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ミラクル☆ロマンティック(有料版)

みんなー、ときレスやってるー?
ときレスはときめきレストランの略です。コナミがお届けする「ときメモ」シリーズ初の女性向け恋愛ソーシャルアプリ、レストランゲームを楽しみながらアイドルと恋愛できるリッチな女性向けアプリなのです!!!

……って言ってみたものの分かってはいません。リッチなアプリってどういう意味なのか聞かないで下さい。今のは全部公式からコピペした。ごめん。

あの、iPhoneアプリのゲームなんですけどね。友だちがやっているのを見てうらやましくなりダウンロードして半月ほど遊んでいます。そしたらね、思っていたより、おもしろくて。
これまで恋愛ゲームの類は一度もやったことがなかったし、特に男性向けのそれに対してはよくないイメージさえも抱いていたのだけど、予想以上におもしろいポイントがいろいろ見つかり楽しんでいます。

ゲームに出てくる女の子のことを心底愛している男性に呼ばれて、同じような服を着せられてそのキャラクターを演じさせられる、みたいな仕事もしたことがあるけれど、そういうことは嫌ではなかった。わたしの「よくないイメージ」の元になっているのは、わたしのことをゲームのように「攻略」してくる人との不毛な時間だと思います。
「ここを強くこすればパラメータ上がってイクはずなのにおかしい。この女バグじゃねえの」みたいな態度をとられたこと、たぶんわたし以外の人もあると思う。それから、あとそうだなあ、電車の中で下着や裸の女の子のアニメーションが映し出されたゲーム機をなんの遠慮もなく広げ、それを懸命に操作している男性に遭遇してびっくりしたことなども、マイナスイメージにつながっていそうです。

「ときめきレストラン」のメインはシミュレーションゲーム(iPhoneだとTeamLavaがリリースしているstoryシリーズのような)で、そこへ恋愛エピソードが変化を添える、というようなものです。いちおうサービスタイム(って言い方どうなの)というかおさわりタイム(もっとよくないと思う)は設けてあるんだけど、初めから着衣の上半身しか映ってないし画面をつつくとくすぐったそうにされる、という、おまけ程度のほのぼのしたものだったので安心しました。心底安心しました。だよねーApple先生そのへん厳しいもんねー。よかったよかった(だってわたしの書いた小説がアプリになった時も「現役風俗嬢が描く」って紹介文がNGでリジェクトされたくらいだぜ)。

このゲーム、自分=主人公は非常に恵まれています。

  • 登場する男の子はひとりではない
  • ゲームが始まっただけで、すでにその全員が自分のことを好き
  • 自分の方も全員に対してまんざらでもない
  • なにもしなくても自動的に仲が深まってゆく
  • しかも全員と深まってゆく

……このように。すごいよね!
わたしはどうにもこういうものに慣れていなくて、キャラクターの造形と名前が一致するのにかなりの時間を要してしまいました。いまだに全員をしっかり見分けることができない。個人の判別はできないけどとにかく全員わたしに惚れている!っていうとんでもない状態。

キャラクターたちは少女マンガに出てくる男の子のような美男子なのだけど、よく分かんない点もいっぱいあるんです。服とか。どういう構造をしているのかよく分からない衣装ばかりお召しになっている。単純に現実の世界に持ってきたら決しておしゃれではないと思う。髪型もなんか、変なヘアバンドなのかカチューシャなのかハチマキなのか分からないものを巻いてらっしゃったりする(でもこれについては、その巻き物がなければもっと区別ができないと思うからあってくれてよかった)。

そして、わたしの中では実はここがいちばんのポイントなんだけど、そのう……

しゃべりが、なんかこう……どこかおっさんぽいんだよ!!

きっとプロの声優さんがやっていらっしゃるというのにこんなことを言ってしまって。しかしおっさんぽく感じちゃうのです。
最初は、絵柄や台詞に対して声が落ち着きすぎていてふけて聞こえるのかと思ったんだけど、たぶんそれだけじゃなくて、その……言ってる内容のせいなのではと。なんて言ったらいいのか、「それっぽすぎる」セリフばかりしかもキメキメでおっしゃるので、かっちりと古めかしく、舞台っぽく聞こえるの。そうだなあ、それこそ、夜空の星を眺めながら「きみのほうがきれいだよ」みたいなことです。様式美ということだろうか。ハーレクインとかってこういう感じなのかな?

