まじめなはなし

ゆきよさんのこと

大塚幸代さんのことをわたしはゆきよさんと呼んでいた。mixiの登録名が「ゆきよ」だったし。初めてメールを交わしてから、もしかしたらあっという間に10年ほど経ってしまっているかもしれない。それらの短いやり取りは昔のMacや退会してしまったmixiや捨ててしまった二つ折りの携帯電話にちりばめられていて、もうたどることができない。

わたしはまだ本職の風俗嬢ではなかった。身体を壊して堅気の仕事をやめ、療養生活の真っ最中だっただろうか、少し回復してアルバイトを始めた頃だっただろうか、記憶があいまいではっきりしない。ゆきよさんは、もうフリーランスのライターとしてデイリーポータル(その頃はさいごにZがついていたかいなかったか、自信がない)などで活躍されていた。

きっかけが何だったのか忘れてしまったけれど、わたしがゆきよさんにファンレターを書いたのだろう。とかくインターネットが友だちにならざるをえない療養生活(通院以外の外出がままならなかったので)でデイリーポータルはわたしのオアシスであり、彼女の書くものが好きだった。大塚さんの書く文章はセンシティブすぎて、という人もいることは知っていて、センシティブ、と表現されるものを感じ取ることは当時のわたしにもできた。けれど、ゆきよさんの方がうんとうんと先のほうをゆく大人の女性だったからだろう、憧れのお姉さんだったから、その「センシティブ」がわたしを傷つけることはなかった。
むしろ、揺れる気持ちを揺れるまま書き、ものわかりよい割り切った文章でまとめていないところが心強く感じられていた。突然大きく不安定になった人生にうまく慣れられずにいた幼いわたしは、不安定を隠さない彼女が遠くまぶしく、とても自立して見えたものだったから。

そして原稿からはあんなにも鋭く繊細な感性が滲み出ているのに、わたしにくれるメールの書き出しはだいたい「どもどもす〜」だの「ニャニャー!」だので、そのちょっぴりおどけた感じがとても可愛らしく見えて、惹きつけられた。

月に数通ずつ、ゆるいゆるいやり取りをして、しばらくして実際にお会いする機会があった。そのころにはもう自由に外出できる程度に回復していて、時給800円のアルバイトの傍らイメクラの仕事も始めていたと思う。
ゆきよさんはスラリとした長身の可愛いお姉さんで、わたしがユリですと名乗るとにっこり笑って「ああ、はじめましてー!」と言った。

その日わたしはレストローズのワンピースを着ていた。ゆきよさんにほめられて有頂天だったから、よく覚えている。薄い紫か水色のバラ柄にリボンがついたものだったと思う。ワンピースっていいよねえ、女の子の特権だもんねえ、というゆきよさんに、ゆきよさんは着ないのワンピース、と言うと、わたし172センチくらいあるからさあ、売ってるワンピース、着るとだいたい短くなりすぎて、なかなか、だめでねえ。と言って笑った。140センチ台のわたしはチュニックにショートパンツを合わせると、短すぎるワンピースを着ているように見えて「なかなか、だめ」になりがちだということを話した。
「ああ、そっかああ、なるほどねえ、大きいのも小さいのも、いろいろあるんだあ」とゆきよさんはまた微笑んでくれて、やっぱりわたしは有頂天だった。

とりとめのない話をした。洋服のこと、アクセサリーのこと、アイドルのこと。中川翔子さんのブログについてあれはすばらしいねと話した記憶がうっすらとある。しょこたんが「ギザ神」と言ったアイシャドウをついわたしも買ってしまった話とか。渋谷でのサイン会に行きそびれた話とか。当時お守りとしてつけていたピンキーリングをゆきよさんはほめてくれ、サイズをきかれ、0号だよってこたえたら、なにかのツボに入ってくれたらしくゼロってなにそれゼロとかあるんだすごくないウフフと盛り上がったりとか。ダブルユーに対する複雑な気持ちなども話した気がする。
わたしたちが並ぶシルエットは「大人と子ども」のようで、それはそのまま内面の成熟度と同じような気がしていた。ひとまわりも違えばあたりまえなのかもしれないけれど、それ以上にわたしの知らないことをたくさんたくさん持っているふうに見えた。

だからだろうか、わたしも好きだったけど、小沢健二の話だけは一度もしなかった。
それはゆきよさんの聖域のように感じていたから。ランドセルをしょって今夜はブギーバックを、歌詞の意味も大して分からずにきいていたわたしのような子どもが口にしてはならない話題のように思えたんだろう。立ち入ることはできなかった。それに、フェイクやクイックジャパンでの活躍と目の前のお姉さんとは、それらがわたしにとってリアルタイムでないこともあり、うまく結びつかなかった。

