東京都写真美術館へ、メールにてわたしの気持ちを伝えさせていただきました。作者ではなく美術館へ働きかけるのは、今後別の芸術家によって似た事案が起こる可能性を低めたい思いからです。暴力を用いた作品の発生よりも、それが世に認められることの方がまだいくぶん防げるのかなと思うからです。
作者本人へ直接コンタクトを取ることは恐怖心に襲われてかなわないものの、美術館に宛ててであればなんとか実行できたから、というのも理由のひとつです。お手紙の内容をこちらに載せておきます。
【12/31追記 その後東京都写真美術館からはお返事をいただきました】
【2015/12 追記 あとからこの話題についてお調べの方向けに、流れを簡単にまとめたものはこちらです】
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東京都写真美術館 ご担当者様
突然このような長いメールを送付いたしますことを、どうかお許しください。
椎名と申します。××区に住むいち都民です。
本日は、過去に貴美術館にて行われた展覧会についてお尋ねしたいことがあり、お手紙をさせていただく次第です。
伺いたいのは、2007年12月22日から2008年2月20日に行われた「日本の新進作家 VOL.6:スティル/アライヴ」という展示中、大橋仁氏の作品についてです。(URL併記)
もしかしたら既に、この件でどなたかからの問い合わせをお受けになっているかもしれません。
と申しますのは、去る12月20日に「タブロイド」というニュースサイトに掲載された大橋氏のインタビュー記事においてこの展示についての言及があり、その内容がインターネット上で話題となり(あまり良い意味ではない方です)、現在大勢の方が意見を交わしているためです。
(http://www.tabroid.jp/news/2014/12/matsumoto4.html)
前出のURLの記事を読みますと、大橋氏の撮影手法は「撮影を禁止されている場所だと認識した上でゲリラ的に撮影を強行し、咎められると何も分からない観光客を装う」といったものだと分かります。
これに対し、物を盗んだり身体に怪我こそ負わせないものの倫理面で問題がある手法だとわたしを含めた多くの方が感じ、疑問の声を上げています。
撮影されたのはタイで性風俗業に従事している方々(以下、セックスワーカー、という呼称であらわします)で、女性です。仕事中に外国人の男性から突然カメラを向けられフラッシュを焚かれ、パニックに陥ってもなお撮られ続け、その写真は日本へ持ち帰られて「芸術作品」として展示される……これは彼女たちの尊厳を無視した行いではないか、とわたしは憤りを感じ、また当該の作品が日本の美術館で展示され多くの人々の目に触れたことが、結果として彼女たちの人権をさらに侵害することとなってしまったのではないかと、不安に感じております。
そこで、わたしから伺いたいことは3点ございます。
1)このような、暴力的ともいえる手法で撮影された作品群であるということ、展示を企画された方もご存じであったと思います。実現に際して、「これは倫理面で問題があるかもしれない」もしくは「これは倫理面で物言いがつくかもしれない」といった懸念や不安はおありでしたか?
どのようなお考えのもとで展示を行う判断に至ったのか、その過程を伺いたく思います。
2)展示が行われた2007年〜2008年当時、大橋氏の撮影手法について、またそうと知りながら作品を展示することに対し疑問を呈する声がどなたかから寄せられたでしょうか?
もし対応なさったできごとがありましたら、可能な範囲で、どのようにお返事をなさったのかも教えていただけると幸いです。
3)仮定の話で心苦しいのですが、これがわたし個人としては最も切実な質問ですので、何卒お答えいただきたく存じます。
もしも今後、同じように日本国内で働くセックスワーカーを許可なく撮影した写真があったとして、それらもまた作品として展示される可能性はありますか?
