おはなしノート

読んだ本:お母さん二人いてもいいかな!?/中村キヨ(中村珍)(1)


↑このリンクはアソシエイトです

「感想文」を書くのはとてもとても難しすぎたので、とりあえずわたしが特に気に入ったり印象に残った場面を端から挙げることにします。

p020 サツキさんの答えは一見ただのチャーミングだけど実はとても言い得てるし(その言葉の解釈によるんだろうけども)当てはまる人けっこういるって思った、わたしもそうだ
p024 サツキさんの「起きて!」がすごくかわいい……かわいい。はぁかわいい
p049 「創業百年おいしい亭」ててて適当!適当だけどこういう「漫画中での適当表現」におけるセンスってないですか? わたしアヴァール戦記に出てきた消費者金融の「サラサラバンク」とか好きよ(あれっごめんサラサラファイナンスだっけ)
p051〜052 わたしも「差別的で酷い話」を持ちきれずに「善い人に悪い事」思っちゃうことがあるとひしひし感じて、でもなんとなく話を聞いてもらえたような気持ちになった、うれしかった

p057 わたしも子供の頃にはそう思ってたかも……変ななつかしさ
p072〜073 サツキさんの絵柄がかわいすぎるよ!
p081 この「体感」を得る方法はライフハックとして広まるべき
p103 「そっちの家賃」でまた笑ってしまった(初見のnoteでもさんざん笑ったのに悔しい!)
p109〜 第七話でますみさんのことを大好きになってしまった(前から好きだったけど!)
p112 このコマ外の注釈が誰に向けられたものかはわかんないけど(笑)、誠実だしかわいいなって思っちゃった

p126 すいとんいいじゃん……すいとん大好きだよ……
p141 とりあえず握手、の有用性も知られるべき
p147 「遠くの一億人が理解してくれても」というサツキさんの言葉が刺さった、そそそそうなんだよ!!
p150 このページのサツキさんの心強さ頼もしさと、ご自身がうつと戦っている場面での姿とが並んで浮かぶ(それは強いサツキさんと弱いサツキさん、ということではないと思う)
p168 わたしは(noteの連載で彼女が7人、と知った時点では)勝手にサツキさんやキヨさんたちの関係を(わたしに近い)ポリアモリー(複数愛)の一形態なのかな、と思っていたのだけど、途中で必ずしもそうと言えないしわたしが何も決めちゃだめだ、と思い直して立ち止まった。「大変ヒイて」いながらもこの関係を継続運営する、できている、というのには並々ならぬキヨさんへの愛情が上回るということかしら、とか思いそうになるんだけど、わたしが感想を持ってものを言うべきじゃないし、名前をつけて理解しようとするのも違う感じするし、それを改めて考えたページがいくつかあったので書いておく

p174〜175 茶飲み話に全面的に賛同した。まったく「人は一人ずつ守るべき」だ。竹の塚せんべいうらやましい
p179 腕時計!香奈子さんなんて可愛いの!腕時計!
p183 ここの「女と女」という表現のところは決して「婦妻だから」「愛し合ってるから」ではないこと
p189 このモトナリくんの朝食における具体的で効率的で親切な注文の付け方、言葉で説明することの力がすごく鍛えられてる感じがしてさすがふたりの息子くん!と思った
p190 あとがき10回読んだ わたしの道も暗いのでわたしはどこかの街灯になりたいし、誰かがわたしの道の街灯になりたいという意思を持ってくれるなら信じて待つし、みんなで保全し合おうね

コマの枠の外(なんていうんでしょう)が黒くなるところが2カ所あるんだけど、その後半のほうのこと、わたしはその犯人が不幸になったらいいって思った。わたしに危害を加えてさらに嘲笑した人間について今もほぼ毎夜そうしているのに加えて、その犯人も呪いたいと思った。苦しんで苦しんで死ねもせずただ苦しめばいいと思い、読んだ日の明け方にベッドの上で心からそう願いながら数分間泣いた。

 

まだ2回しか読めてないのでこれからもっと読み重ねたら増える気がする、好きなページ。

ちょっと読んでみたいかも!と思った方はここから予告編みたいな試し読みが読めるよ。
《単行本試し読み》お母さん二人いてもいいかな!?〜レズビアンのママ生活〜

 

