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ガールズヘルスラボ2013-14

さっきアイラブインターネットと言ったばかりですが、昨年の終わりから年始にかけてはだいぶネットから離れていたのでした。いいんだよ、離れて育つ愛もあるんだよ。
しかしインターネッツ界で最も愛するサイトであるGHLのワーカーズライブにすばらしい原稿が登場しているのに何の告知もツイートも拡散希望もできてなかったことだけ胸にひっかかっていたので、ここに自分の感想をメモして罪滅ぼしにしようと思います。

風呂と乾燥と肌のケア (綾瀬麗次さん)

綾瀬さんが書く売り専の日常シリーズ、「そっか、そっかあ、いっしょなんだ……」って思って読んでる。男性が男性に売るお店は知らない世界で、そこで働く友だち・知り合いも綾瀬さん以前にいたことはない。でもきっと、そこに横たわってるじゃまな困難や理不尽やささやかなよろこびにはわたしのいる場所とおなじものがあったりするのかな、あったりするんだろうな、ってぼんやり感じていたことを、ああ、やはりそうなのだ、と学べる感じ。
今回はそれにくわえて、あーそっか、そうなっちゃうんだ!ってハッとさせられもした。
シャワーの後ぼボディ用化粧品は(そりゃあ自宅でのお手入れみたいにはできないけど)、わたしたちはやりようによってはプラスの印象をもたらす小道具にできることもあって、塗る姿が美しく見える箇所を選んだり、そういう工夫をする余地もある。でも売り専だとケアをすること自体に「男らしくない」っていうのがついてきちゃうんだなあ。超必要なのにね、保湿。風俗業とは細胞間脂質を生け贄に捧げ引き換えにお給金をいただく職ですか??ってくらい、乾燥するもん。
そして売り専のキャストは「男らしさ」「ノンケっぽさ」を求められることが多い、っていうの、身につまされすぎる!

 

セックスワークを引退するということ  (ブブ・ド・ラ・マドレーヌさん)

マドレーヌさんはわたしにとって、ひたすら大先輩。初めてお名前を耳にした日から今日まで、ずっと。
でも、個人的なお話だとか昔のことだとかを伺ったことは全然なかったから、なんだかちょっぴりかしこまった気持ちで読んだ。とくに「馴染みさん」からの着信をじっとやり過ごすところでは、わたしも息がつまる思いだった。
「自分の最大寿命から逆算して、生きている間にすべき事を考え始めました」という文の凛とした感じが、ふだんわたしがtwitterで見るマドレーヌさんに感じているマドレーヌさんらしさ(なんとなく、きっぱり、かつ、しなやか、ってイメージを抱いています)に近いように感じて。
わたしのまわりでは彼女のことをブブさんと呼ぶ方が多いけど、この文を読んだあとは何だか「マドレーヌさん」って感じがしたよ。
引退って、わたしにとってはまだ見えなくて、だけどある日突然そうするしかない状況へ追い込まれることもありえるし、目を背けたいけどそうもいかないけどでもでも、っていうもやもやに埋まってる。いま現役で働いている人のうちかなり多くが、そうなんじゃないかって思ってる。かつてそれを経験した人が引退について語ってくれる言葉はとてもありがたいものです。

 

Sex Workerが観るSex Work映画〜その8「風と共に去りぬ」(御苑生笙子さん)

ついについに!笙子おねえさまの真骨頂!TAKARAZUKA!!うふふ。
これが2014年元旦の更新だったというだけで、未来が明るいような気がするよ。
でも読んだら、ぐっ、じわり、うるっ、て来る。新年早々泣かされた。。。毎回だいたいそうなるんだよね。ひとつ前の「サマリア」「リービング・ラスベガス」の回もそうだった。
ガールズヘルスラボは、風俗嬢のための、という主旨で生まれて運営されているサイト(※)だから、あたりまえだけれどとってもセックスワーカーフレンドリーな場所だけれど、そういう場所でセックスワーカーに向けられる偏見について、それと向き合わされるつらさについて、こんなふうに語る文章があるってすごいことだ。
笙子さんの連載は、どれも同じセックスワーカーとしての共感に溢れている。けれど彼女の文章は「そうだね!つらいね!つらいね!」という気持ちで終わらせるようなことを決してしない。共に考えてくれるひとがいることの希望をしっかりと感じさせてくれる。
答えが出ない、ひとりではどうにもできない、すぐに解決が望めないような種類のつらさにいちばん必要なものだと思う。

爪と骨 (椎名こゆり)