 

なんのタイミングだったかもうよくわからないのだけれど、風俗の仕事をしている、ということはなぜだかツルリとカミングアウトしてしまった。
ゆきよさんは驚いてみせたりしなかった。そっかーそうなんだ、と言い、身体にだけは気をつけてね、と言った。

家に帰って、次の日だったろうか。メールが届いた。

「私なんかが言わなくても、ぜったいぜんぜんご自覚あるとおもうんだけど、よくさあ、減るもんじゃなし、って言い方する人いるじゃない。でも、絶対、減るよね……と思う、いろいろ」

今の、2015年の、試行錯誤しつつそこそこの経験と実績を積んでセックスワーカーである自分をある程度(このある程度っていうものの内訳は、ひどく複雑で難しいんだけれど)肯定しているわたしに、なんの交流も友情もない助言を求めたわけでもない見ず知らずの人がこの言葉だけを言ってきたならば、傷つくかもしれないと思う。減る、という言葉で表現されている事柄は風俗業のある一面でしかないし、それはなにも性風俗の職場にのみ存在するものではないし、安全な場所から知ったようなことを言わないでくださいと思うかもしれない。
だけどわたしたちがそれまでに交わしたものたちの上では、このメールはとても嬉しかった。「減るもんじゃなしと時に人は言うが、減る」ということを分かってくれている、というのがまず嬉しかったし、ゆきよさんがわたしの心身を案じてくれているということも素直に嬉しかった。ご自覚あるとおもうんだけど、というなんだかリズムの悪い言葉がとてもいとしく思えた。

そのメールの最後はこうだった。

「あのさ、あのさ、ほんとはいちばんやりたい仕事、とかって……ない?ですか?」

そしてその下にこう書き添えられていた。

(とかいって、私ない!)

ゆきよさんらしい言葉だなあと思えたし、また怒られも泣かれもしないというだけでも、わたしは救われていた。
いちばんやりたい仕事とかまだよくわからないけれど、ライターは楽しい?ときくと、楽しいかどうかって考えると確かに楽しいけれど、いつでも楽しいといえるほどの余裕がない、プロになってからというものとにかく自信がなくってね、それが私のだめなところ、と言っていた。

そのころゆきよさんが「おそらくコスプレイヤーの女の子でちょっと気になるんだけど、どこのなんという子か情報がないんだよね」と何の気なしに見せてくれた写真が、思いきりかつての同僚だった、ということがあった。誰かが個人的にギャラを出して撮影した写真を流出させたのか、安っぽくてきわどい衣装で知っている子が写っていた。彼女は地下アイドルのような仕事から風俗店に勤め、美容整形を受けて女優の道へ進むのが夢だと言って去っていった子だった。
そのことを告げるとゆきよさんは、なるほどじゃあできれば掘り起こされないべきものってことだね、と言い、たしかその場で写真を消去してしまった。なんでもないことのように(たぶんあれは、誰かから調べてほしいと頼まれたものではなかっただろうか)。
自分のことではないし、その女の子ととくべつに仲が良かったわけでも全然ないけれど、心の中の穴が塞がれたような気がして、得がたいできごとだった。

 

けれど、それからわたしたちのゆるいやり取りは急激に頻度が減っていく。
わたしは風俗業をメインの仕事にし、減るもんを減らしながらも働き続けた。そこでセックスワークに伴うたくさんのおもしろさや苦しみやつらい謎に行き当たった。自分なりに考えることがたくさん生まれ、それをネット上に書き綴り始めた。読者ができて、同業の友だちが、先輩ができた。年齢も重ね、15歳年上の人ともいくらかは、少なくとも20歳の時よりはお互いに対等にいられるようになった。椎名こゆり、というペンネームができたころには、ゆきよさんとのメールのやり取りはもう完全に途絶えていた。

ゆきよさんの文章は、変わらず読んでいた。昔に比べると、読んでいて苦しくなったり、心の揺れが迫りすぎて切ないこともあった。そうか、これのことか、と思った。このひとをほうっておけない、ほうっておいてはいけないんじゃないか、という気持ちにさせられることが増えて、ドキドキしながら読んだ。そして、そのほうっておけなさはゆきよさんの変化なのか、以前のわたしには読み取れなかったものなのか、わからなかった。

それでもゆきよさんは憧れのお姉さんであることに変わりなかった。声をかけたいな、と何度も思って、それにはtwitterで話しかけるのがいちばん気楽でいいような気がしたけれど、twitterでのわたしはもうすっかりすべて椎名こゆりであって、ゆきよさんの知る「ユリちゃん」ではなかった。いつかはまた話せたらいいな、きっとできるよね、もしかしたらもっと年を取って、おばちゃんになって、ふたりの内側が「おねえさんとコドモ」でなくなれば。背の高いおばちゃんと背の低いおばちゃん、くらいになれば。そんなことを思って、気持ちをたたんでしまっておいた。