2015-11-10 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ:  

 

ワーカーズライブ:ベイビー・カモナマイルーム

ガールズヘルスラボにて、11月のワーカーズライブを担当しました。
セックスワークにおいてツールとなるものは容姿や肉体サービス(だけ)ではないということ、キャリアやスキルは無視されがちだけど確かに存在すること。攻撃的だったり嫌味な相手でない場合であっても、そこに感情労働はあるということ。よくある「素人にある『優しさ』がプロになるにつれ失われる」という思い込みのまやかし……などなど、いろいろ盛りだくさんです、筆者の心の中は!

風俗嬢コラム Worker’s Live!!-Girls Health Lab: ベイビー・カモナマイルームghl1511

今回は甘めの話をひとつ、ということになり(前回が苦すぎたからね!笑)書いたものなのですが、ただのものすごく仕事する話になってしまいました。この文章の中でセックスワーカーのカナコちゃんは、キス以外の具体的な性行為をしているシーンがありませんし、裸体をさらしてもいません。ですが、彼女がとっても「仕事」していたこと、きっと分かっていただけるんじゃないかなーと思っています。

といっても、すべからく対人サービス業は(わたしたちの仕事に限らず)、一体どこまでが「仕事」なのか? というところがたいへん曖昧です。「それも仕事のうちでしょ」と言われては堪らないようなこと(規定外の行為を要求する相手を逆上させることなく諦めてもらうとか、侮辱的な言葉に対して理解できない振りをして笑うとか、いろいろ)も、たくさんさせられてしまう、せざるを得ないのが現状ですよね。

このストーリーでカナコちゃんが行っていることも、それも仕事のうちですよと言い切れないことです。だって本来の「仕事」といったら事前に了承した基本サービスにある項目、つまりキスとフェラチオと素股くらいのものなのですから。時折なぜか風俗嬢にカウンセラーや、はたまた「おかあさん」のような精神面のケアをする役割を当然に要求する人がいるのですが、それは不当です。
カナコちゃんほどキャリアがなく、お客さんの気持ちをここまで汲んではあげられない人もいるでしょうし、適性と技術があるセックスワーカーでもすべての相手を満足させられはしません。相性と時の運によるところが大きいことです。それに対して「プロじゃない、意識が足りない」などと言われるのはやっぱり納得いかないものです。

ただ、「キスとフェラチオと素股くらいのもの」を行う上で、どうしてもそれ以外に心を砕かなければならない、そうせずにはいられないことがたくさんあるのも本当です。それをするとき、単純にそうしたいと思ってしていることがあるのも。他の職業を引き合いに出すのは緊張しますが、例えば、看護師さんの役目としては「適切に採血をする」だけだったとしても、そこには「ちょっとチクッとしますよ」や「お疲れ様でした」という言葉と笑顔があり、患者は決して笑顔にお金を払っているわけではないんだけれども、それによって大いにケアされている、みたいな。それの容量大きい版が、規定の時間を過ぎた後で行われた長いディープキスだったのかなあと思います。

確かなのは、同じ「仕事のうち、とも言い切れない仕事」をするのであれば、暴力や嫌味やマウンティングから身を守りつつ相手の満足をかたちづくることより、このお客さんのような人と共に手を取り満足を探してさまよう方が、それはもうずっとずっと、幸せだということです。わたし個人においては、仕事をする中で得た大切な思い出、よいものとして大事にしまってある記憶というのはそれを通じた経験がほとんどです。

書いた人としてのわたしがこれを書いていてもっとも感情が高ぶったのは、最後の「1から始まり、あっという間に10になってドアが開く」という一文でした。セックスワーカーとしてのわたし自身の普段抱えている心情を、遠慮せず露骨に出したところだなあと思っています。伝わりやすい感情ではないかもしれませんが、すごく切実なの(笑)。文中で言うところの「気も狂いそうなほどの永遠」との対比を無意識にして、ああ「あっという間」だなぁ、と認識した瞬間、自分をねぎらっている気がするんです、普段わたしはね。

 

