まじめなはなし

読んだ本:中村キヨ(中村珍)『お母さん二人いてもいいかな!?』(1)


↑このリンクはアソシエイトです

「感想文」を書くのはとてもとても難しすぎたので、とりあえずわたしが特に気に入ったり印象に残った場面を端から挙げることにします。

p020 サツキさんの答えは一見ただのチャーミングだけど実はとても言い得てるし(その言葉の解釈によるんだろうけども)当てはまる人けっこういるって思った、わたしもそうだ
p024 サツキさんの「起きて!」がすごくかわいい……かわいい。はぁかわいい
p049 「創業百年おいしい亭」ててて適当!適当だけどこういう「漫画中での適当表現」におけるセンスってないですか? わたしアヴァール戦記に出てきた消費者金融の「サラサラバンク」とか好きよ(あれっごめんサラサラファイナンスだっけ)
p051〜052 わたしも「差別的で酷い話」を持ちきれずに「善い人に悪い事」思っちゃうことがあるとひしひし感じて、でもなんとなく話を聞いてもらえたような気持ちになった、うれしかった

p057 わたしも子供の頃にはそう思ってたかも……変ななつかしさ
p072〜073 サツキさんの絵柄がかわいすぎるよ!
p081 この「体感」を得る方法はライフハックとして広まるべき
p103 「そっちの家賃」でまた笑ってしまった(初見のnoteでもさんざん笑ったのに悔しい!)
p109〜 第七話でますみさんのことを大好きになってしまった(前から好きだったけど!)
p112 このコマ外の注釈が誰に向けられたものかはわかんないけど(笑)、誠実だしかわいいなって思っちゃった

p126 すいとんいいじゃん……すいとん大好きだよ……
p141 とりあえず握手、の有用性も知られるべき
p147 「遠くの一億人が理解してくれても」というサツキさんの言葉が刺さった、そそそそうなんだよ!!
p150 このページのサツキさんの心強さ頼もしさと、ご自身がうつと戦っている場面での姿とが並んで浮かぶ(それは強いサツキさんと弱いサツキさん、ということではないと思う)
p168 わたしは(noteの連載で彼女が7人、と知った時点では)勝手にサツキさんやキヨさんたちの関係を(わたしに近い)ポリアモリー(複数愛)の一形態なのかな、と思っていたのだけど、途中で必ずしもそうと言えないしわたしが何も決めちゃだめだ、と思い直して立ち止まった。「大変ヒイて」いながらもこの関係を継続運営する、できている、というのには並々ならぬキヨさんへの愛情が上回るということかしら、とか思いそうになるんだけど、わたしが感想を持ってものを言うべきじゃないし、名前をつけて理解しようとするのも違う感じするし、それを改めて考えたページがいくつかあったので書いておく

p174〜175 茶飲み話に全面的に賛同した。まったく「人は一人ずつ守るべき」だ。竹の塚せんべいうらやましい
p179 腕時計!香奈子さんなんて可愛いの!腕時計!
p183 ここの「女と女」という表現のところは決して「婦妻だから」「愛し合ってるから」ではないこと
p189 このモトナリくんの朝食における具体的で効率的で親切な注文の付け方、言葉で説明することの力がすごく鍛えられてる感じがしてさすがふたりの息子くん!と思った
p190 あとがき10回読んだ わたしの道も暗いのでわたしはどこかの街灯になりたいし、誰かがわたしの道の街灯になりたいという意思を持ってくれるなら信じて待つし、みんなで保全し合おうね

コマの枠の外(なんていうんでしょう)が黒くなるところが2カ所あるんだけど、その後半のほうのこと、わたしはその犯人が不幸になったらいいって思った。わたしに危害を加えてさらに嘲笑した人間について今もほぼ毎夜そうしているのに加えて、その犯人も呪いたいと思った。苦しんで苦しんで死ねもせずただ苦しめばいいと思い、読んだ日の明け方にベッドの上で心からそう願いながら数分間泣いた。