こうして書いていてはっきりとわかる。わたしは怖れていたのだと。

まだ風俗嬢やっているんだよ、と言うのが怖かった。
いつか心配してくれたような未来にはなっていないよ、と説明できる自信もなかった。
ゆきよさんにがっかりされるのがこわかった。
もしもそうなってしまったとき、受け入れられるかどうかとても自信がなかった。

自信がなかったんだよ。自信。じしん。

 

最後のほう、ゆきよさんは何度かわたしに言ってくれた。

女の子は自信を持つに限ると思うんだよねー。
根拠なんかなくてよくて。根拠のない自信を持っている子が、人に大切にされたり、愛されたり、成功したりで、幸福になる気がするんですよ。いやユリちゃんはかわいこちゃんだから大丈夫だとは思うけどさー、やっぱ、時々、ちょっと心配になります、おねえさんとしては。
ズーズーしくね、なりなね。そのくらいで、ちょうどいいんじゃないかと思います。
ユリちゃんの未来が幸福であるように祈ってる。だから、自信を持って。

そんなようなことを。

 

ゆきよさん。わたし、持てなかった、自信。ほかでもないあなたの前で。ごめんなさい。
あんなに言ってくれたのにね。

わたしの知っているゆきよさんは本当にほんの一部だけで、お話できた時間もごく短い。それ以上に近づいたとして仲良くなれたのかどうか、ゆきよさんはわたしのような人を好きだと思ってくれたかどうか、少しも自信がないのだけど、ああ、また自信って言っちゃった。そこからは、なにが見えるのかな。クレージュのアイシャドウはずっと前に廃番になって、後生大事にひとつだけとってあったんだけど去年捨てちゃったよ。もしなにかの拍子でわたしのこと思い出したら、そいでそのうち時間ができたら、またちょっと祈ってくれますか。わたしもわたしの未来について祈るから、一緒に祈ろうよ。ねえズーズーしいってこんな感じで、いい?

 

————————-
Facebookで北尾修一さんという方が書かれていた文章を読み、そこに綴られていたのはわたしの全く存じ上げない面のゆきよさんでしたが、読ませていただくことで気持ちの整理をお手伝いしてくれるように感じられましたので、わたしもこのように個人的な思い出を振り返りました。
北尾さんが「リクエスト」されていた曲、わたしは初めて聴いたのだけれど、すてきだった。

2015-04-05 | カテゴリ: まじめなはなし, むかしのはなし | |  

 

東京都写真美術館にて過去に展示された作品の撮影手法に関する問題が取りざたされた際、ネット上で起こったことの簡単な記録(2014年12月〜)

後からこの件についてお知りになりたい方のためのとても簡単なリンク集です
とてもすべてを網羅していませんが、お探しになるとさらに情報が得られることでしょう


2014年末、Twitterでこの記事が話題になった
男女300人の絡みを撮影…知性と理性を吹っ飛ばせて見えた境地とは【大橋仁 INTERVIEW】

話題になった、の具体的な様子はtogetterなどにも残っていると思うので興味のある方は検索すると見ることができます
またこの件はタイのセックスワーカーNGOであるEmpowerに報告されました

問題視されたのは2007年に催された写真展、そのプレスリリース
東京都写真美術館プレスリリース 日本の新進作家 VOL.6:スティル/アライヴ

撮影者の大橋仁氏がブログ上で弁明と謝罪、また当該作品について新たな展示や掲載を差し控える意向を表明
メッセージ(2015.01.08)

美術館に対応を求める署名運動も起こった
大橋仁氏のセックスワーカー無許可撮影展示について正規の対応を求めます。(2015.01.12)


このサイト上で起こったこと

冒頭にあげたインタビュー記事を読んで美術館にメールを送った
東京都写真美術館に送付したメールの内容(2014.12.25)

上記記事がニュースサイトに取り上げられたりしてたくさんのアクセスがあり(バズるって言うんですか)寄せられたご意見、ご感想、何らかの叫びなど
ご報告とわたしの気持ち 〔1〕 〔2〕(2014.12.30)
ヨンへの気持ち 〔1〕 〔2〕(2015.01.16)

すこし時が過ぎて
ひとつくさってふたつ芽吹いて
(2015.08.12)