タイトルがすごくいい、とGHL主宰のタミヤさんに褒められて有頂天です。
これは、このお客さんの黒い本棚(の、二重になってる後ろ側)にはおそらく岡村靖幸のCDがあるようにわたしには見えたので、彼の作品みたいなタイトルをつけたくなってこのようにしました。

そうと決めるとこの男性までも岡村さんのような佇まい(このPVのときとか……)に見えてきて、そういえばタミヤさんは彼のファンだったな。と思いおもむろにLINEで「岡村靖幸さんお好きでしたよね?」と確認したところ「すきだよ超すき!だいすき!」と言われ。
今書いている原稿に出てくるお客さんが、なんだかあんな感じの男のひとなんじゃないかって思ってね……とモジモジ話したら「挙動不審なの?」とずばり言われたので胸の奥が熱くなりました。

 

それから……余計なことをちょっと書いてしまおうと思います。
このストーリー、わたしもわりと気に入っていますし、ロマンティックだと言ってくださる方も多くいらっしゃってすごく嬉しいです。ほんとうに嬉しい、これをロマンティックだと思ってもらえて。
でもね。ちょっとそれを横に置いておいて……例えばね、たとえばだよ、このお客さんがね、もし、この先もっともっとカナコちゃんと過ごして、ちょっと思い入れを持ちすぎて、いいことと悪いことの区別があやふやになってしまう状態に追い込まれて魔が差しちゃう、なんてこと、絶対に絶対にあり得ないとは言い切れないですよね。
そうなった時、おそらくカナコちゃんは「風俗で働いてたんだから自業自得だ」「どうせ性悪女が気を持たせるようなことをしたんだろう」と言われてしまう。もしも週刊誌に載るようなことになれば、どんな見出しが付くことか。
答えて欲しいわけじゃありません。ただ、一度だけ、ちょっとだけ、そういうことまでチラリと思ってくれたら、すごくすごく嬉しい。それもまた確かな現実の一部だからです。
せっかく好きになってくれた作品に自分で水を差すようなことをしてごめんなさい。ちょっと血迷いました。許してね。
このお客さんはたぶん月に一度呼ぶいいお客さんになると思うし、その度に少しずつうまくお話できるようになって、素敵な時間をたくさん持つんだと思うよ。

これを聴きながら書いてました

2015-11-03 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ: ,  

 

生きていかなきゃしょうがないんで

夏の終わり頃に、カミングアウトについての議論に触れる機会がありました。

きっかけは、どこかの雑誌が、ある男性のセクシュアリティをアウティング(本人が公表していないことを、同意を得ず暴露すること)したことでした。その人物がトラブルの渦中にあり、どうやら擁護のしようもない状況だとたくさんの人が彼に対して深く失望していた最中だったため、そのセクシュアリティを侮蔑したり面白おかしく揶揄したりする人が出てしまい、特に同じセクシュアリティを持つ人にとって失礼で暴力的な言葉があの時期にはしばしば飛び交っていました。

——「疑惑」とかいう言葉はどう考えても不当でしたが、その報道自体については、わたしはいまはっきりと「間違っていた」と言えません。アウティングはあってはならないこと、というのは強く思うのだけど、でも、未成年の人におまえは俺の奴隷なのだと宣言したうえで買春したということが本当なら、もしも相手が女の子であったならと想像すると、それは責任を負う必要があるでしょうよと思うので……異性間の出来事であったならば告発されるべきことが、同性間ならばされないべき、そんなことってあるかしら? と考えると、すっかり分からなくなってしまいます。今でも全然分かりません。
(現行の法律では売買春が成立するのは異性間のみ、ということは大まかに知ってはいますが、わたしはそれ自体がすごく変なことに思えます)

ただ、この件をちょっと脇に置いておけるとすれば、カミングアウトというものはどんな時も本人以外の手によってされるべきではない、という気持ちは確かなものです。
その人自身が決めた相手に、決めた範囲で、その人自身が選んだタイミングと方法で、するもの(または、しないもの)だよね、と。
たとえそれが他人から見て最善のものでなかったとしても、口を出されるいわれはないと思うのです。
それは、セクシュアリティに関してだけではなく。