 

まだ2回しか読めてないのでこれからもっと読み重ねたら増える気がする、好きなページ。

ちょっと読んでみたいかも!と思った方はここから予告編みたいな試し読みが読めるよ。
《単行本試し読み》お母さん二人いてもいいかな!?〜レズビアンのママ生活〜

 

2015-11-10 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ:  

 

ワーカーズライブ:ベイビー・カモナマイルーム

ガールズヘルスラボにて、11月のワーカーズライブを担当しました。
セックスワークにおいてツールとなるものは容姿や肉体サービス(だけ)ではないということ、キャリアやスキルは無視されがちだけど確かに存在すること。攻撃的だったり嫌味な相手でない場合であっても、そこに感情労働はあるということ。よくある「素人にある『優しさ』がプロになるにつれ失われる」という思い込みのまやかし……などなど、いろいろ盛りだくさんです、筆者の心の中は!

風俗嬢コラム Worker’s Live!!-Girls Health Lab: ベイビー・カモナマイルームghl1511

今回は甘めの話をひとつ、ということになり(前回が苦すぎたからね!笑)書いたものなのですが、ただのものすごく仕事する話になってしまいました。この文章の中でセックスワーカーのカナコちゃんは、キス以外の具体的な性行為をしているシーンがありませんし、裸体をさらしてもいません。ですが、彼女がとっても「仕事」していたこと、きっと分かっていただけるんじゃないかなーと思っています。

といっても、すべからく対人サービス業は(わたしたちの仕事に限らず)、一体どこまでが「仕事」なのか? というところがたいへん曖昧です。「それも仕事のうちでしょ」と言われては堪らないようなこと(規定外の行為を要求する相手を逆上させることなく諦めてもらうとか、侮辱的な言葉に対して理解できない振りをして笑うとか、いろいろ)も、たくさんさせられてしまう、せざるを得ないのが現状ですよね。

このストーリーでカナコちゃんが行っていることも、それも仕事のうちですよと言い切れないことです。だって本来の「仕事」といったら事前に了承した基本サービスにある項目、つまりキスとフェラチオと素股くらいのものなのですから。時折なぜか風俗嬢にカウンセラーや、はたまた「おかあさん」のような精神面のケアをする役割を当然に要求する人がいるのですが、それは不当です。
カナコちゃんほどキャリアがなく、お客さんの気持ちをここまで汲んではあげられない人もいるでしょうし、適性と技術があるセックスワーカーでもすべての相手を満足させられはしません。相性と時の運によるところが大きいことです。それに対して「プロじゃない、意識が足りない」などと言われるのはやっぱり納得いかないものです。

ただ、「キスとフェラチオと素股くらいのもの」を行う上で、どうしてもそれ以外に心を砕かなければならない、そうせずにはいられないことがたくさんあるのも本当です。それをするとき、単純にそうしたいと思ってしていることがあるのも。他の職業を引き合いに出すのは緊張しますが、例えば、看護師さんの役目としては「適切に採血をする」だけだったとしても、そこには「ちょっとチクッとしますよ」や「お疲れ様でした」という言葉と笑顔があり、患者は決して笑顔にお金を払っているわけではないんだけれども、それによって大いにケアされている、みたいな。それの容量大きい版が、規定の時間を過ぎた後で行われた長いディープキスだったのかなあと思います。

確かなのは、同じ「仕事のうち、とも言い切れない仕事」をするのであれば、暴力や嫌味やマウンティングから身を守りつつ相手の満足をかたちづくることより、このお客さんのような人と共に手を取り満足を探してさまよう方が、それはもうずっとずっと、幸せだということです。わたし個人においては、仕事をする中で得た大切な思い出、よいものとして大事にしまってある記憶というのはそれを通じた経験がほとんどです。

