、本当はこれまでにも見かけたことがあったはずなのです。ウィキペディアで見たら、えっそれ知ってるよ? という作品がいくつかあった。
でも、平井堅のPVのときはもう仮装と言っていいような出で立ちだったし、PerfumeのPVのときはほとんど仮装といってもいいようなメガネをかけていたし、星野源のときはほとんど仮装といってもいいような髪型(まぶたギリギリのマッシュルームカット)をしていたし、きっと以前からのファンの方にしてみたら今回の作品で「ついに世間に見つかった!」という感じだったかも。

ただ気怠げに歩いているだけで、正面の顎から首、鎖骨までが素敵で見とれてしまうのだけど、ダンスシーンになるとその美しさを造っていた骨組みと筋肉がぐっと強調されて目を見張ります。きれいとしか言いようがない。悲しいストーリーのビデオなんだけど、きれいとしか言いようがないです。吉田羊さんが彼女を評して「一体どこから降って湧いた」と表現しておられたのですが、ほんとそれ。ほんとそうですよ。一体どこから。

YouTubeで一度見た後すぐに購入し、夏の間は毎日のように見入っていました。おかげで仕事中、シャワーを浴び(させ)ながらふと変なことを思います。

——あんなふうにこの人を手にかけたら、どんな感触がするかな?
みたいなことを。ちょっとだけだよ。

しかし不思議なのは、そんなふうに思う瞬間はたいてい、好きだと思える人がそこにいる時によぎるものなのです。失礼で嫌味で怠惰な、愛想笑いの裏側で絶え間なくウンザリさせられるような相手にではなく。

昔こんな心理テストを見かけたことがありました。問いがいくつも重なるタイプの。

美しい牛と醜い牛、どちらかを食べるとしたらどちらを食べますか。

好きな牛と嫌いな牛、どちらを食べますか。

名前の付いた牛と付いていない牛、どちらを食べますか。

美しい人と醜い人、どちらかを食べなければならないとしたら。

好きな人と嫌いな人ならば。

そんなこと考えさせないでよ、と思います。
あまりにも困る。

それか、もしかしたら、こんな仕方のない問いでかわいいひとと互いに困らせあい、その困った顔を見て胸に甘苦しいときめきを得るための心理テストなのかもしれません。贅沢ですね。

何回かは空想の中で、架空の愛しい男の唇をガムテープで塞いではその心地悪い滑らかな感触越しについばんでみたりしたのですが、度胸もない上に不器用なので美しく殺めることなどできずだいたいあっけなく剥がしてしまいました。それもけっこう痛そう。口唇と皮膚の境目がたちまちヒリヒリと赤くなったのを見て、痛かった? かわいそうにねえ、と言ってわたしはちょっと笑います。

そんなひとり遊びをしているうちにすっかり秋でした。

ただシェラトン(だっけ)のシャワーを見るととりあえず「あ、角があってよさげ」とは思う。角。

ELEVENPLAYのSAYA(篠原沙弥)さんという方です
2番の最初で一瞬だけ微笑みかけてくれるところでいつも胸が震えます
amate-raxiは閉店前に素敵な映像にのこしてもらって幸せなクラブだと思う

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