「カミングアウトしないと卑屈な生き方しかできないのでは」「他の当事者のためにも正々堂々と公表するのが正しいマイノリティの姿では」といった意見もありました。でもわたしはそうは思えない。全然思わない。
自分がセックスワーカーであることを言えない場面で、卑屈な気分になっちゃうことはあります。ネット上に限られるけど、わたしが職業を明かしてなにか書いていることで、同じ仕事をしている人に「どんな酷いことを言われても我慢しなくちゃと思っていた気持ちが少し楽になりました」と言われてすごーく嬉しいことも確かにありました。でも、それとこれとは全然ちがうのです。
誰もがカミングアウトできるならそれは確かに理想かもしれません(そうなれば、カミングアウトという言葉も消えてしまうでしょうね)が、でも今の社会で他人に強いることは、とてもできません。

 

さて。
そうもいってらんねえ場面、というのが、人生にはありますね。

わたしにとってそれは医療機関でした。そういう人は多いと思います。
これまで医師に自分の職業を伝えたこと、たぶん10回近くあるでしょうか。できるだけしたくない、と思っているのに、せざるを得ない状況が上回ってこんなにも(わたしにささいな持病がいくつかあることも関係あるかもしれませんが)。
受け入れられたこと、そうでなかったこと、今も時々思い出しては心臓をグニャと押される気持ちになる言葉をかけられたこと、いろいろとあります。

性的な労働のカミングアウトは、なにも婦人科でだけの問題ではありません。
いつだったかは突然に喉が腫れあがり、耳鼻咽喉科でそうしたことがありました。もう少し余裕があれば「カレシが〜フーゾク行ったらしくて〜」みたいなことも言えたかもしれませんが、その日わたしは診察を受けている間に急に意識が薄れて(突然発熱したのでした)両脇から抱えられ、医師は何の病気か確信を持った診断はできておらず、とても不安で仕方ありませんでした。
そんな状況で「ちょうど一週間前に怪しいお客さんのお相手をした、そやつは片側の陰嚢が膨らんでいるように見えた上触れられるのを嫌がったためまさか精巣が腫れているのでは……と疑ったのだが、膿が出ているわけでもないので接客を断れずそれなりの時間オーラルセックスをした」という事実を伏せておくことは、できなかった。クラミジアか淋菌でこんな大事になるかなあ、と思っていても、わたしの乏しい知識にはないもっと別のウイルスがあるかもしれない。なんせ性感染症が身近になる仕事ですからなるべく見聞きするようこころがけてはいても、素人は素人なのです。

医師は動じませんでしたが何人かいた看護師が一斉にわたしを見ました。まるっきりコントのようでした。不意に驚いたときに他人へ遠慮や気遣いを発揮するなんてとても難しいことだから、傷つかないようにしよう、と思い、突然周囲の視線を浴びてどぎまぎするウッチャンの姿を頭に描いて癒されようとしましたが無理でした。そういう時の内村さん、可愛くて好きです。メイクや衣裳で作り込んでいないと、途端に照れ屋さんになるんですよね。

正体は溶連菌でした。溶連菌感染症であんなになる人っているんだね!驚きました。
このように、病気というものに素人のイメージはあてにならないものなのですね。だからカミングアウトが本当に必要かどうかの判断もできなくて、ぐらぐらと悩むのです。

 

つい最近もまた、久しぶりに医療機関で自分の仕事を明かす機会がありました。
溶連菌のときと違ったのは、わたしの疾患が町の診療所では手に負えないもので、「もし不快な思いをしようと、主治医を変えることはまずできない」状況であったことです。
わたしはこれまでの治療を通じて、その医師に好感と信頼感を持っていました。技術面でも、お人柄の面でも。仕事のことは特に話さないまま3年間のお付き合いがありましたが、先日とうとう、カミングアウトせざるを得ない場面が出てきてしまった。その情報があるのとないのとでは治療方針の判断に違いが出てくるのではないか?と、いち患者ですら思い至るような局面が、やってきてしまったのです。そして、治療の方針をあやまると、生死を分ける……なんて大げさな言い方はしたくありませんが、わたしの人生の残り時間がいくらか変わることも、十分ありえるかもしれない、と思えました。