当時励まされたブログ記事(ありがとうございました)
人権侵害に言い訳はない(2015.01.08)- c71の一日

この問題を長く取り上げたウェブマガジン – 松沢呉一のビバノン・ライフ
たとえばこの件に関心を持ったり恐怖を感じた方、とくに同業種の方たちには、自分を強くするために役立つ世界が開けるのではと思うのでおすすめします(一部は有料です)
娼婦の無許可撮影をするゲス写真家は今に始まったことではない-『危険な毒花』と『月蝕』 [娼婦の無許可撮影を考える 1 ]

カフェー女給と娼妓の写真に見るモラル・・・ 昭和の肖像権を検証する [娼婦の無許可撮影を考える 2 

娼婦の無許可撮影を許したのは、この社会の「良識」だった [娼婦の無許可撮影を考える 3 ]

大橋仁の釈明と「モラル」について [娼婦の無許可撮影を考える 4 ]

大橋仁問題に見られる手続論と作品論の混同 [娼婦の無許可撮影を考える 5 ]

セックスワーカーの人権侵害をする女たち [娼婦の無許可撮影を考える 8 ]

女王様インタビューの捏造疑惑 [娼婦の無許可撮影を考える 9 ]

セックスワークという言葉を使う事情 [娼婦の無許可撮影を考える 10 ]

「廃墟写真事件」に見る法とモラルの境界線- 風景写真の著作権 2

日テレの内定取消の背景にある語られない差別意識 ・・・そして売春差別と従軍慰安婦問題

桑田佳祐の謝罪に思うこと-勝手に期待して勝手に失望するな

2015-02-21 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ:  

 

【読んだ思い出】男しか行けない場所に女が行ってきました/田房永子

↑このリンクはアソシエイトです

田房永子さんの「男しか行けない場所に女が行ってきました」、迷ってる同業のひとがいるのでは、読んで嫌な思いするかもと恐れて手に取れないでいるのではって思ってる。だってこれまでわたしたちをカジュアルに侮辱してふんぞり返るような本が、似た感じの触れ込みでいっぱい世に出てきてるから。#

わたしもしばらくそれが気になってしまって手に取れなくて、でも田房さんが書くものなら泣くほど傷つきはしないだろうって、この前意を決して購入して読みました。これまでのご著書を読んでいなければ絶対にそうはしなかった、できなかった。#

まずこの「男しか行けない場所に女が行ってきました」ってタイトルがさあ、その男しか行けない場所に最初からいる女のことをハナから無きものにしてるんじゃないかって思って警戒するよね!笑。#

でね、やっぱり、無傷ではいられないというか、それってその言葉で書くべき?とか、そんなふうに言わないでよ、っていう部分がひとつもないわけにはいかない、それは誰が書いたってそうはいかないと思う。でも「風俗を体当たり取材したルポでーす!」って顔してる別の本とはやっぱりどこか違った。#

この本を書くにあたっての田房さんの葛藤が「経験していないことに口を出すことの下衆さを免罪してもらうアピール」としてではなく伝わること、セックスワーカーを特別な目で見るご自分を自覚し、それに関しても読み手に許しを要求してこないことが当事者としては安心して読めて嬉しかったです。#

でも、うーん、同業の女の子におすすめするかって言われると、自信ない、どうだろう、とても迷います。ある程度のキャリアがあって、性風俗業と自分との関係がいくらか安定してたり、あとこれまである程度失礼な本を読んじゃってきた人なら平気かなあ(ひどい基準だよ!)……あー分かんない。ごめん。#

(ここまでtwitterの転載)

 

この本はしばしば「女性目線」が新しい、という言い方で語られているけれど、わたしは風俗の「中の人」だもので「女だから行けない、見ることのない場所がどうなっているのかを『女性目線』で知ることができる」ことはなにも魅力ではありませんでした。それらについては既にあらかた見知っていて、へえ〜そんなのがあるんだ、という発見などないから。
そして「失礼な本」たちの威力はすごくて、ただでさえ他人の言葉から偏見や見下しを読み取るのはつらいのに、しかもそれが活字となり出版され書店に並んでいる事実にも打ちのめされるので遭遇してしまった際のダメージといったら目も当てられないよね。グハァ。それでもこの本を(びくつきながらも)読みたいと思ったのは、やっぱり「この人の書くもの好きだな」「正直に書く人だな」って気持ちをあらかじめ持っていて、希望が持てたからでした(ちなみにわたしが読んだことのあるご著書は「母がしんどい」「ママだって、人間」です)。

「私を含めたごく普通の一般人にはなかなか分からないが〜」のような前置きとともに、自分とは種類の違う無関係な男女が集まる場所として性風俗や水商売を描いた上で「彼らは〜である」と断定するような文章。それを読んでしまった時の暗く悲しい怒りがじりじりと燃え上がることは、この本ではなかったです。田房さんは性風俗を、すでにこの社会に当たり前に存在し多くの人々に楽しく利用されているものとして書いていたし、ご自身もまたその社会の一部であることも、きちんと書かれていたと思う。風俗嬢に対して引け目を感じることも、同時に蔑みの目を捨てきれないことにも正直だった。正直のポーズに隠したつもりで罵詈雑言を投げつけてくるタイプのあれ(あるよね?)とも違う、シンプルな正直さ。

