スティグマの腕に抱かれて (1)「セックスワークは生き延びるための手段」ということにしておいて欲しいのは自分ではないのか

昨年末にわたしが投稿したこちらの記事を読んで、マサキチトセさんが執筆してくださったものです。

あの文章は言葉を伴った反響をいただくことが少なく、もちろん気軽に感想を述べやすい話題ではないことは百も承知なのですが、わたしの話が「非当事者は黙れ、何も言うな」と受け取られているのだとしたらちょっとこまるな、と思っていたところでした(「知ったような口を利かないでくれ」というのと「黙れ」とは違いますよね)。
べ、別に誰ひとりよゐこの話に乗ってくれなかったから淋しいとかじゃないんだからね!

マサキさんの記事には、椎名さんの文章を読んで自分の中にあった偏見や暴力性に気づいた、というように書かれていました。けれど、わたしはそれを読みながら、ずっと共感していた。そうだよね、わたしもだよ、と思っていました。やっと思い知ったか、というような気持ちではなかったです。

セックスワークは、辛い境地で苦渋の決断をもって選択される。
セックスワークは、糧を得るためにやむなく、時に開き直って選択され、しかし働いている者は誇りを持ってその苦悩込みで仕事をまっとうしている。
同情に値する壮絶な人生を必死で生きているのだから、嘲笑するのは知的な態度ではない。

——「セックスワークに偏見はない。差別もしない」と言ってくれる人が、実はこのような認識でいることは少なくありません。その人はおそらく積極的にわたしたちを傷つけようだなんて思っていないし、力になれることがあるなら協力したい、と思ってくれていることもある。
次のページを開けば(これらに当てはまらない場合はお金のためにモラルを捨てた頭の悪い人か、よほど性的に逸脱している気の毒な人なので、福祉からこぼれた可哀想なしかし強く健気な弱者、としてのセックスワーカー枠からは、まあひとまず除外って感じかな)と書かれているかもな……!? と心のどこかでは警戒しながら、しかしわたしはわざわざページをめくりはしません。

風俗嬢なんてみな楽して金を儲けたいだけのバカ女だろう。
若さや美貌をチラつかせるだけでちやほやされ、汗水流して働く人々を腹の中で笑っているに違いない。

あっという間に年を取って見向きもされなくなるとも知らずに何も考えず股を開いて、とはいえまともな仕事には適応不可能なのだろうから仕方ないか。社会の底辺ってヤツも必要だ。

—— 一方で、こんな風に思っている人々も、まだ、います。そればかりか堂々と公言して憚らない場合も少なくありません(さらにすごい版の「売春婦は犯罪者、その罪を恥じ今すぐ死んで詫びてみせろ」という主旨のメールをわたしも時々もらってます)。比べると、先に書いたようなタイプの偏見がだいぶ「マシ」に見えますね。
この手の人々がみんな、前者のタイプに変わってくれるなら……ちっとも正しくないしちっともありがたくもないし長い目で見ればおそろしいけれど、でも……いまこの場に限っていえば、どんなに楽になるか。どんなに安全になるか。どんなに直接の罵詈雑言や暴力が減るか。

もう、そんなんだったら言っちゃうしかなくない? と、わたしも思うんです。言っちゃうよね。「不本意ながらそれでも日々の糧を得るため、家族を養うために必死で働いている人だっているのですよ」って。
「生き延びるためだ、とその仕事を選ぶ辛さがわかりますか」って言うのと、黙っておく(余程圧のある白い目で見るなどしない限り、相手、そして周囲は同意だとして疑わないでしょう)のとどっちがいいかなんて、誰か答えられるんでしょうか。
マサキさんの記事にあった『少しばかりの違和感』は、わたしも確かに知っているものです。心地の悪さを感じながらもわたしたちを守ろうと言葉を尽くしてくださる人に向かって「その守り方では不完全なのです」と指摘するだなんて、できればしたくないことです。つらいことですし、難しいことです(しかし今回わたしは別の方に向かってそれをしたのですが)。

それにわたしもまた、ピンポイントで誤解を解きたいような場面でこの方法をとったこと、全くないだなんてとても言えないのです。

たとえばわたしたちの収入に遠慮なく好奇の目を向けてくるお客さんというのは昔からいるものだと思いますが、今やセックスワークが必ずしも高収入とは呼べなくなってしまったことを彼らは理解していません。ただ漠然と、正社員として会社勤めをする女性の5倍くらいの額を「風俗嬢」の肩書きと同時に、全員が自動的に手に入れているのだと想像している、そんな浮世離れした人もなぜかまだちらほらといるのです。
そのような人から無邪気な妬みを含んだ視線を浴びせられそうになったとき、反論だとは思われないように切り抜けて場の空気を保つことが、たしかにあります。

「ねえねえ、稼いだおカネとか何に使ってんの?」
「えー?(笑)なんだろ、まず生活費かな」
「そりゃそうでしょ、そうじゃなくてあとは?」
「あっ! もしかして、ホストクラブとかで使ってると思われちゃってました?(笑)」
「いや、別にそういう訳じゃないけど。ちょっと聞いてみただけだよ、だってかなりもらってるでしょ」
「そうだったらいいんだけどね〜。昔はそういう格好いいお姉さんもたーくさんいたって聞いたことある!今は、どうだろ、お家の事情とかでこの世界に入って、生活費と少し貯金できるくらいギリギリ稼いで、って子もけっこう多いんじゃないかなあ。お客さんの数減ってるし、お店の数だけやたら増えてるし」

(「格好いい」という形容詞にちっぽけな抵抗が込められています)
(「店は増えてる」というのは、都内のデリヘルを使う男性だと風俗ポータルサイトなど見つつ「店いっぱいあるなー」と思った経験のある人は多いはずなので、同意できる事柄を最後に持ってくることで少しでもわたしの言うことを否定せずにいてもらえたらな〜というささやかな心理戦です)(効果があるかはさっぱりわかりましぇん)

「ふーん……いや、無駄遣いしてるとは最初から言ってないよ? けどさ、ほら、自分の店を持つための資金とかでもないの? だって、言っちゃ悪いけど長くやるようなコトじゃないでしょ。今はよくてもどーすんの、将来」
「うん。そりゃあね、いつまでもできる仕事とは、あたしも思ってはないけど、でも……でもね、今はいいかなって。まあたまには嫌なこともツラいこともありますけど〜(笑)、とりあえず今はこの仕事一生懸命やりながら考えたいっていうか。あーそろそろ××さん(客の名前)来てくれるころかなあ、なんてこっそり楽しみにしたりしながらね、ふふ」
「へー。ま、なんもできないけど応援してるよ。ま、あれだな、金持ってる男つかまえて上手いことやれたらいいな、それが一番いいよ、うん、それまでは俺のこと癒してね」
「心配してくれてありがと♡お風呂いきましょ♡」

……なんてね、まあなんか、こんなふうに。

こんなこともありました。お客さんのひとりから結婚を申し出られたときのことです。それは、ある日突然に記入済みの婚姻届を持参してわたしの前に置き、俺のところに来なさい、幸せにしてやるから、というものでした(突然の婚姻届、業界外の方には奇妙かもしれませんがちらほら聞きますし、わたしも何度か経験があるのでこれ自体は未曾有の珍事件というわけではないはずです)(日常茶飯事だとは言わないしもちろん普通にこわいけどね!)。
年齢はわたしより30歳ほど上で、結婚の話が出ても不自然ではないほどお互いになにかの情を感じていたかというと、そうではありません。接客した回数で言えば「常連さん」ではあるものの、ご指名への感謝以上の好意を示した覚えもありませんでした。彼の方も、比較的よくある「僕たちは恋愛感情で結ばれてる!他の客は引っ込め!」といった勘違いをしている様子ではなく「身請け(いつの時代だよ)して不自由ない暮らしをさせてやるので足を洗え」「秘密は守ってやるから安心しろ」といった態度でした。

これはまずい、どうしよう、と思いましたが、しかしどのようなスタンスでこの場を切り抜けるかを今すぐに自分だけで決断しなくてはなりません。親子ほど年の離れた相手にいきなり婚姻届を出してくるだけで非常事態なのは明らか、逃げるべきなのは明らかですが、普段の会話からもこの人は思い込みが激しくてカッとなりやすい性格、ドラマチックなことが好きで、自分に絶大な自信を持っているタイプだとなんとなく感じていました。生意気な女は多少頬を打ってでも「教育」すべき、と思っていることも、かつて披露された武勇伝の内容から把握していました。
下手にプライドを傷つけたら、たいへんな惨事が起こるかもしれない……と怯えました。

彼は「君はたしかに訳あって苦界に身を沈めたが(いつの時代だよ第二章)、心根は普通の女と何も変わらない、俺の目は確かだ」と怒鳴るように言い、感情が昂ぶったのかそれとも演出なのか、ガラスのテーブルを拳でドンと叩きました。ひゃあ〜〜〜〜怖かった。
いよいよ何をされるか分からない、と思ったわたしは内心で震え上がり、さらに神経を研ぎ澄ませました。

長くなったのでページを分けます。→ 次号「どうなる椎名の絶体絶命!『苦界』は『くがい』と読むんだね!」に続きます。

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