言いたくない。言ってしまいたい。嫌な顔をされるかもしれない。どうしてそんな仕事を、と呆れられるかもしれないし、今すぐやめなさいとお説教をされるかもしれないし、就いた理由を言わされるかもしれない。きっとこの先生は頭ごなしに叱りつけるようなタイプではないだろう、と半分くらいは思いながら、でも半分くらいしか思えませんでした。
性的サービス業に対する気持ちというのは、その人それぞれに、心のデリケートなところに置かれていることが多いものです。ちょっと知っているだけの他人から見て、普段の様子からは似合わないように思える反応をしたとしても、少しも不思議じゃありません。

 

あっそうだ、ねえ先生、とわたしはたったいま思いついたことのように言いました。
本当は、3年間ずっと考えていたことなのに。

わたしね、風俗で働いてるの。ソープランドじゃないからセックス……挿入はしないんだけど、それ以外のことは、いろいろする、っていうか。

そう言うと先生はわたしを見ました。怒らないで、責めないで、笑わないで、そういう気持ちはわたしの頭にもうなくて、ただひたすら、まっさらなところに最初に置かれる言葉を待っていた。

先生はわたしにいくつかの質問をしました。普段行っているサービスの内容についてや、定期的に検査している項目についてや、その他いろいろ。ああ、うんうん、なるほどね、と言って、そして少ししたあと、基本的な治療の方針は今のところ変えないことをわたしに告げました。

「そっか、入院して切る手術を受けたくないのは、そういう理由もあったんだね、有給とか、ないだろうし」
そう言われてわたしは顔を上げました。そうそうそう、そうなの、仕事に行けないこともそうだし、たぶん、今の店は傷跡があると雇ってもらえなくなるし……と。ああ、そういうのもあるのか、それは大きな問題だ……と頷いて聞いてくれる先生の表情は、もうこわくはなかった。

診察室を出るときにわたしは言いました。
「よかった。ずっと、言わないといけないなーって思ってたんです」
先生はにこっと笑って、それは普段の診察で、調子はいかがですか、とか、今回の結果はなかなかいいよ、と言うときの笑顔と変わらなかった。そして、
「うん、大丈夫だよ。……ありがとうね」
と言って、そのありがとうね、というのだけが、ほんの少しいつもとは違うように聞こえました。新鮮でした。病院でありがとうって言われることなんてあんまりないから、それは、そうなんだけど。

じゃあまた二週間後にね、お大事になさってください、と言われて診察室のドアを閉め、わたしはお手洗いに向かいました。
ここにいる人はみんな何かしらの病気を持つ人とその付き添いです。たとえこぼれていなくても患者さんが眼を潤ませている姿というのは、決して見たいものではないでしょう。そのくせ、なぜだかとても敏感に気づいてしまう、視線が捉えてしまうものだから。わたしも患者のひとりなので、それが分かります。どうしていま泣けてくるのかはよく分からなくても。

安心した、ホッとした、それも確かにそうだけど、それだけじゃありませんでした。
いったいいつまで、この葛藤とつきあい続けるのか。わたしの人生だけじゃなくて、本当はこの街に大勢いるはずの、この建物にも絶対にわたしひとりな訳などないはずの、同じ種類の労働で糧を得ている人たち。だけど、この苦しみをどこかに語れば、そんな思いするくらいなら辞めればいいのにばかみたい、と、単なる「辞める決断のできない人」として扱われるのね。
そういう整理のつかないもやもやした気持ちがほんの2、3滴の涙になって、わたしの身体から出ていきました。病院のお手洗いって、とっさに少し泣くための部屋としての役割もあると思うので、いつでもきっちりときれいに整えられたこの個室で涙ぐんだ人は数知れずだろうけど、でも……こういう涙は、いらないんじゃないかな。いつかなくなるといい。少しずつなくなっていったらいい。

その日のお会計はいつもより金額が高く、領収書を眺めながらわたしはぼんやりと思いました。ああ、がんばって働かなきゃな。生きていかなきゃしょうがないもんね、と。
「働こう」という普通の気持ちが、傷つけられずにまだわたしの手の中にありました。

