わたしたちの名刺といえばまあだいたい空名刺です。キャバクラの世界でも、切らしてしまった時やまだ日の浅い新人さんは空名刺を使うと伺いましたが、風俗の場合はどんなにベテランだったりその店のナンバーだったりしても「自腹で専門業者さんにオーダーする」文化があまりありません。それもふんだんにお金をかけている店は少なく、事務所のプリンターで印刷したものをスタッフさんがチピチピとミシン目で切り離していたり、そんな感じのところもわりとある印象です。受け取った人以外の目に触れることもない命短き存在ですから、それでいいのでしょう。

お別れする直前に名前とちょこっとしたメッセージなどを書いてお渡しするのですが、その時に使ったボールペンの柄を、しばらく経ってもはや常連となったお客さんから言及されておののいたことがありました。初めて会った夜、最後に名刺をくれるときに君がピンクの花の模様の女の子っぽいペンで書いていたのを見て、それは私物なのかいって訊いたらばそうよと答えて、その時にどうもぐっときて俺はこの子をまた呼ぶのだろうなあと思ったことを今も覚えているんだ、と。

ぐっときた、という言葉をどう受けとるか迷いました。その店で支給されていたのは100円ショップにて10本セットで売られているボールペンで、まあ書きにくいことこの上ないばかりかちょっと横にして縦にしたらもう寿命が尽きたかのようにすぐインクが出てこなくなる代物で、
ああああああくっそイライラするなんじゃこりゃああああ!!!!!!!!!
と、おそらく全員が思っていましたから、女の子はだいたい誰でも私物のペンを使っていたはずです。ペンが私物であることにぐっとこられても、と思いました。

そういえばいたわ、会社員だったころ、わたしが使っている付箋やクリップなどの事務用品がピンク色だったりデザイン性の高いものだったりするそれだけのことをもって「いいねェ〜女らしいねぇ、感心感心!」とニヤけながら馴れ馴れしく近づいてくる人。わたしがかわいい文具を使っていたのは彼らに女らしいと言わせるためではなく、面白くもない仕事をせめて好きな道具を使って気分を盛り上げつつ乗り切る算段だったのですが。
わたしの持ち物をすてきだと思ったのなら、そのモノを褒めてくれればよいですし、そうされたら嬉しかったでしょう。でも、「これはいかにも女性っぽい意匠」と感じるものをまんまと女が持っていたからといって『感心感心!』という言葉で褒めそやされるのを、わたしの持ち物とそのセンスを褒めてくれていると受け取ることはできなかった。だって彼らは備品の事務用品をいつだって粗雑に扱い、あちこちに放り出してはその都度わたしが片づけていましたから、はさみにもクリップにも定規にも興味関心などなさそうでしたもの。

女らしい、ということを男の人から褒められるのは、わたしにとって手放しで嬉しいものではありません。わたしの親切に感謝したいのなら親切にしてくれてありがとうと言ってくれればいいし、気が利く人だと思ってくれたのなら気を利かせてくれてありがとうと言ってくれればいい。フリルの施された服を着た姿に好感を持ったなら、その服とても似合っていますね、と言ってもらえれば大変嬉しく有頂天で鼻歌のひとつも出てしまう単純なわたしですが、「あなた/あの人は女らしいから、よい」として持ち上げる行為にはもっと別の意味合いが隠されている場合があると知っています。

だから、お客さんにペンの話をされても、特に嬉しい気持ちは芽生えませんでした。彼は自分が女の子っぽいと感じるものを好む女の子を好ましく思うタイプで、たまたまわたしが持っていたペンがそれに合致したというだけのこと。そう解釈することにしました。
「この前呼んだ他店の子は普通のボールペンを使っていたのにこの子は女らしい品を持っている、ひと味違うぞ、きっと内面も奥ゆかしく……」などと思われていたのだろうか、などと考えると、せっかくこれまで好感と感謝を持ってよい関係を作ってこられたお客さんなのに、自分の心が曇りそうだったからです。

そんなところ見てたの、全然分からなかった。あのペン書きやすいから、今も使ってるよ。そんな風に軽くボールを打ち返しました。
するとお客さんは、あれどこで買ったの? と、少し意外な質問をしてきて。「女らしさ」にご満悦で感心感心なだけなら、そんなこときくかしら。
キャトル・セゾンっていう雑貨屋さんだったと思う、と答えると、どこにあるの、と。本店はたしか自由が丘で、でもわたしがよく行くのは有楽町のマルイの中に入ってるお店。もうなんの警戒もなくそう答えると、彼は、そうか、と言ってから「ごめん、きもくて」とかすかに笑った。