一方で、たとえば23ページの風俗の種類表はちょっとあまりに大ざっぱすぎて「いやいやそれは……」と思ったり、それから「そのフレーズ、本当に必要?」とか「その書き方、本心なのかな(あるいはむしろ正直さの発露なのかな、と迷う)」と思わされた部分も、ちょこっとありました。

(148ページ)現役を引退したAV女優のひかるさんがかつて、AVは事情があってやっているだけで必要がなくなればすぐ辞めたい、と「ハッキリ」語っていた、その言葉を引用した直後に「ひかるさんはきっと今も、優しくて素敵な女性にちがいない。」という文が来てそれがこの章の締めとなっているところ。
これでは、AVの仕事ときっぱり訣別したひかるさんの意志がその優しさや美しさと関連付いているように読めてしまわないか? と思い不安になりました。

推測になってしまうけど、ここで彼女の「返済が終わったらすぐ辞める」という言葉を持ってきた意図、わたしは「切なさ」かなって思って。素敵な彼女がかつては裸を見ることもできるようなごく近い場所に、信じられないようなことだけど確かにいたんだということ、でも時が過ぎ今はそんな世界から離れてどこかの土地でただただ「きれいな女の人」として幸せに暮らしているのだろう、そうであってほしい、ということ……こう対比させることで過去のことが美しくすこし切ない夢のように浮かび上がるから。そこへ、田房さんからひかるさんへの、“知る術もないけれど、どうか元気で——”という気持ち、感傷的だけど切実に願う気持ちをこめたかったんじゃないかって。
でも読者の偏見を助長するって言うと大げさだけど、実際そういう目的でセックスワーカーの内面について知ったように書く人は存在するので、同じものとみなされる可能性に心がウッとなったのでした。感傷めいたセリフで雑にまとめて結局偏見を上塗りした文章ももよくあるし。

(153ページ)「まあ、全体的に異常だけど」という言葉からの3行がうまく読み取れなくて、「全体的に」というのが何を指しているのかもう少し書いてくれたらって思いました。他人(の体)に興味があってしょうがなくて、女性器を舐めるのも大丈夫と明るく、おそらくはちょっと得意げに語るかなちゃんに対し、彼女におどろき、惹かれながらも警戒もしている田房さん。そのムードや気持ちはすごく伝わってきたんだ。
でも、あの3行を読むとまるで「風俗店と、そこにいる風俗嬢は異常だけど、そこへ行く男達はまったく異常ではない」っていうよーく見かけるアレとそっくり丸かぶりのように読めちゃって、えっ? そう言いたいわけじゃないよね!? という疑いが拭いきれなくて、もどかしかった……。

など、こういう細かい部分を言い出すときりがないというか、わたし個人の感性と能力に基づいた読解の結果による感想なので著者の過失やなんかとは違うし、あげつらうようになるのはいやだなと思ったのだけど……ただ、読もうかどうしようか迷っている人へなにか参考になるだろうかと思って、ここに少し書いてみました(同業の女性に積極的に勧めることはできない、という意見は変わりません)。

「男しか行けない場所」とやらについては知っちゃってるから、それを「女性目線」とやらで書いたからって魅力にならない。とさっき書いたけれど、わたしが見ている日常を永子さんが見て、それがどんなものか表したものを読めることは、やはり魅力的でした。
わたしたちは同じ場所にはいないので同じ風には見えないの当たり前なんだけど「こっちからはこうだよ!」というのを、きっと、きっときっと彼女はわたしにも聞こえるように言おうとしてくれてるんだって感じ取れる。そういう人は今のところとても少なくて、風俗についてああですこうですと書いておきながらそれが風俗で働く人自身の目に触れることなど少しも考えていないようなものばかりが澄ました顔している段階です(想定していないのか、それとも見られたところでかまわないのか、それともどうせ反論できないだろうし問題ない、と考えてるのかはわかりません)。

「そっかーそっちからはそんなふうに見えるんだね、でもね、それね、こっちからだとこんななんだよ、あのね、でもねそれでもね……」ってこっそり手紙(反論じゃない、抗議じゃない、でも全部肯定でもない)を書きたいような気持ちがちょっぴり芽生えた気がしてる。それは、風俗で働いたことのない友だちとわたしの仕事の話をしている時の、傷つきたくない、傷つけたくない、と慎重にロープを握りあいながら(そしてときにはやっぱり傷つきながら)もできるだけ正直でいたいと、そしてもっと仲良くなりたいと思って心細くも微笑みあうあの気持ちに似ています。