でもそれが、なんとなーく面白いのね。
「ありえないシチュエーションで、かわいい男の子がなぜか自動的に自分を好きで、それぞれキャラクターに合致したまるでお芝居のようなセリフを言ってくれて、あれよあれよと仲良くなっていく」
というのが。あぁみんないい人だなぁ……と思わされちゃうのです、なぜか。
ときめかせる、おもしろいと感じさせるにはリアルさは実は必須じゃなくて、こういう「至れり尽くせり感」「もてなされ感」の楽しさっていうのもあるんだなーと思ったのです。ディズニーランドとかもそうだもんね、って。

で、あー、もしかしたら風俗店もそうなのかも、と。そういうものを求めてる男の人もいるのかもしれないな、とちょっと考えました。

わたしはもちろん絵の中の男の子のように美しくないし、ディズニーランドほどの夢と魔法をあげられもしないんだけれど、ちょっとした非日常として「その人の、普段の生活にはとても存在しない言葉」を言ったりするのもひとつの仕事なんだなあ、とは思っています。

それはとても難しいことでもある。相手を褒めろとはどこでもよく言うけれど、ただほめればよいというものでもないですよね。それに、お客さんの思い通りのファンタジーになるわけにはいかないことも多い。彼らの「こうなりたい」「こういう筋書きでいってほしい」という希望には、それは(あちらにその自覚があるかないかは関係なく)(そして圧倒的にないことが多い)わたしたちの権利や尊厳に傷が付くようなことが含まれている場合もよくあるから。そのようなことは仕事ではないし、やるわけにいかないのですが、なまじ途中まで希望通りだったがゆえ最後まで通らないと却って反発するお客さんもいます。

でも、ちょっと意識的にやってみたいな、と思って。
つい先日、実行しました。
相手は選ばないといけないと思い、注意しました。すぐには機会はこなかった。
そしてあるとき、あるお客さんとのプレイ中に、「その人がこれまでの人生で誰からも言われたことのないような、でも全くの嘘とも違う、まるでドラマか小説のようなほめ言葉」を言いました。本当に心にもないことはわたしのロマンティシズムに反するので、わたしがその人についていいなあ、と感じたことを、ただちょっぴり派手めな脚色をして、言いました。しらふではとても戸惑われそうな言葉になりました。歯が浮くとはこのことです。

そうしたら、その人は。
わたしが言ったのと同じかそれよりもさらに少しロマンティックな言葉で、わたしのことをほめた。
ほんの少し止まって考えてから、とてもとても、真剣に。
そしてそれがわたしはすっごーくうれしかった。うれしかったし、そのときの仕事はたぶん、うまくいった。たぶん、あの日のプレイ料金、そのお客さんはもったいなかったとは思っていないだろうと思います。たぶんだけど。

 

高揚やときめき、甘酸っぱいものを夢見る人の多くはそれが恋愛関係に根ざしたものであることを前提とするけれど、それは実際のところ未来のある恋愛でなければ宿らないものではない、とわたしは思っています。時にわたしの仕事は「恋愛の風景を模したもの」を丁寧に作ることだったりするけれど、そこにロマンティックなものをうまく配することでお客さんもわたしもより伸び伸びといられたり、リラックスしてもらえたり、真剣になれたり、プレイがひとつの娯楽としてよりよく機能することはけっこうある。

そしてその装置内でふたり遊んでいるうちに、どちらが作ったものでもないロマンティックだったりセンチメンタルだったりな淡くて甘い力がふっと生まれて、ぽわんと光ることがあります。
すごく、時々。
それはぼーっとしていては見逃しそうなくらい仄かで曖昧な光だけど、遭遇できた時は「あ、いいもの見たな」と思うし、もっとミラクルに「一緒に同じ光を見た」となると、それはもう帰り道に同じ流れ星を見たみたいな気持ちになって、名前も知らなかろうと二度と逢わなかろうと、相手の先の人生に幸福があるようにと祈るような殊勝なことを思ったりも一瞬できてしまったりするので、なんというか、心底おもしろいなあ、と、思います。

  

あとときめきレストランに対していちばん言いたいことは「え?なんでじいやとのイベントがないの!?」です。

 

2013-04-23 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | |  

 

近況:2013年2月

節分の次の日、スーパーで鬼のお面つき煎り大豆が山と積まれて安売りされていました。ただの煎り大豆ならそんな目に遭わなくていいのに、なまじ鬼のイラストなんかがついているせいで「終わったもの」とされる豆たち。
一袋買いました。炊き込みご飯に入れるとおいしいのです。
需要の波がおわったところで、世間のそれとは関係なく自分が欲しいものを安く買えるのは、小さな小さな哀愁感とともに、ほくほく嬉しくなる。不憫なものを助けたささやかな満足感もあるのかもしれません。