さりげなく自分の書いたものも宣伝しよう、そうしよう。
もうかなり昔、アンガールズの田中卓志さんがテレビ番組で「謎の骨がある」と言われていたことがあり、なんだかそのエピソードが好きでずっと覚えています。人間はそんな部位に骨は出ていない、鳥類ならあてはまるけど……という話でした。
結局その骨は人間だれしもあるもので、しかし彼のように極端にやせていない限り見えないものなのでそのような噂となった、というオチだったと思います。
でも「みんなにはない骨がある」というのが、なんだか田中さんには似合うような気がして、いいなあ、と思ったのでした。

実はわたしにもちょっとイレギュラーな骨があるのですが、外側からはまったく見えませんし自分でその存在を意識することもできません。このストーリーの女の子のように、自分のさじ加減でちょっと目立たせたりできたとしたら、わたしはだれに見せたかっただろう、とちょっと思いました。

 

※……なんども書いちゃいますがそれは「風俗業を仕事としている人の実用に耐えうるクオリティを」という姿勢であって、そうでない人にも読んでもらえたらいいなー読んでほしいなーってことがいっぱい詰まってるサイトです。健康で安全にスキンシップをするには?という点では同じだけ当事者なのだから。

 

ハローアゲインインターネット

昨年の夏、わたしは人生で初めて「公開している最中のウェブサイトのデータを全消し☆」という行いをしました。一瞬の爽快感のあと、わたしってすごいことするな……としみじみしました。刹那主義に生きる現代の若者の心の闇と呼んでくれてかまいません。
しかし根は小心者ですから、すぐに「えっホームページ? あー、ホームページ。オーケー、わかってる、あれは暑さのせい。やるやる、どうにかする。来週する」と言いました。
……それが秋口くらいのことでしょうか。
内なる自分の声に責められることはや数ヶ月。真冬です。寒いです。
ようやくどうにかしました。長らくお待たせしてすみませんでした。

せっかくなのでドメインから変えてしまいました。リンクしてくれていた方、すみません。刹那主義に生きる現代の、ええと301リダイレクトってどうやるんでしたっけ。

FTPソフトを立ち上げる→⌘+a(すべて選択)→deleteキーをスパパーン!!!!
人生で何度も行う機会のある操作ではなさそうですが、けっこうきもちよかったです。やみつきになるかもしれません。しかし無いコンテンツは削除できないので、そううまくはいかないのでした。

 

今回のデザインに使ったいろいろ

いつもありがとうございます。アイラブインターネット。

2014-01-21 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | タグ:  

 

電話をするよ

「また指名するよ」と言われることがある。

だいたい、ありがとう、と答える。

それは平凡なよくある言葉だけど、中味はさまざま、いろんな言われ方がある。
「また指名してやるからそしたらやらせてくれるよな」のニュアンスを含んでいたり、
「大儀であった。下がってよいぞ」という挨拶に近い意味であったりもする。

もちろん率直な、楽しかったのでまたご一緒したいです、の時もいっぱいある。
そう言われるのはうれしい。
あちらには娯楽や楽しみで、こちらには仕事で、ということをちゃんと受け入れた上で、あなたのやり方は好きだ、気に入った。そう言ってもらえることは、何よりうれしいことだ。

同じ気に入られるでも、連絡先教えてとか今度飲みに行こうとか俺たち相性いい(それはそうだろう、合わせるために力を尽くしているのだから)からプライベートでどうだいとか言われるよりも、平凡な「また指名するよ」がずっとうれしい。

 

このまえ、服を着て荷物も持ってもう本当にさようならの時に、もしも言ってもらえるならきっとこのタイミングで「また指名するよ」と言ってもらえそうなその時に、お客さんが、
「また……電話を、するよ」
と言った。

電話をするよ。

その言い方が、すごく素敵だった。
彼はよいお客さんで、わたしの私生活を詮索したりないし、あわよくば仕事以上のサービスをもぎ取ろう、というみみっちい試みもしないし、提供したサービスをまっすぐ余さずに受けてくれた人だった。淡々としているというわけでなく、他愛ない世間話や他愛ない愛撫の中に、わたしのことを傷つけないでいようとするごく日常的な(おそらく彼にとって特別なことではないような)気遣い、が敷かれていた。
電話して呼ぶのには間違いない、デリバリーヘルスなんだから。ただ彼の口からこぼれた、指名ではなく電話、という言葉は新鮮にひびいた。

ほんの少しためらったような声と表情と。顔の角度や視線のような、作れはしないその時だけのタイミングのものが、全部瞬間に組み合わされて、素敵だった。
ああ、いいなあ。そう思った。