 

***
ところでこの本はマミさんの食いつきがすごかったよ!「おもしろすぎて一気に読んだ!」と言っていました。そしてお互いに心に残ったフレーズを言い合ってしばらく笑ってた。「自称29歳(笑)」「近藤の崖の下に近藤(笑)」「小池キッス(笑)」「MAX松野明美(笑)」と言ってはンフンフと笑う母……あ、あと小此木さんに好感を持った点も意見が一致しました。
そのうち、ふと昔のことを思い出したみたいで、そういえばうんと若い頃友だちから、セックスしたくて頭がおかしくなりそうな時があるの、私変かも、って相談されたことがあった、あの時動揺せずにせめて変じゃないよって言ってあげられればよかったわ、という回想をきき、わたしも何も言えはしなかったけど、そのお友だちのところへも永子さんの思いが通じたらいいなってぼんやり思いました。
またマミさんは「母がしんどい」で幼いエイコちゃんがお母様に角材を持って追いかけられていたシーンが非常にショックで今も強く覚えているようで、あのエイコちゃんが仕事を見つけて自立してこんなにしっかりがんばっているのね、よかった、という点に安堵していたようす。

なおこの文章中で田房永子さんのことを田房さんと呼んだり永子さんと呼んだり揺れているのは、わたしは田房さんのことを頭の中で作家さんとしては「田房さん」と呼んでいるのだけど、
既刊を読んだことでその人となりやこれまでの人生を少しお話していただいたような気持ちになっていて、さらに以前ツイッターでお話……しかもどうしたら臭いを気にせずフェラチオすることが可能か!?口から吸い鼻から吐く呼吸の特訓か!!みたいなだいぶくだけた(でも深刻だよね!)話におつきあいいただいたりしたことにより、女の人生を生きる先輩としては永子さん、と思っているところもあり、ブレブレだからです。今読み返して気づいた。

本当は、エイコさん!って呼びたい感じ。

2015-02-18 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ: ,  

 

ヨンへの気持ち〔2〕

〔1〕のつづき。
東京都写真美術館は、わたしが送ったのと同じ通数のメールを返してくださっています。
お返事をくださる、ということだけで少なくとも「無視するつもりはありません」というメッセージだけは、しっかりと受け取っています。公共機関がわたしを無視しないってことが、たったそれだけの普通のことがなんでこんなに泣けるくらい身にしみるのか。さあー、どうしてでしょうねえ(相棒の右京さんみたいに読んでほしい)。


東京都写真美術館の責任範囲- [娼婦の無許可撮影を考える 7 ] 松沢呉一のビバノン・ライフ

1421264005156

今のわたしは、この記事に書かれていることについてああ、そうだ、そうだなあ!と思って考えているところです。特に2についてはまったく考えが及んでいませんでした、思いつけなかった。わたしにとって美術館というのはとても大きな存在で、そこへ働きかければわたしの見ている4について何か変わるんじゃないかみたいなイメージを持ってしまってたんですけど、そうとは言えないと学びました。3については、なんていうか、4への気持ちそのものですよね……(これまでを読んでいる方にしか分からない書き方ですみません)こうして自分以外のひとの言葉で目の前に出てくると、本当に弱い。苦しくなります。4はわたしにすごく強くて、ちょっと睨まれただけでもう竦んでしまう。

「芸術だからといってこれは行き過ぎですよ!これだから芸術なんかやってる男はダメなんですよ云々」とわたしに言ってきてくれた方は何人かいらっしゃいました。でも、その「これは行き過ぎ」って誰がどうやって判定しているものなのか。
例の写真が展示された当時、美術館には意見が寄せられなかったそうですね。「行きすぎた行為」だとは誰も言わなかったわけです。「これだから芸術家は」の問題だとはわたしは思わないです。
(ただ、観賞しに来たお客さんが美術館に対して何か意見することは困難だろうとも思います。それから、これは友人と話していて気づかされたことなんだけど、関係者だからこそ指摘できない、っていうこともきっとありますね)
展示に際してはおそらく大橋氏の手によってアンケートボックスが設置されていてそこには否定的な意見もあったようですが、これが何に対するものであるかは今のところわかりません。「ものすごく怒ってるのもあった」という言葉に、誰かが指摘してくれていたかもしれない……と思うとささやかな希望が胸に灯ります。しかし直後の「面白かったよ」が同時に目に入ってあっという間に消えちゃいそうになるので、風よけの囲いが必要です。