7年前のことで当時のご担当者さまが現在おいでかどうかも存じ上げませんし、お忙しいところ、また年末年始の非常に慌ただしい時期にも重なりたいへん恐縮ですが、ご回答をいただきたくお待ち申し上げております。
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ここからは、わたしが個人的に美術館の方々へお伝えしたいこととなります。
わたし自身もまた、セックスワーカーのひとりです。
俗に、風俗嬢、と呼ばれる者です。都内の風俗店に勤務しております。
普段明るい場所で声を発する機会を得にくい職業ですし、意見を述べることも憚られる場合が多いですので、このようなお手紙を差し上げることには、とても勇気が要りました。
それでも今回こうしてキーを叩いているのは、同じセックスワーカーとしてタイの女性たちが気の毒だから、という気持ちからではありません。
わたしたち東京のセックスワーカーもまた、お客様から無断で(もしくは無理やりに)写真を撮られる被害が後を断たないのです。
特に、東京都条例の改正に伴って、店舗型の風俗店(お店の中にある個室内でサービスを行う店です、そのため直接の接客に当たらない男性の従業員が同じフロアにいます)から無店舗型の風俗店(派遣先のホテルなどでサービスを行う店です、そのため接客する従業員と利用する客が一対一になります)へ移行が進んだ結果、無断撮影や録音などの禁止されている行為に及ぶ人が増えたのだろうという考え方が業界の中にあります(もちろん増えたといってもごく一部で、大体は安全な方なのですが)。
わたしも無断撮影の被害に遭った経験が複数回あります。
ほとんどの場合で、データを破棄してもらうことはかないませんでした。衣服を身に着けていない状態で、部屋に男性とふたりだけですので、抗議をすることは大変難しいのです。「うるさいな、顔は撮ってねえよ」と大きな声で怒鳴りつけられて諦めたこともありました。助けを呼ぶ相手のいない場所で、セックスワーカーの立場はたいへん弱いものです。
多くのケースは、個人で楽しみたいと思ってその場の出来心(という言葉は使いたくありませんが……)でなされたかもしれませんが、「作品に協力を」という言葉とともに計画的に写真を撮られたことも、あります。忘れることのできない記憶です。
(——中略。ここには当時の客がわたしの同意を得ず行った撮影の手口を具体的に詳しく記述したため、模倣する人が出るととても嫌ですので公開しません)
撮られているあいだじゅう、少しでも強く眉を寄せ、少しでも大きく口を開けようとそればかり考えていました。快感に歪んだ表情を装って、せめて少しでも普段のわたしの顔と違うふうに写ればと、足掻いていました。笑ってしまうような無駄な努力ですが、必死だったのです。
あの時のわたしの写真は、今ごろどこにあるのだろう。ふとそう思うことがあります。
どこかで突然目にする可能性も、絶対にないとは言えない。街のコンビニの成人向けコーナーで、ネットオークションの商品として、はたまたわたし自身を脅迫するための道具として、いつか再会するのかもしれない。
そんな悪い想像の中に「公共的な美術館」という種類が、加わってしまったのです、今回の大橋氏のことによって。東京都写真美術館へは二度ほどしか訪れたことがありませんが、おぼろげな記憶の中にある展示室で悲鳴を上げる自分の姿がまぶたに浮かぶのです。
それは、大きな落胆と恐怖です。
「かつて無断で撮影された自分の写真が美術館に展示されていた」なんていうことがわたしに、そして他の何万人ものセックスワーカー(その中には未成年の方もいらっしゃいます)の身に、起こりうる可能性はあるのかしら。しかもそれを芸術だとして人々が「観賞」し撮影者を称賛するなんていうことが。この恐怖を払拭できずに、先ほどの3つ目の質問を立てるに至りました。
セックスワーカーは密室の中でも弱いですが、社会の中でも身を潜めねばならないことが多くあります。時にはその職業名のみで、どんな不当な扱いを受けようとも自業自得であると扱われてしまうこともあります(逆にやたらと持て囃されるような場面もあります)。性産業には賛否があることはよく知っていますし、社会の中でどうあるべきかなどということはわたしには判りません。ですが、わたしたちはどなたにどう思われようと、ただこの街で働き、暮らしています。
日々の生活の中で公共の施設(区役所、警察署、投票所……)に足を踏み入れる時、どうしてだかどこかソワソワと落ち着かない気持ちがよぎることが、稀にあります。それはひとりの都民みたいな顔をしていていいのかしら、というような、わたしを笑わないでください、というような、卑屈さとも遠慮とも異なる説明しづらい感情です。
ですが今日、わたしはそれを振り払い、ひとりの都民の顔でこのメールを送信しようと思います。
芸術っていったいなんなのか、わたしはよくわかりません。ですが、それはセックスワーカーを含めた人間みんなの基本的人権を脅かすような方法をとらずとも存在するものだと、信じたいのです。
勝手な身の上話を長々と送り付けて読ませるような形となったこと、たいへん心苦しく、また気持ちがショックを受けた状態で綴りましたのでまとまらない乱文となり恥ずかしく思っております。切実な思いを少しでもあらわしたかったこと、わかっていただけたらとてもとても嬉しいです。
目を通して下さり、本当にありがとうございました。
重ねてになりますが、前述の質問についてご回答をいただきたく、心よりお願いを申し上げます。
2014年12月25日
椎名こゆり
https://goodnightsweetie.net/
追伸
この件について胸を痛めている同じ職業の仲間や、その他気にかけてくださっている方々と共有するために、このメールは貴美術館へのお手紙ではありますが、わたしのウェブログにも一部を除いて掲載することをお許しください。
また本来でしたらお電話を差し上げて用件とともにメールアドレスを伺うべきところ、人づてに聞いて送り付けてしまったことも、ごめんなさい。
【12/26追記】
本文中にURLを併記していましたが、うちひとつはこの件で取り上げている無断で撮影された作品群そのものの写真(展示されている壁面を撮影しており、比較的鮮明に見える)へのリンクが含まれていたため、削除しました。不本意なことをしてしまい反省しています。