電話をするよ、と言われて、……うん、あたしも。と答えた。

こちらからかける電話番号なんかもちろんない。
でも、なんとなくそう言って別れた。向こうもそのことを何も言わなかった。

 

帰り道、UAの「電話をするよ」という歌があったなあ、と思って、車の中で聴きながら帰った。

2013-05-04 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | タグ:  

 

エレベーターを降りて

つい先日、仕事中にあったことを書く。

呼ばれたのは、よく行くホテル。東京のデリヘルで働いていれば馴染みがあるであろう、品川駅近辺のメジャーなホテル。

時間はまだ日付が変わる前。エレベーターに乗ってボタンを押す。すぐあとから、やや年配の女性も乗ってきた。どうやら同じ階で降りるらしい。
目指す階に着いてドアが開き、ボタン付近にいたわたしのほうが後から降りることになる。にこやかに会釈して女性が降りた。わたしもそれに応えてからそっと降り、そこにある自動販売機で飲み物を買う。その人に、先に行ってもらうためだ。

お客さんの待つ部屋に入るところは、誰にも見られたくない。
ノックしてこんばんはなんて言いながらおずおずと部屋へ入る姿を見れば、よほどでなければわたしが「詳しくは知らないが、何らかの性的なサービスをして賃金を得に来た女」だとわかるだろうから。それを、不快に感じるか特にどうとも思わないかはそれぞれあるだろうが、少なくとも快く思う人はいないと思うから。だから、気を遣う。こちらとしても、ドアの前で最後に深呼吸をして気持ちを集中させるあの瞬間はできればひとりでいたい。
それでもたまに、お客さんがノックに気づかなかったり寝てしまっていたり(深夜だとたまにあるのですよ)でしばらく開けてもらえず、別の宿泊客が通ってしまうこともある。ちょっと、申し訳なくなる。

時間を稼ごうとゆっくり飲み物を選んで(いるふりをして)いたが、その女性は廊下を歩いてはゆかなかった。わたしから少し距離をおいた後ろで、小銭入れの中をあらためている音がチャリリと聞こえる。
あの人も飲み物を買うところだったのだ。

これでは逆効果だ、後から来られたらドアの前で止まるわたしを見られてしまう。
でも仕方がない。できるだけ早足で歩いて距離を稼いだ方がまだましだろう、と一歩を踏み出す。すると、ちょうどまたエレベーターがこの階で止まる。今日はついていない日だ。

ドアが開き、大柄な男性が降りてくる。エレベーターホールで、3人の人間が交差する。

そのとき、あの年配の女性の声で、
「おつかれさま」
と、聞こえた。

えっ、と思い、でも足が進み始めていたので止めることができず、でも、素直に客の待つ部屋へと行けなかった。

自分に向かって言われたと、なぜか思ってしまった。

ふつうに考えると、降りてきた男性と同じ団体の人で、声をかけた、というのがいちばん納得いく。でもそうならば、男の人のほうがなにも返事をしないのはおかしいように思う。
だけど、わたしが言われたというのは、やっぱりどう考えてもありえない。ただエレベーターに乗っているだけであればわたしはただの「ちょっと荷物の大きなお嬢さん」だし、シティホテルにいる人間の荷物が大きいのはあまりにも普通だ。

もちろん、デリバリーヘルスという存在を大体わかっていて且つちょっと観察力のある人なら、わかるだろうと思う。それか同業者であれば、もうすぐにはっきりとわかる。
でもあの人が、上品な服と眼鏡の、まるで少女マンガに出てくるお嬢様学校の理事長先生に似合いそうな佇まいのあの人が、わたしをデリヘル嬢だとわかってさらに慈悲の心(大袈裟だけどそんな感じのことだと思う)によって、お疲れさま、と声をかけてくれるなんて。
そんなことって。

でも、でも、どうしてか、わたしが言われた、と思ったのだ。その時。
わたしがおめでたいだけかもしれない。それならそれでも。

 

大柄な男性は歩くのが速く、わたしをひょいと追い越して先へ行ってしまった。
わたしはドアに記された番号をもう一度確認して客の待つ部屋の前に立ち、左手でノックをしようとしてでももう一度振り返った。

女性の姿はなくて、まだエレベーターホールにいて一服しているのだろうと思った。
あのう、さっき、わたしに言ってくださったんですか、おつかれさまって。
そう訊いてみたかった。
この街で働くセックスワーカーたちが同業かもしれない見知らぬ誰かとすれ違う瞬間、知ったホテルの前を通過する瞬間、休日に例えば東京タワーを眺めているとき、あてのない祈りのように思う「みんな無事でありますように」が集まって人の姿になってわたしの前に現れたのかもしれないと、そんな風にも想像してみた。
わたしもいつも、その祈りをせずにいられない気持ちを手放せずにいるから。

待っていた仕事は、容易なものではなかった。
客は無口で、わたしと目を合わせず、行為は力任せで、体格差も大きくわたしは疲弊した。神経を尖らせて次にどう出ようかと頭を絞りながら、さっきのゆっくりと優しい「お疲れさま」の言葉をたぐり寄せては何度も頭で再生した。大丈夫だ、と言い聞かせるように。

そしてへとへとになり、また同じエレベーターに乗り、帰った。

 

2013-04-24 | カテゴリ: weblog, まじめなはなし | タグ:  

 

ミラクル☆ロマンティック(有料版)

みんなー、ときレスやってるー?
ときレスはときめきレストランの略です。コナミがお届けする「ときメモ」シリーズ初の女性向け恋愛ソーシャルアプリ、レストランゲームを楽しみながらアイドルと恋愛できるリッチな女性向けアプリなのです!!!

……って言ってみたものの分かってはいません。リッチなアプリってどういう意味なのか聞かないで下さい。今のは全部公式からコピペした。ごめん。

あの、iPhoneアプリのゲームなんですけどね。友だちがやっているのを見てうらやましくなりダウンロードして半月ほど遊んでいます。そしたらね、思っていたより、おもしろくて。
これまで恋愛ゲームの類は一度もやったことがなかったし、特に男性向けのそれに対してはよくないイメージさえも抱いていたのだけど、予想以上におもしろいポイントがいろいろ見つかり楽しんでいます。

ゲームに出てくる女の子のことを心底愛している男性に呼ばれて、同じような服を着せられてそのキャラクターを演じさせられる、みたいな仕事もしたことがあるけれど、そういうことは嫌ではなかった。わたしの「よくないイメージ」の元になっているのは、わたしのことをゲームのように「攻略」してくる人との不毛な時間だと思います。
「ここを強くこすればパラメータ上がってイクはずなのにおかしい。この女バグじゃねえの」みたいな態度をとられたこと、たぶんわたし以外の人もあると思う。それから、あとそうだなあ、電車の中で下着や裸の女の子のアニメーションが映し出されたゲーム機をなんの遠慮もなく広げ、それを懸命に操作している男性に遭遇してびっくりしたことなども、マイナスイメージにつながっていそうです。

「ときめきレストラン」のメインはシミュレーションゲーム(iPhoneだとTeamLavaがリリースしているstoryシリーズのような)で、そこへ恋愛エピソードが変化を添える、というようなものです。いちおうサービスタイム(って言い方どうなの)というかおさわりタイム(もっとよくないと思う)は設けてあるんだけど、初めから着衣の上半身しか映ってないし画面をつつくとくすぐったそうにされる、という、おまけ程度のほのぼのしたものだったので安心しました。心底安心しました。だよねーApple先生そのへん厳しいもんねー。よかったよかった(だってわたしの書いた小説がアプリになった時も「現役風俗嬢が描く」って紹介文がNGでリジェクトされたくらいだぜ)。

このゲーム、自分=主人公は非常に恵まれています。

  • 登場する男の子はひとりではない
  • ゲームが始まっただけで、すでにその全員が自分のことを好き
  • 自分の方も全員に対してまんざらでもない
  • なにもしなくても自動的に仲が深まってゆく
  • しかも全員と深まってゆく

……このように。すごいよね!
わたしはどうにもこういうものに慣れていなくて、キャラクターの造形と名前が一致するのにかなりの時間を要してしまいました。いまだに全員をしっかり見分けることができない。個人の判別はできないけどとにかく全員わたしに惚れている!っていうとんでもない状態。

キャラクターたちは少女マンガに出てくる男の子のような美男子なのだけど、よく分かんない点もいっぱいあるんです。服とか。どういう構造をしているのかよく分からない衣装ばかりお召しになっている。単純に現実の世界に持ってきたら決しておしゃれではないと思う。髪型もなんか、変なヘアバンドなのかカチューシャなのかハチマキなのか分からないものを巻いてらっしゃったりする(でもこれについては、その巻き物がなければもっと区別ができないと思うからあってくれてよかった)。

そして、わたしの中では実はここがいちばんのポイントなんだけど、そのう……

しゃべりが、なんかこう……どこかおっさんぽいんだよ!!