わたしのカミングアウトが、これからもわたしのものでありますように。誰のカミングアウトも、その人のものでありますように。
そしてできれば、それが刃にさらされず、尊重され、秘密は守られますように。誰も自分を責めることなく適切な医療を受けられますように。
この理想が少しでも現実に近づくことを願い信じています。そしてそれは身の程知らずの大それた、立場をわきまえない傲慢な贅沢などでは絶対にない、と。

2015-10-03 | カテゴリ: まじめなはなし | |  

 

タバコになりたい、紙切れでもいい

暑くて暑くて、ときどきもう自分は溶けだしているのではないかと思いながら二の腕に触れるとまるで本当に溶け始めているかのようにぬるりと汗が滑った今年の夏ですが、何もかも嘘か夢だったみたいに寒い。寒いです。ちょっと肌寒いともう心の隙間から冷気にやられて寒く感じるようにできています。
あんなに毎日スイカを食べていたのに。スイカかかき氷かアイスクリームのことしか思い出せないのに。
この夏ほかに何をしていたかというと、恋をしていました。春風亭昇太(7月にきいた噺の中で小鳥になっていた姿がとても可愛くてよかった)とシャーリーズ・セロン(メッメッ)と、そしてもうひとり。

 

わたしは長岡亮介さん(東京事変で「浮雲」名義でギターを弾いていた男性です)のファンで、「8月に出る椎名林檎の新譜PVに変な服を着て出演している」という情報を得てちょっと楽しみにしていました。気づけば発売日を過ぎ、そうそう、とアクセスしたYouTubeで見た彼は期待通りに真面目な顔で変なカッコして変な動きを見せてくれていてたいへんステキだったのですが、切り替わった画面にいた女の人にあっという間に目も心も奪われてしまったのです。ほんの一瞬のうちの、完全な一目惚れです。

ちょっと検索すると彼女のお名前や所属などはすぐに分かり、ああ同じようにすっかり魅了されてしまった人々がどれほどいることか、と思いたくさん開いたGoogleの画面を前に微笑んでしまいました。心の動揺を隠さないままそこかしこの知恵袋的な場所で情報を求めていらっしゃる方もお見かけしましたよ。恋心をtwitterに吐露していた方も多かったですね。おうみんな仲間だ。

こういうとき、名前がわかるとなんだか安心しませんか。確かに目の前に姿があっても、特定して呼ぶことができない状態だと相手の存在が不確かになってしまうような感覚。本当は関係ないのにね。
そういえばわたしもときどき自分のお客さんに「なんて呼んだらいい?」って言っています。基本的にお客さんに名前を使って呼びかけはあまりしないんだけど、時々はちょっと呼んでみたくなる人もいるものです。でも呼ばれ方ってできれば自分で選びたいものだと思うのですよ。たとえその場だけの名字でも。下の名前で呼んでほしいときなんかは、向こうから言ってもらわないとなかなか難しいしね。

それか、リピーターなのにその人の名前をきれいさっぱり忘れてしまったときですね。反省はしている。あと初対面で突然の呼び捨てを、それも20年前の男子校での友達かというくらいのMAX馴れ馴れしいモードで繰り出してくる人がたまに見かけられ、驚くべきことに彼らはそれで親密さを獲得できると信じていたりするのですが、全くおすすめしません。

話がそれました。

彼女のこと、本当はこれまでにも見かけたことがあったはずなのです。ウィキペディアで見たら、えっそれ知ってるよ? という作品がいくつかあった。
でも、平井堅のPVのときはもう仮装と言っていいような出で立ちだったし、PerfumeのPVのときはほとんど仮装といってもいいようなメガネをかけていたし、星野源のときはほとんど仮装といってもいいような髪型(まぶたギリギリのマッシュルームカット)をしていたし、きっと以前からのファンの方にしてみたら今回の作品で「わあついに世間に見つかった!」という感じだったかも。

ただ気怠げに歩いているだけで、正面の顎から首、鎖骨までが素敵で見とれてしまうのだけど、ダンスシーンになるとその美しさを造っていた骨組みと筋肉がぐっと強調されて目を見張ります。きれいとしか言いようがない。悲しいストーリーのビデオなんだけど、きれいとしか言いようがないです。吉田羊さんが彼女を評して「一体どこから降って湧いた」と表現しておられたのですが、ほんとそれな。ほんとそうですよ。一体どこから。