——そうそう、あれが2007年! たしか、展示スペースにアンケートボックスが置いてあって。自分も感想、書きましたよ。

ホント? 嬉しい嬉しい。最終的に、2、300枚かな。けっこうな数が集まって。写美がアンケートボックスの設置を認めてくれたのも大きかったね。老若男女が書いてくれたよ。ものすごく怒ってるのもあったし、ただ『ウンコ!』とだけ書いてあるヤツとか。オレの意図を理解してくれた人もいたし、色んな意見をもらえたね。面白かったよ。

——大橋 仁、人類の明るい繁栄のため全財産をはたいて酒池肉林を撮り収める。 | TOMO KOSUGA – Part 2

松沢呉一さんの「セックスワークを考える – 娼婦の無許可撮影を考える」シリーズは、この問題を考えたい人すべてに読まれるべきことがたくさん書いてあって、特にわたしとしては「これだから芸術なんかやってる男はダメなんですよ」とか思っている人の目に入るといいなあと思っています。あと「芸術は全て犯罪だからあきらめろ」とか「勝手にタイ人のセクシャルワーカーを代弁するな」とか「あなたのように自分の意見を持っている風俗嬢なら尊敬しますよ」とか。そうやってわたし(たち)の4への気持ちを見ない振りする人、見ない振りでこれからもやっていくべき、それが結局は全員にとって幸せだ、と思っている人に。

一部は有料ですが、分厚くない文庫本一冊ぶんくらいの値段です。10冊買ってもなかなか得られない気持ちを得ることができたのでわたしはとても買ってよかった。

 

もう何年も前だけど、源氏名が「ナナ」だったことがあります。
そのお店はわりとあっという間に潰れてしまいました。お給料は安いし駅から歩くしホテルも遠いし女の子は数える程しかおらずそれなのにタオルは常に足りないし(つまり隅から隅まで資金力がなかったのですね)という店でしたが、待機室(兼事務所、兼撮影スタジオの狭い部屋)になんとこたつがあった。いかにも旧式の、あちこち塗装が剥げている大きめのこたつ。仕事を終えて疲れ果て、ここで一休みしているうちに眠り込んでしまう、という形の「店泊」をしょっちゅうしている女の子がいました。
わたしがコートを着て帰ろうとしていると「奈々ちゃん、帰るの、お疲れ、またね、気をつけてね、またねえ」と、3割は夢の中みたいな声で言って。玄関でブーツをはいてもう一度振り返ると、こたつ布団に埋もれたまま1円にもならないはずの笑顔をちゃんと作って手を振ってくれていた。

一度くらい一緒にお泊まりしたらよかったよ。一緒にこたつで寝て、遠慮してちょっと浅く体勢をとったりして、次の日には若干頭が痛くなったりすればよかったよ。

 

ナナへの気持ちナナへの気持ち

収録アルバム:インディゴ地平線
2012/7/11 | フォーマット: MP3

 

2015-01-16 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ:  

 

ヨンへの気持ち〔1〕

去年最後にした買い物は、中村珍さんの漫画でした。
今年最初にした買い物は、久保みねヒャダこじらせナイトのスタンプでした。
充実の自宅バカンスが伺えますね。すばらしいです。kindle本もいっぱい買った。
抹茶ババロアをまた作ろうと思ったら抹茶が全然足りなくてしかたなく黒ごまババロアにしてみたり、
「さらば恋人」の2番の歌い出しをど忘れして気持ちが悪いので大至急検索してくれというマミさんの要求に応じたり、その流れでYouTubeに半日を捧げたり、
おそらく泥酔したお客さんからのまったく意味がわからないが全編赤ちゃん言葉なメールをシカトしたり、翌朝に「すまん!一生の不覚!忘れてくれ!」と来たので「なんのことでちゅか♡」と返信してあげたり、そんなふうにして過ごしたお正月でした。

前回書いたこれこれその前ほどじゃないけれど反響が大きくて、いろいろなご感想を読みました。

その中には、読んで気分が悪くなった、というものもあって、それはわたしへ向けられた言葉たちがあまりに暴力的なために見ていて辛くなったり、途中で読めなくなったり、過去に同じような目に遭った記憶が甦ってしまったり、というものでした。

胸が痛くなりました。
ごめんなさい。

そのまま載せることはわたしも憚られて、それであんなふうに口調だけでもととのえてお見せしたのだけど、それでもやっぱり重いものに変わりはないし、ショックを与えてしまったことがとても苦しいです。

ああいうの、わたしが慣れているとは言わないけれど(慣れられるものとは思わないし)、セックスワーカーがなんか言った時あるある、なんです。わたしとしては「このアプローチは初めて見たなあ」というものはなかった。