先日新しいオーブンレンジを手に入れたせいで数年ぶりの製菓ブームが訪れているわたしはこの冬、クリスマスが終わるとクグロフ型を、バレンタインが終わるとハートの型を物色していました。だいたいそんな人生です。

今回もよい収穫がありました。気に入ったハートの焼き型が少し安く買えたのです。アメリカのウィルトン社のもので、ここのはどれもデコラティブで可愛らしくて大好物です。中でも今回はウーピーパイを焼くための型にひとめぼれをして、ウキウキと持ち帰りました。マドレーヌの型のように一度に何列か焼くことができるものです。ウーピーパイがハートである必要があるかと聞かれると困りますが、そんなことを言ったらウーピーパイなんて食べ物を食べなくたって人間は生きていけます。それでも食べたいと願うのが人間なのですから、ハート型にするためにお金を払うことぐらい大した問題ではありません。
そんなことはどうでもいいんだ。そんなことより問題はその型が自宅のオーブンにギリギリ数センチ入らなかった。ああ入らなかった。入りませんでしたのです。

数センチをギリギリと呼んでいいのか? うるさいわね!

わたしはクグロフ型を抱えて泣きました。失敗をした時にひとつ前の成功例にすがるのはよくないことです。

クグロフのことは涼しい顔してクグロフと呼んでいますが、心の中での呼び名はグーゲルホップフです。最後の「フ」がきいています。めんどうくさくて口にしなくなるより一歩手前にある、そっとひとりで口にしたくなるような名前が好きです。シーガルスクリーミングキスハーキスハー。

最近ではだいぶ増えた感じですが、思春期にわたしが好きでよく聴いていたCDは謎めいたアルファベット名を持つ女性シンガーの作品がとても多かった。Chara、UA、ACO、Samarie。Coccoも入れていいかもしれませんが、YUKIとaikoは断じて入りません(ユキもアイコも安心感のある女性名だから。YUKIのCDはけっこう持っていて、いくつか大好きな曲があります)。NOKKOは、「のっこ」と呼ばれる女の子が幅広い世代で他にもいるであろう点でCharaほど深い謎ではない。カヒミカリィの扱いはわたしにはどうしていいかわからないので保留とさせていただきたいです。
中でも「Chara」という名前はすごいなあと思います。私はチャラです。そんなこと言って許される人は他に居なかった。 でも彼女はどこからどう見てもチャラなのでした。日本人なのに?というような野暮な口出しが引っ込んでしまうほど、それが似合う人。彼女にも名字があるはずなのに、それを忘れてしまうようなあのムード。「ちゃら」という日本語の単語が存在するにも関わらずその意味とは全く関係なく人名の「Chara」を定着させてしまった彼女はただものではありません。

バレンタインの時期にあちらこちらのレシピサイトでこぞって掲載されていた手作りチョコレートの特集を眺めていると、発案者の名前というのがアルファベットだらけで少し戸惑いました。ついに料理研究家界にも、アルファベットガールの波がきたのかと。でも違いました、彼女たちはいわゆるブロガーさんたちで、そのハンドルネームが掲載されていたのです。
いいなあ。わたしもアルファベットの名前にすればよかった。

「はじめから期待してないわ」とiTunesからACOの歌声(※)が流れています。ごもっともだ。おっしゃる通りです。わたしも早くわたしになんの期待もしなくなればいい。そうすればこれくらいなら入るなあ〜なんていかれた目分量で買い物をせず、メジャーを持ち歩くようになるでしょう。なぜ期待という行為を止められないのか。あんな馬鹿げた無意味な行為を。中でもとりわけ、自分自身とそして男性(特にわたしを好きだと言う男)。これらに対する期待は愚の骨頂であると感じた出来事は数知れずあるというのに。笑い話にする以外なんの価値もありません。

ガツッとか音がしてさ、入んなかったの、型持ってポカーンとして、もう本当バカだよね、と話した相手は、しかしわたしを笑ったりはせずにこう言いました。
「それ、こんど持ってくれば」
彼は板金業に勤めており、職場の設備でその鉄製の焼き型を切断してくれると申し出てくれたのです。せっかく気に入って買ったのだから、何とかするよ、と。こういうことがたまにあるから人生への期待がやめられない。