YouTubeで一度見た後すぐにiTunesを立ち上げ購入し、夏の間は毎日のように見入っていました。おかげで仕事中、シャワーを浴び(させ)ながらふと変なことを思います。

——あんなふうにこの人を手にかけたら、どんな気持ちがするかしら?
みたいなことを。ちょっとだけだよ。

しかし不思議なのは、そんなふうに思う瞬間はたいてい、好きだと思える人がそこにいる時によぎるものなのです。失礼で嫌味で怠惰な、愛想笑いの裏側で絶え間なくウンザリさせられるような相手にではなく。

 

昔こんな心理テストを見かけたことがありました。問いがいくつも重なるタイプの。

美しい牛と醜い牛、どちらかを食べるとしたらどちらを食べますか。

好きな牛と嫌いな牛、どちらを食べますか。

名前の付いた牛と付いていない牛、どちらを食べますか。

美しい人と醜い人、どちらかを食べなければならないとしたら。

好きな人と嫌いな人ならば。

 

そんなこと考えさせないでよ、と思います。
あまりにも困る。

それか、もしかしたら、こんな仕方のない問いでかわいいひとと互いに困らせあい、その困った顔を見て胸に甘苦しいときめきを得るための心理テストなのかもしれません。贅沢ですね。

何回かは空想の中で、架空の愛しい男の唇をガムテープで塞いではその心地悪い滑らかな感触越しについばんでみたりしたのですが、度胸もない上に不器用なので美しく殺めることなどできずだいたいあっけなく剥がしてしまいました。それもけっこう痛そう。口唇と皮膚の境目がたちまちヒリヒリと赤くなったのを見て、痛かった?まさかね? と言ってわたしはちょっと笑います。

そんなひとり遊びをしているうちにすっかり秋でした。

ただシェラトン(だっけ)のシャワーを見るととりあえず「あ、角があってよさげ」とは思う。

 

 

ELEVENPLAYのSAYA(篠原沙弥)さんという方です
2番の最初で一瞬だけ微笑みかけてくれるところでいつも胸が震えます
amate-raxiは閉店前に素敵な映像にのこしてもらって幸せなクラブだと思う

 

2015-09-14 | カテゴリ: たわいないはなし | |  

 

残暑(って感じしないよね!)お見舞い申し上げます

こんにちは椎名です。まいにち暑くてこまりますねえ。
またもゲストブックの話です(やれやれ)。
お返事しないルールだったんですが、ちょっと書くことにしました。
妙ちきりんなことを書けば返事するんだ!とか思われても困っちゃうので(笑)、こっちにまとめて書きます。

 

(14)c71さん

こんにちは。おかげさまでげんきに過ごしてますよ。
わたしはこういう言葉にすっかり慣れてしまっているところがあり、資料として(笑)置いて置きつつ、聞く耳を持ってくださる方のほうに向けてブログエントリにてお話させていただく、という方法を今回も取りました。
しかししっかりと怒りを表して反論するc71さんの言葉に、背筋を正されるような気持ちがしました。怒ってくれてありがとう。
c71さんのブログ、読ませていただいてます。励まされたり、自分にない視点をもらえたり、刺激的です。
どうぞお身体をいたわってください。といっても、それも簡単ではなかったりするけれど、身体が求める時は休ませて甘えさせてあげてくださいね。

 

(15)しらたまさん

メール、届いています。ていねいに謝ってくださってありがとう、でも気にするようなことじゃないですし、謝るようなことでもないですよ。優しいお気持ちからのこと、ありがたく受け取りました。書いてくださって、よかったです。
しらたまさんをドキドキさせる前にわたしが何かひとこと発していればよかったのだと思うんですが、ちょっとズボラだったもので。えへへ。しらたまさんがわたしの意図を汲んでくださったこと、じんわりと嬉しかったですよ。ほんとうに。
お盆あたりは疲れる仕事が増えてげんなりしがちですよね。あるある。お疲れさまです。
しらたまさんのお客さんがみんな紳士で(そしてできればお金持ちで♡)ありますように。
また遊びに来てくださいね。

 