セックスワーカーとして発言した人間がそのあと目にする風景を少しだけ公開したい、そんな気持ちがありました。嫌悪する人がいる、発言の内容ではないところに罵詈雑言をぶつけたり、自分の無知をはばかることなく掲げながら何もかも説明しろと甘えてくる人にしばしば遭遇する、という現実を示したかった。それはなぜなのか?ってことを考えてもらえたらいいなと思うから。それはセックスワーカーではない人を助けることにもつながるのではないかしらと思っているから。よく書いてるけど。
だから、罵詈雑言に分類されるようなものも、わたしのメールボックスに人知れず埋もれたのち消去される運命をたどる前に一度くらいは白日の下に晒されてみていいと思ったの。
でもそれだけでは「わたしたちはみんなをムカつかせる日陰者、自分の意見を持つべきでない」という結論になりかねないから、返事もした。拳の代わりにわたしを殴るためだけのツールだったかもしれない言葉を、でもどこまでもあくまでも言葉として受取り言葉を返信することで、わたしたちは罵られてしかるべき存在ではないよ、と言いたかった。

そうしたら、見ず知らずの優しい方はもちろん、わたしをよく知っているひと、会ってお茶を飲んだり日頃仲良くしてくれているお友達には特に大きなショックを与えることになってしまい、本当に申し訳なかったと思っています。ごめんね。超ごめん。

 

それから、「丁寧に答えないでちゃんと怒ればいいのに」っていうのも、ありました。

もっと感情をあらわにぶちキレてくれればいいのにそうでないから読んでいて辛い、とか(気持ちはわかる)丁寧に答えると相手は調子に乗るぞ、とか、こういう姿勢をよしとすると暴言を受けている側にどこまでも毅然とした態度を求める風潮を後押ししてよくない、筋の通っていない悪口を取り合ってはいけない、とか。

耳が痛いです。でもね。

なんでもいいからストレスを解消したいだけで、でも目の前に殴ってもよいものが見当たらないのでさし当たり目に付いたこの女をバカにしよう、って感じのもの、あまりにも意味を持っていなさすぎて返事ができないようなものはね、あれでも一応省いたんです。
「ご臨終になられてはいかがでしょう」これもけっこう迷いました、原文はご想像の通りで、ほんとにただ手軽な暴言をぶつけてきただけなんだろうなと思う。でもそんな言葉にもお返事する形をとったのは、それを通して何かを表せそうな気がしたからです。おい「られそうな」とか「気がした」じゃ意味ねえんだよ寝ぼけてないではっきり言えよ。といま非常に思いましたのでこれから書きます。

どんなに汚い言葉を投げつけられても、わたしたちは対等な存在同士です。
言った人がいて、言われた人がいて、ふたりは同じ人間です。対等なままであり続けます。
激しい言葉で罵れば、一時的に気力を失わせ黙らせることはできるかもしれない。でも、口を塞げたからといってその言葉が正しいことになるわけではありません。ある言葉でもって相手の心を完璧に踏みにじることに成功したとしても、それを投げつけた人が格上だということではありません。

そういうようなことを言いたかった。投げつけられてしまう側の人に言いたかった。
誰のどれほどの悪意を持ってしても決して覆せないはずのものを、わたしたちの誰しもがあらかじめ持っている。

「差別発言を放つ者たちを広い心で受け容れ、赦している」という主旨でわたしを、おそらくはほめようとした方がいらっしゃいました。しかしこれはいけません。
とんでもないことです。穿った見方で恐縮ですが、わたしを美化し天使的ポジションにおくことで発言者を迷える子羊にして責任をうやむやにして話をまとめようったってそうはいかないぞ。
売春婦に人権なんかねーよ死ね。そんな言葉を広い心で受け容れることなどできやしません。わたしにそんな慈悲の力などありはしません。「殴られている」と「拳を受け容れている」は全然ちがいます。わたしたちは同じ人間で対等だと言いましたが、同じ重さの人権を持っていても行いの貴賎には差が出ます。この発言をわたしにぶつける行いは愚劣です。ただ、わたしに死ねと言った人は別の場所では死ねと言われる人であるかもしれないな、とぼんやり思う、思うだけです。

もちろんはげましのおたよりもあり、全部読ませていただいています。ありがとうございました。

今回のいろいろにおいて、最もわたしを動かしているのはここで挙げた 「4)」なんです。自分でも思い知りました。いちばん深くて、いちばん口にしにくい4への気持ち。
4について何かを表明している人は少ない。たとえば今度のことで「負けないでがんばってください!」と言ってくださる方はいても、4にまつわることにふれた言葉は極端に少なかったです。それが不満だ見て見ぬふりだ、というのもちょっとちがいます。だって4に対してかける言葉、あまりなさそうだから。わたしも大した言葉を持っていません。

長すぎるので分けます。〔2〕につづきます。

2015-01-16 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ: