おはなしノート

HATSUYUME2013

第一幕

出勤すると店長から「おおシーナよ喜べ、予約でいっぱいである」と告げられる。しかし聞けば予約でいっぱいすぎて移動の時間を考慮するのを忘れていたという。なんだそりゃ。すると電話が鳴り、「シーナの客一同ですけど、なんか大変そうなんで僕たち全員同じホテルにあつまることにしました」と言われる。急かされながら車に乗り込むと新宿から高速に乗り延々走る。いつまでも走る。ぜんぜん着かない。そのうちなんと空が白み始める。おかしい、なにかがおかしい、ぜったいおかしい、ここは何処だ、と大いに疑いながら「行きたくないぉ……」と唸る。

第二幕
しかしいつしか到着し、すべてを忘れてひたすら働く。ほがらかににこやかに半ばヤケになって全力で働く。最後の客(よく見ると香川照之氏にそっくりだった)から、「よくがんばったね!ごほうびにいいところに連れていってあげる」と言われ、気づくと山の中にいた。隣には山歩きスタイルの香川氏とそのファミリー。我々はきのこ狩りに来たのであった。ベテランガイドさんの案内で楽しくきのこを採る。白いきのこ、赤いきのこ、茶色いきのこ、細長いきのこ。小学生の息子さん2人もごきげんで、わたしによくなついて学校の話などしてくれる。味わったことのない種類の団欒である。うれしい。

第三幕
たくさん採れたキノコとともにホクホクで帰宅。 どうやって食べようかレシピを検索していると窓から小瓶(ボンヌママン)が投げ込まれる。「焼いたきのこをつけて食べてください」というメッセージと作り方を書いた手紙が添えられていて、中には野菜とオリーブオイルのペーストが入っていた。きれいなみどり色でおいしかった。自分でも作りたいので買い物に出るとクオカの粉売り場で小柄な男の子がモヤシみたいな青年にカツアゲされていたので後ろからフライパンで殴ったらマンガのようにあっさり気絶した。床が冷たそうだったので近くにあった毛布をかけて帰った。うさぎ柄だった。

 

総評
わたしの2013年=セックス・きのこ・バイオレンス

あと賃金も支払われないのに夢で働くのやめたい。

2013-01-04 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | |  

 

草原にぽつん

個人サイトをやっていた人々が徐々にブログに移行したときのことや

ブログをやっていた人々が徐々にtwitterに移行したときのことを

それはちっともよくないことじゃないのになんだか少し淋しい気持ちになったときのことを

いまもこころにおぼえています

あんなにがんばったHTML

必死で読んだCSS(卒業式風)

だいぶ忘れてしまいました

 

そしてついにtwitterにも飽き……げふんげふん!そんなことないよ!!

ちょっと忙しくてしばらく離れてしまったらすっかり感覚をわすれちゃって、田中課長のツイートに激しいシンパシーを感じました。


 

さて、先日「さいきんtwitterいないのね」って言われたので、うん、ちょっと、と言葉を濁したら
「プライベートがいそがしい?」といわれてそうそうそうなんだよねーっててきとうに返事したら

「わかった、ドラクエがいそがしいんでしょう!」っていわれたよ。
す、すごいなドラクエ。 みんなの中ですごい地位を築いてるのね(その時はまだやってなかった)。

 

わたしは初めてオンラインゲーム?をやったんだけど、そこでもボーッと
「いまこんなに人がいっぱいいるこの世界も、何年かたったら草原にぽつんと人がいるような景色になるのかな」
とか考えてしまいました。終わるときどうやって終わるんだろう、とかよけいなことを。
あと普通にむずかしすぎます。なんでみんなそんな強いん。
挫折する気1000%です。

2012-09-05 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | タグ:  

 

さみしかろうよ

ひとつ前のblogの元になった連続ツイートをしたあと、とても外出する気分ではなかったけれどどうしても薬が必要でのろのろと着替えて近所の病院まで歩いた。ここの先生は見た目の優しそうな雰囲気そのままにゆっくりと診察してくれて、こんなこと言っても仕方ないかなと思うようなこともちゃんと聞いてくれて「それはですね、こういう仕組みでね、それでこうなってるんですね、だからねえ、心配は、いらないんですね」とニコニコ説明してくれるので、これでもし地元の人以外通らないようなこの細い小道にあるんでなければ大変な混雑になってしまうだろうなと思う。それでも混んだ時間帯は患者さんでいっぱいで、往診の時間に間に合わないとおにぎりを詰め込みながら自転車に乗り込む先生の姿が目撃されている。誰もいない頃を狙って行けるとこちらもなんとなく満足感があったりする。

今日の先生はわたしの血中酸素分圧を測りながら「あれまあ。きれいな。紫陽花ですか」と言った。ネイルまで見ているとは、この先生おそるべしである。しかもラベンダーのラメに白とピンクの小花をつけたアートをあじさいだとわかってくれるとは!