(13)Bearさん

せっかくの書き込みの反映が遅くなってごめんなさい。
お察しの通り、文字数で引っかかってスパム扱いされていました……(そういうことが初めてでしたので、気づくのが遅くなり失礼いたしました)。
メールもありがとうございました。きっとかなり泳ぎの上級者でいらっしゃるのだろうな、と思いながら読みました。わたしはBearさんのような読者を持てたことがとても嬉しいですし、この嬉しさはこれから何かを書く時のすてきな栄養になることでしょう。
Bearさんが泳ぎ疲れたとき、わたしの小島で一休みしませんか、と誘えたらいいなあと思います。おいしいものを用意してお迎えしましょう。もちろんホカホカごはんも炊きましょう。すぐにわかるようかわいい旗かなにかをいつも飾っておこう(訳:エントリはさぼらず書こう……)と心に刻みました。力をくださってありがとう。
ところでほんとこの暑さが残り物なわけないだろう、ですよね。23歳くらいの男の子が10代の後輩に向かって「もうオレおっさんだからさぁ……」って言ってるのを目撃した時みたいな気持ちです。あなたは充分まぶしいよと言いたい。

 

(12)進撃の悠人さん

もうひとつ書き込んでくれましたね?
でも残念ながら問題のある言葉が含まれていたためか、スパム判定されていました。あなたの名誉のためにサルベージはしないので、感謝してくれてもいいですよ、うふふ。

(わたしの想像であなたのお気持ちを語るのは失礼かとは思いましたが、あなたが先に失礼だったので、その程度の失礼はしても良い、という判断を勝手に下しました、ご了承ください)

悠人さんにはわたしが「失敗」したかのように見えていて、それがあなたにとってとても悔しかったのだなあ、ということが伝わってきました。
今回のことで、わたしが肖像権を主張できる立場にないこと、それを主張してもあなたが言うところの「勝ち目」などありはしないこと、落ち着いて考えればわかるだろうと思います。あなたは冷静になれないまま、それっぽい物言いでわたしに何らかの苛立ちをぶつけてこられた。
わたしの想像では、あなたは風俗嬢を見下しながら、同時にどこかに共感……他人とは思えないような何かを感じているのではありませんか。社会の下層にいる風俗嬢がもし「勝ち」をもぎ取ったなら、世の中の権威に目にもの見せるようなことになったなら、どんなにかスカッとしたのに、お前ときたら「失敗」しやがって。そういう悔しさから来る憎しみを感じました。

そして荒野でうなだれているひとりぼっちのわたしを想像するとご自分もつらく、それで「結婚」という言葉が出たのではないかと推理しました。虚勢を張ってみすみす勝てない試合に打って出るようなことはやめて、権力のある男に守ってもらって平穏に暮らしていてくれよ、と(見方によっては優しさと呼ぶこともできそうな感情にも思えます)(現実には結婚ってそんな力まではないと思うんですけどね)。
残念ながらわたしはその悔しさを共有することができません。わたしにとってこれは試合ではなく、勝つとか負けるとか、そういうの、ないんです。わたしを勝手に誰かと戦わせて便乗しようと思っても、そうはいかないのです。
きっとあなたには、あなた自身の戦いがあるんじゃないかしら。だとしたら、向かうべきです。他人なので無責任に言いますよ。向かうべきです。
あなたの共感を、もっとあなたにメリットのあるように生かす理性的な方法がどこかにあるように思えます。どこかは知りませんけど、そんな勇ましいペンネームを名乗るくらいですから、きっと大丈夫でしょう。

 

(16) 明日さん
風俗の女の子か誰かに優しくされましたか。よかったですねえ。
ええ、大変な仕事です。そりゃあそうです。しかし、なんで大変になっちゃってるのか……考えたことはありますか? 誰がその大変さを作り出しているか、考える気はありますか?
そこを考えるおつもりがないなら、もう来てくださらなくて結構です。
わたしたちの幸せを願う、なんていう手軽で安易なヌルい気休めに走らないでください。
それともわたしたちが幸せになるために何かしてくださる覚悟や準備がおありなのでしょうか。
そんな難しいことは求めませんから、どうぞあなたが幸せになることを考えて生きていってくださいませ。まずは酔っ払ってこういうところに書くのをやめましょうか。

2015-08-16 | カテゴリ: たわいないはなし | |