きっとプロの声優さんがやっていらっしゃるというのにこんなことを言ってしまって。しかしおっさんぽく感じちゃうのです。
最初は、絵柄や台詞に対して声が落ち着きすぎていてふけて聞こえるのかと思ったんだけど、たぶんそれだけじゃなくて、その……言ってる内容のせいなのではと。なんて言ったらいいのか、「それっぽすぎる」セリフばかりしかもキメキメでおっしゃるので、かっちりと古めかしく、舞台っぽく聞こえるの。そうだなあ、それこそ、夜空の星を眺めながら「きみのほうがきれいだよ」みたいなことです。様式美ということだろうか。ハーレクインとかってこういう感じなのかな?

でもそれが、なんとなーく面白いのね。
「ありえないシチュエーションで、かわいい男の子がなぜか自動的に自分を好きで、それぞれキャラクターに合致したまるでお芝居のようなセリフを言ってくれて、あれよあれよと仲良くなっていく」
というのが。あぁみんないい人だなぁ……と思わされちゃうのです、なぜか。
ときめかせる、おもしろいと感じさせるにはリアルさは実は必須じゃなくて、こういう「至れり尽くせり感」「もてなされ感」の楽しさっていうのもあるんだなーと思ったのです。ディズニーランドとかもそうだもんね、って。

で、あー、もしかしたら風俗店もそうなのかも、と。そういうものを求めてる男の人もいるのかもしれないな、とちょっと考えました。

わたしはもちろん絵の中の男の子のように美しくないし、ディズニーランドほどの夢と魔法をあげられもしないんだけれど、ちょっとした非日常として「その人の、普段の生活にはとても存在しない言葉」を言ったりするのもひとつの仕事なんだなあ、とは思っています。

それはとても難しいことでもある。相手を褒めろとはどこでもよく言うけれど、ただほめればよいというものでもないですよね。それに、お客さんの思い通りのファンタジーになるわけにはいかないことも多い。彼らの「こうなりたい」「こういう筋書きでいってほしい」という希望には、それは(あちらにその自覚があるかないかは関係なく)(そして圧倒的にないことが多い)わたしたちの権利や尊厳に傷が付くようなことが含まれている場合もよくあるから。そのようなことは仕事ではないし、やるわけにいかないのですが、なまじ途中まで希望通りだったがゆえ最後まで通らないと却って反発するお客さんもいます。

でも、ちょっと意識的にやってみたいな、と思って。
つい先日、実行しました。
相手は選ばないといけないと思い、注意しました。すぐには機会はこなかった。
そしてあるとき、あるお客さんとのプレイ中に、「その人がこれまでの人生で誰からも言われたことのないような、でも全くの嘘とも違う、まるでドラマか小説のようなほめ言葉」を言いました。本当に心にもないことはわたしのロマンティシズムに反するので、わたしがその人についていいなあ、と感じたことを、ただちょっぴり派手めな脚色をして、言いました。しらふではとても戸惑われそうな言葉になりました。歯が浮くとはこのことです。

そうしたら、その人は。
わたしが言ったのと同じかそれよりもさらに少しロマンティックな言葉で、わたしのことをほめた。
ほんの少し止まって考えてから、とてもとても、真剣に。
そしてそれがわたしはすっごーくうれしかった。うれしかったし、そのときの仕事はたぶん、うまくいった。たぶん、あの日のプレイ料金、そのお客さんはもったいなかったとは思っていないだろうと思います。たぶんだけど。

 

高揚やときめき、甘酸っぱいものを夢見る人の多くはそれが恋愛関係に根ざしたものであることを前提とするけれど、それは実際のところ未来のある恋愛でなければ宿らないものではない、とわたしは思っています。時にわたしの仕事は「恋愛の風景を模したもの」を丁寧に作ることだったりするけれど、そこにロマンティックなものをうまく配することでお客さんもわたしもより伸び伸びといられたり、リラックスしてもらえたり、真剣になれたり、プレイがひとつの娯楽としてよりよく機能することはけっこうある。

そしてその装置内でふたり遊んでいるうちに、どちらが作ったものでもないロマンティックだったりセンチメンタルだったりな淡くて甘い力がふっと生まれて、ぽわんと光ることがあります。
すごく、時々。
それはぼーっとしていては見逃しそうなくらい仄かで曖昧な光だけど、遭遇できた時は「あ、いいもの見たな」と思うし、もっとミラクルに「一緒に同じ光を見た」となると、それはもう帰り道に同じ流れ星を見たみたいな気持ちになって、名前も知らなかろうと二度と逢わなかろうと、相手の先の人生に幸福があるようにと祈るような殊勝なことを思ったりも一瞬できてしまったりするので、なんというか、心底おもしろいなあ、と、思います。

  

あとときめきレストランに対していちばん言いたいことは「え?なんでじいやとのイベントがないの!?」です。

 

2013-04-23 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | |  

 

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