ちょっと気が晴れたので、ちょっとだけ、散歩して帰ることにした。小さな墓地のそばを通ったら、みごとに茂った紫陽花が丸刈りにされてゆくところに遭遇した。花が終わったらすぐに剪定した方がよいのはなんとなくわかるけど、まだパッと見のきれいな花まで切り落とされているのはやっぱりもったいなく見えて、でもどうやらそこには小さな人だかりができており、年配の女性達が切った花の中からめいめい気に入ったものを選んで持ち帰ろうとしているのだった。

みんな少女のように真剣な眼差しではしゃぎながら、ほらみて、これきれい、とうれしそうに手の中の花束を見せ合っていた。ときどき虫を発見してきゃあ、と驚くものの地球の危機のようには騒がないところだけ、大人だった。わたしも部屋に飾りたいと思ったけど、大きな花瓶には別の花が入っているのを思い出し、じゃあ小さいのをひとつだけいただこうと手を伸ばした。青い色の、小ぶりだけどまあるく可愛いものを見つけて、それを拾い上げた。これなら入る空き瓶がありそうだ。

満足してその場を後にして、拾った青い花を眺めながら歩き出ししばらくすると、背中に人の声が聞こえた。おじょーさーーん、と。振り返ると首にタオルを巻いた造園業者さんがこちらを見ていた。そしてわたしのもとにきて、持っている紫陽花の枝にいくつかハサミを入れて葉を落とし、こちらに向けた。

「ひとつきりでは、さみしかろうよ」

白くて大玉の、きれいな紫陽花だった。
ありがとう、とてもきれい、と言ってそれを受け取った。

2012-06-29 | カテゴリ: weblog, たわいないはなし | |  

 

尊敬のプラカードを掲げて他人を踏む

twitterで書いたことをまとめて残しておきます。すべてそのままコピーしたものです。
言及しているリンク先のアドレスはここに出しません。お手数ですが元ツイートtwilogなど見てください。
またこの文章中で「SW」とはSex worker=性労働者(性別に関わらず、仕事として性行動をする人)を指します。

 

しんどい文章を読んでしまったとチラッと書いた。これのことでした。http://〜〜 (SWにはあまり勧められない)終わりのところね。なぜしんどいのか説明することがさらに苦痛になりそうな見通しがあったので、おとといは言えず。でも誰かと話したい気持ちもある。

この文はもともとセックスワーカーとは関係のない議題のために書かれたもので、それはSさんという女性にまつわる騒動で、わたしはその騒動が話題になっていることだけは知っていたけど自分の中になんのまとまった考えも持っていない。だからどこまで話していいのかよく分からなくて自信がないな。

筆者の方が”paradox”として示しているところにはすごく大事な視点が含まれていると思った。セックスワーカーはそれの欠如ゆえに辛い思いをさせられる機会もまたある。だけど「僕の主張は〜考えている」の文全体を読むと、決定的に抜け落ちているものがあると感じたんだ。

もしSさんに「風俗で働け」と言う他人がいたとしたら、現在風俗でそこそこ楽しく働いているわたしもやっぱり「ひどい」と思う。その理由は、SWが差別されるべき存在だからじゃなくて、SWがいま実際にそこかしこで差別されている存在だからだ。それを完全に跳ねのける術はわたしの見る限り、ない。

もちろん、その差別にめった打ちされながら飛び交う弾丸の中を這ってゆくのがSWの生活じゃないよ!でも、けっこうな豪雨は降ってる。わたしは傘を持ってはいるけれど、すてきなお天気の場所で手ぶらで買い物に行く人と「同じ」とはやはりみなせないと思う(そして傘があるのは幸運だからだ!)。

「プライドを持って働けば周りの好奇の視線など取るに足らないものは気にならないはず、無理解な人の心無い発言など相手にしなければよい」なんて言い方はよく耳にするけれど、当事者がひとりで跳ねのけられるものだと思っているなら「そんなことないよ」と言う。

ものすごく大きくて360度にわたって鉄壁の守りを誇る傘があったって、どんなに濡れても風邪をひかない強靭な身体を持っていたって、雨は止まないんだもの。

それを知っていながら「風俗で働けば?人を喜ばせる素晴らしい仕事だ、そう、料理人と同じじゃないか。同じだと思えないのは君の中に差別心があるからにほかならない!」と、今お金に困っている人に向かって他人が言い切るとしたら、わたしは「ひどい」って思う。

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2012-06-29 | カテゴリ: weblog, まじめなはなし | タグ:  

 

T先生のこと

思い出す夏がある。とてもつらかった夏。わたしはとてもつらかった。

持病の具合が思わしくなく、どうにもこうにもつらかった。病気休暇を使いきったので会社も辞めてしまった。体重と貯金だけが着々と減ってゆき、あらゆる方面への不安だけが募って、痛みと不安に耐えるほか何もすることのない日々に徐々に現実味を感じられなくなった。主治医の先生は常に忙しくて直接の病状以外のことは相談しづらかったし、先生としても「もう少しだけ辛抱しましょう」と言うよりほかにないだろう、とわたしも解っていた。

当時の恋人はわたしが大手と呼ばれる会社を退職したいと告げた途端におおいに責めた。ケガ以外の疾患はみな気持ちの弱さから来ている、と信じてわたしの家庭環境だの生育歴だのに原因と責任を見出そうとしてきたので、お別れした。あんなに叱責されたわりに承諾を得られなくて大変な思いをしたけれど、別れ話をするだけの体力が残っていたことがどんなに幸運なことだったか、ずっと後になってから身にしみた。

そんなこんなで疲れ果てたある日、わたしの身体はそれまでになかった、わけのわからない不具合を起こしはじめた。正確には、それまで気のせいだと思っていた軽微な異常はみんなわたしというシステムが過負荷運転していることのサインだったことにようやく気がついた、ということかもしれない。
しかし、そのコントローラーはもはやわたしの手にはなかった。
色々な検査をしたがこれという原因が見つけられず「わからない。ストレスとしか……」と言われた。「そうだろうなあ」と自分でも思った。それは心の弱さを落ち度として指摘されているようで(身体が弱っている人の心が弱くなるのはふつうの反応なのに)、いつしかストレスをなくせと言われることがストレスになっていた。まるで自分が精神面の弱さで治療を邪魔しているかのような、病人としての務めを果たしていない者であるかのような(今思えば)無意味な罪悪感に陥っていた。

そんなときひとりの医師に出会った。

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2012-06-29 | カテゴリ: weblog, むかしのはなし | |  

 

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