昔たぶんショムニの中で江角マキコが「女の価値は男の人数やその総資産額ではなく、好いてくれる男たちが私のために一肌脱いだ時のヴァリエーション」みたいななんかそんな感じのことを言ってたのをうっすら思い出しました。あのドラマの猫かわいかった。主題歌をIZAMが歌っていたことを突然思い出し、すっかり忘れていたけどもCharaに匹敵する不思議名じゃないか!!と今にわかに熱くなったところです。その雰囲気が今日まで持続し続けているCharaが改めてすごいと思った。IZAM氏が変わってしまったと言いたいわけではありま……す。

たとえば風俗嬢も長年やっているとそれなりに気心の知れたというか、一定の信頼関係をともに築き上げた相手というのがちらほら出てきたりもして、互いのプライベートでのうっかりや理不尽や困ったことなどをカバーしあえることなどもあります。今回みたいなちょっとしたこととか。

現金によって取り持たれた縁であっても、そうして助け合うのは難しくなくできることなんですが(双方がこころがけてさえいれば)、外側からみるとあんまりイメージしづらいかもしれないね、とも思います。非SWの女の子に「お客さんと一体どういう話をするんですか?」と聞かれたことがあり、その子は「『どういう人がタイプなんですか?』とか話してると思った」と言っていて、そんな合コンみたいな話は振られない限りしない、めったにしないけど、えっとえっと、なんだろう、普通の世間話? だよ? としどろもどろで答えたことがありました。わたしたちは意外にふつうのはなしをしていますよ。(我慢に我慢を重ね押し殺した上にふつうのはなしをしてる場合も超よくあるけれども)
で、そんな中(働いていると女性どうしでの助け合いが主だけれど)、たまーに、たまーに、お客さんとのあいだに近所付き合いのようなものがひょっこり生まれる瞬間もある。おもしろいです。

その人は大の甘党なので、型が手元に戻ったらウーピーパイ作ってくるわねと言うと「ハリウッドの教会の人……」とつぶやいていたのでその女優さんにちなんだ食べ物ではありませんよと言っておきました。

 

働く人どうしの支え合いについて先月書いた文章
ガールズヘルスラボ:今度また話そうね

 

※この曲が入ってるアルバムが好きで、装丁(って言わないだろうけど)も含めて好きなのでとっくにiTunes派のくせに手放せないでいる。そういうことの積もり積もった積み重ねでわたしの部屋は片付かない

2013-02-23 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | タグ:  

 

HATSUYUME2013

第一幕

出勤すると店長から「おおシーナよ喜べ、予約でいっぱいである」と告げられる。しかし聞けば予約でいっぱいすぎて移動の時間を考慮するのを忘れていたという。なんだそりゃ。すると電話が鳴り、「シーナの客一同ですけど、なんか大変そうなんで僕たち全員同じホテルにあつまることにしました」と言われる。急かされながら車に乗り込むと新宿から高速に乗り延々走る。いつまでも走る。ぜんぜん着かない。そのうちなんと空が白み始める。おかしい、なにかがおかしい、ぜったいおかしい、ここは何処だ、と大いに疑いながら「行きたくないぉ……」と唸る。

第二幕
しかしいつしか到着し、すべてを忘れてひたすら働く。ほがらかににこやかに半ばヤケになって全力で働く。最後の客(よく見ると香川照之氏にそっくりだった)から、「よくがんばったね!ごほうびにいいところに連れていってあげる」と言われ、気づくと山の中にいた。隣には山歩きスタイルの香川氏とそのファミリー。我々はきのこ狩りに来たのであった。ベテランガイドさんの案内で楽しくきのこを採る。白いきのこ、赤いきのこ、茶色いきのこ、細長いきのこ。小学生の息子さん2人もごきげんで、わたしによくなついて学校の話などしてくれる。味わったことのない種類の団欒である。うれしい。

第三幕
たくさん採れたキノコとともにホクホクで帰宅。 どうやって食べようかレシピを検索していると窓から小瓶(ボンヌママン)が投げ込まれる。「焼いたきのこをつけて食べてください」というメッセージと作り方を書いた手紙が添えられていて、中には野菜とオリーブオイルのペーストが入っていた。きれいなみどり色でおいしかった。自分でも作りたいので買い物に出るとクオカの粉売り場で小柄な男の子がモヤシみたいな青年にカツアゲされていたので後ろからフライパンで殴ったらマンガのようにあっさり気絶した。床が冷たそうだったので近くにあった毛布をかけて帰った。うさぎ柄だった。