そのとき、「ぐっときた」の中身がもう少し分かったような気持ちになりました。
彼があの時フェミニンなボールペンに見ていたのは、ここにいないわたしの姿だったのではないか、と。
あたりまえですがわたしには私生活があり、肌を晒して男の人と触れ合って悦ばせている時間よりもずっと長く、これといって風俗嬢の要素が見えない姿で洗濯したり買い物したりピーマンの種を捨てたりして日常を暮らしています。それはあたりまえのことで、でもお客さんには一切関係のないこと。しかしなぜだか当然に差し出すよう求められることが多く、わたしたちを悩ませます。本名なんていうの、源氏名なんかじゃ燃えない。昼間は仕事何してるの、別に探したりしないよいやだなあ。彼氏はいるの、お金何に使ってるの、なんでまたこんな世界に入ったの、答えられないの、心を開かないと何も変わらないよ。

そのお客さんは最初の時から、決してその境界を侵し立ち入ってこようとはしませんでしたし、わたしが彼に快い感情を抱いたのもそういったところからだったろうと思います。そんな彼の思慮分別の前で、私物のボールペンはほんの一瞬「源氏名でない時のこの子」を想起させたのかもしれない。目の前で仕事をしているわたしと、そうでないときのわたしの幻影とがほんの少し交差して、浮かび上がる個人の気配。それが却って、いま一緒にいる源氏名のわたし、ともに過ごして抱き合ったほうのわたしへの愛着を強めるはたらきをしてくれたのではないかしら。

このときの店はもう辞めてしまい、彼がいまどうしているのかもわたしは知りません(有楽町マルイのキャトル・セゾンも確かもうありません)。でも、つい最近ご縁があった別のお客さんと過ごしているときに、そんなことがあったと思い出してハッとさせられたのです。

その新しいお客さんもまた、互いの領域をあたりまえに守ってくれる人でした。ただ目の前のわたしだけに微笑んで、礼儀を持ち、丁寧に触れて、看板にあるサービスだけを受けてくれるお客さんでした。わたしは安心し、こういう人に固定客になってもらえたら嬉しいけど、などと思っていたところだったのですが。
なんでもないような話を少ししてからその人の靴下を脱がせようとしたとき、あっ、とわたしの中でなにかが動きました。別にめずらしかったり奇抜なデザインではなかったのですが、目を引かれてしまったのです。言葉でうまく表せません。ただその靴下の色や模様やたたずまいがすべて、その人「らしい」と思った、吹き出してしまいそうなほど。その時点でわたしが彼に対して持っていたよいイメージ、あかるさや慎ましさや思慮深さが穏やかに混ざったイメージとあまりにも合致していました。
それをきっかけに、彼の世界にわたしがこのひととき間借りしていることの凄まじいイレギュラーさが一気に目の前にたちのぼり、わたしの知らない、知る由もない普段の姿がこの世のどこかにあるのよね、ということを強く思い知りました。何百回も繰り返された通勤やよく立ち寄るコンビニや仕事の電話の決まり文句、小学生時代のあだ名、今も後悔している売り言葉に買い言葉。そういうものが、わたしにもあるようにこの人にもあり、しかし全く関係がない。関係することも永遠にない。その不思議な安心感の中で、今朝おうちにいて身支度をしている時の彼を、その靴下をはいている姿の幻影を見てしまいそうで、ああこれはあのときのボールペンのような、と、過去の思い出とつながったのです。

水に溶いた絵の具のような脆くはかない好意が、たった靴下ひとつのスイッチで陰影を持ち、輪郭を持ち手触りを持ち、脆いまま現実味を持った。それはおもしろくて不思議でいとしくて、いとしさを感じることも含めてどこまでも身勝手きわまりない現象です、わたしの身勝手さの結晶です。そのうえ無謀にも本人になにか伝えようとし、でも「くつした、かわいい」と言うのがやっとで、なんという表現の貧しさ。あきれかえります。
彼はちょっと恥ずかしそうに「えっそうかなただの靴下だよ……ありがとね」と言って、わたしは彼がまたいつか指名してくれようとくれなかろうとどうだっていい、ただこれからしばらくの間この人が楽しいと思えるために、持っている知識や勘や技術や体力や精神力のすべてを使うことが少しも惜しくない、という気持ちになっていることを感じました。もちろん他人は他人なので薄皮一枚めくったところには警戒心がありながら、同時にこの感情を持てるということがどんなにありがたいことか!これはわたしひとりの心がけや努力なんかでは決して、決してどうにもならないことだもん。

 

こんな感じの笑えるほど甘ったるい乙女乙女しいペンでした、あのときのは。
ボールペンなんてなんだっていいし、なくしてしまうと悲しいし、書きづらいかわいいペンよりは書きやすいジェットストリームが100倍いいに決まっています。ヴィクーニャもいいですね、あの書き心地は官能的ですてき。サラサクリップのことは絶対に信頼していますし0.25のスリッチのあの華奢な書き心地も愛おしいですしシグノ0.28は青春のすべてですし、あ、もういいですか。でも自分の好きな見た目のものを仕事場に持ち込むことはそれだけで楽しいものです、気に入った服やアクセサリーのように、味方がふえたような心強い気分になるし。わたしはそういう気分で持ち込んでいる私物も多いです(といっても、わたし個人の趣味がいわゆる「男ウケ」から大きくズレにくいところに位置しているから容易くできることかもしれません……)。

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