 

総評
わたしの2013年=セックス・きのこ・バイオレンス

あと賃金も支払われないのに夢で働くのやめたい。

2013-01-04 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | |  

 

ハローグッバイがiPhoneアプリになりました

風俗求人誌モモコにて以前連載していた「ハローグッバイ」というプチ恋愛小説が、先日iPhoneアプリとしてリリースされました。
(連載当時のブログ記事12

エッセイスト椎名こゆりが描く純愛小説『HELLO GOODBYE』

主人公「サキ」は28歳の女の子。仕事はずいぶん慣れたのに、年下の客はどうも苦手……。 客なんて、やることはみんな一緒。だから、いちいち客に対して感情なんて持ちたくないし、持たれたくもないーー。そんなふうに思っていたのに、あの人のことが胸に引っかかって、仕方がない。店で出会った客が気になるなんて、ありえないのに。 「客」はあくまでも「客」。でも、店を一歩出たら、ただの「男」と「女」。それぞれの想いが交差するリアルな純愛ラブストリー。

いま恋をしている方、これから恋がしたい方、もう恋なんてしないと思っている方、『HELLO GOODBYE』を読んでせつない気持ちに浸ってみませんか?

 

ですってよ。
「エッセイスト?」と思った方もいらっしゃるかと思います。
「現役風俗嬢ながらエッセイストとしても活動中の椎名こゆり」を略して「エッセイスト椎名こゆり」だと思っていただけると助かります。
……天下のApple大先生はその、わたくしの本職の方の名称をお許しにならなかったようなのです。
度重なるrejectと戦ってくださった関係者の方々にお礼申し上げます。

 

自分のiPhoneに自分の書いたものがある、という感覚に、初めて原稿がモモコ本誌に掲載されているのを見た時の「きゃー!」感を思い出しました。
全く同じものがWebでも読めるのですが、ブラウザで読むのとはやっぱり違って感動しました。
3年前のものなので今あらためて読み返して顔から火が出ることこの上ないのですが、それもまた。
じんわりとうれしいできごとです。
容量がおおきめなので、もしもダウンロードしてくださる際はWi-Fi回線のみが使えます。
また、17+ のレーティングをされています。
よろしくお願いします。
(※アプリ内の広告をクリックしてもわたくしにはビタ一文入らないため、椎名をもうけさせたくない方も安心して読めます)
 
それにしてもこの「店を一歩出たら、ただの『男』と『女』」っていうフレーズ。
夢見がちなお客さんが言うような言葉に聞こえるけど、そうじゃないの。その「店を一歩出る」がどれほど稀なことかも、どれほど重たいことかも、そうしたいと思える出会いがどれほど奇跡に近い(つまり、ない)ことかも、
「店を一歩出る」ためには必ず、両者ともがそうしたいと思ってなくちゃありえないはずなのに、どうしてか片方が無視されがちなことも。
ほーんと、思い知らされてるよね。
2012-09-11 | カテゴリ: お知らせ, weblog | タグ:  

 

草原にぽつん

個人サイトをやっていた人々が徐々にブログに移行したときのことや

ブログをやっていた人々が徐々にtwitterに移行したときのことを

それはちっともよくないことじゃないのになんだか少し淋しい気持ちになったときのことを

いまもこころにおぼえています

あんなにがんばったHTML

必死で読んだCSS(卒業式風)

だいぶ忘れてしまいました

 

そしてついにtwitterにも飽き……げふんげふん!そんなことないよ!!

ちょっと忙しくてしばらく離れてしまったらすっかり感覚をわすれちゃって、田中課長のツイートに激しいシンパシーを感じました。


 

さて、先日「さいきんtwitterいないのね」って言われたので、うん、ちょっと、と言葉を濁したら
「プライベートがいそがしい?」といわれてそうそうそうなんだよねーっててきとうに返事したら

「わかった、ドラクエがいそがしいんでしょう!」っていわれたよ。
す、すごいなドラクエ。 みんなの中ですごい地位を築いてるのね(その時はまだやってなかった)。

 

わたしは初めてオンラインゲーム?をやったんだけど、そこでもボーッと
「いまこんなに人がいっぱいいるこの世界も、何年かたったら草原にぽつんと人がいるような景色になるのかな」
とか考えてしまいました。終わるときどうやって終わるんだろう、とかよけいなことを。
あと普通にむずかしすぎます。なんでみんなそんな強いん。
挫折する気1000%です。

2012-09-05 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | タグ:  

 

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