書いた人としてのわたしがこれを書いていてもっとも感情が高ぶったのは、最後の「1から始まり、あっという間に10になってドアが開く」という一文でした。セックスワーカーとしてのわたし自身の普段抱えている心情を、遠慮せず露骨に出したところだなあと思っています。伝わりやすい感情ではないかもしれませんが、すごく切実なの(笑)。文中で言うところの「気も狂いそうなほどの永遠」との対比を無意識にして、ああ「あっという間」だなぁ、と認識した瞬間、自分をねぎらっている気がするんです、普段わたしはね。

 

タイトルがすごくいい、とGHL主宰のタミヤさんに褒められて有頂天です。
これは、このお客さんの黒い本棚(の、二重になってる後ろ側)にはおそらく岡村靖幸のCDがあるようにわたしには見えたので、彼の作品みたいなタイトルをつけたくなってこのようにしました。

そうと決めるとこの男性までも岡村さんのような佇まい(このPVのときとか……)に見えてきて、そういえばタミヤさんは彼のファンだったな。と思いおもむろにLINEで「岡村靖幸さんお好きでしたよね?」と確認したところ「すきだよ超すき!だいすき!」と言われ。
今書いている原稿に出てくるお客さんが、なんだかあんな感じの男のひとなんじゃないかって思ってね……とモジモジ話したら「挙動不審なの?」とずばり言われたので胸の奥が熱くなりました。

 

それから……余計なことをちょっと書いてしまおうと思います。
このストーリー、わたしもわりと気に入っていますし、ロマンティックだと言ってくださる方も多くいらっしゃってすごく嬉しいです。ほんとうに嬉しい、これをロマンティックだと思ってもらえて。
でもね。ちょっとそれを横に置いておいて……例えばね、たとえばだよ、このお客さんがね、もし、この先もっともっとカナコちゃんと過ごして、ちょっと思い入れを持ちすぎて、いいことと悪いことの区別があやふやになってしまう状態に追い込まれて魔が差しちゃう、なんてこと、絶対に絶対にあり得ないとは言い切れないですよね。
そうなった時、おそらくカナコちゃんは「風俗で働いてたんだから自業自得だ」「どうせ性悪女が気を持たせるようなことをしたんだろう」と言われてしまう。もしも週刊誌に載るようなことになれば、どんな見出しが付くことか。
答えて欲しいわけじゃありません。ただ、一度だけ、ちょっとだけ、そういうことまでチラリと思ってくれたら、すごくすごく嬉しい。それもまた確かな現実の一部だからです。
せっかく好きになってくれた作品に自分で水を差すようなことをしてごめんなさい。ちょっと血迷いました。許してね。
このお客さんはたぶん月に一度呼ぶいいお客さんになると思うし、その度に少しずつうまくお話できるようになって、素敵な時間をたくさん持つんだと思うよ。

これを聴きながら書いてました

2015-11-03 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ: ,  

 

生きていかなきゃしょうがないんで

夏の終わり頃に、カミングアウトについての議論に触れる機会がありました。

きっかけは、どこかの雑誌が、ある男性のセクシュアリティをアウティング(本人が公表していないことを、同意を得ず暴露すること)したことでした。その人物がトラブルの渦中にあり、どうやら擁護のしようもない状況だとたくさんの人が彼に対して深く失望していた最中だったため、そのセクシュアリティを侮蔑したり面白おかしく揶揄したりする人が出てしまい、特に同じセクシュアリティを持つ人にとって失礼で暴力的な言葉があの時期にはしばしば飛び交っていました。

——「疑惑」とかいう言葉はどう考えても不当でしたが、その報道自体については、わたしはいまはっきりと「間違っていた」と言えません。アウティングはあってはならないこと、というのは強く思うのだけど、でも、未成年の人におまえは俺の奴隷なのだと宣言したうえで買春したということが本当なら、もしも相手が女の子であったならと想像すると、それは責任を負う必要があるでしょうよと思うので……異性間の出来事であったならば告発されるべきことが、同性間ならばされないべき、そんなことってあるかしら? と考えると、すっかり分からなくなってしまいます。今でも全然分かりません。
(現行の法律では売買春が成立するのは異性間のみ、ということは大まかに知ってはいますが、わたしはそれ自体がすごく変なことに思えます)

ただ、この件をちょっと脇に置いておけるとすれば、カミングアウトというものはどんな時も本人以外の手によってされるべきではない、という気持ちは確かなものです。
その人自身が決めた相手に、決めた範囲で、その人自身が選んだタイミングと方法で、するもの(または、しないもの)だよね、と。
たとえそれが他人から見て最善のものでなかったとしても、口を出されるいわれはないと思うのです。
それは、セクシュアリティに関してだけではなく。

「カミングアウトしないと卑屈な生き方しかできないのでは」「他の当事者のためにも正々堂々と公表するのが正しいマイノリティの姿では」といった意見もありました。でもわたしはそうは思えない。全然思わない。
自分がセックスワーカーであることを言えない場面で、卑屈な気分になっちゃうことはあります。ネット上に限られるけど、わたしが職業を明かしてなにか書いていることで、同じ仕事をしている人に「どんな酷いことを言われても我慢しなくちゃと思っていた気持ちが少し楽になりました」と言われてすごーく嬉しいことも確かにありました。でも、それとこれとは全然ちがうのです。
誰もがカミングアウトできるならそれは確かに理想かもしれません(そうなれば、カミングアウトという言葉も消えてしまうでしょうね)が、でも今の社会で他人に強いることは、とてもできません。

 

さて。
そうもいってらんねえ場面、というのが、人生にはありますね。

わたしにとってそれは医療機関でした。そういう人は多いと思います。
これまで医師に自分の職業を伝えたこと、たぶん10回近くあるでしょうか。できるだけしたくない、と思っているのに、せざるを得ない状況が上回ってこんなにも(わたしにささいな持病がいくつかあることも関係あるかもしれませんが)。
受け入れられたこと、そうでなかったこと、今も時々思い出しては心臓をグニャと押される気持ちになる言葉をかけられたこと、いろいろとあります。

性的な労働のカミングアウトは、なにも婦人科でだけの問題ではありません。
いつだったかは突然に喉が腫れあがり、耳鼻咽喉科でそうしたことがありました。もう少し余裕があれば「カレシが〜フーゾク行ったらしくて〜」みたいなことも言えたかもしれませんが、その日わたしは診察を受けている間に急に意識が薄れて(突然発熱したのでした)両脇から抱えられ、医師は何の病気か確信を持った診断はできておらず、とても不安で仕方ありませんでした。
そんな状況で「ちょうど一週間前に怪しいお客さんのお相手をした、そやつは片側の陰嚢が膨らんでいるように見えた上触れられるのを嫌がったためまさか精巣が腫れているのでは……と疑ったのだが、膿が出ているわけでもないので接客を断れずそれなりの時間オーラルセックスをした」という事実を伏せておくことは、できなかった。クラミジアか淋菌でこんな大事になるかなあ、と思っていても、わたしの乏しい知識にはないもっと別のウイルスがあるかもしれない。なんせ性感染症が身近になる仕事ですからなるべく見聞きするようこころがけてはいても、素人は素人なのです。

医師は動じませんでしたが何人かいた看護師が一斉にわたしを見ました。まるっきりコントのようでした。不意に驚いたときに他人へ遠慮や気遣いを発揮するなんてとても難しいことだから、傷つかないようにしよう、と思い、突然周囲の視線を浴びてどぎまぎするウッチャンの姿を頭に描いて癒されようとしましたが無理でした。そういう時の内村さん、可愛くて好きです。メイクや衣裳で作り込んでいないと、途端に照れ屋さんになるんですよね。

正体は溶連菌でした。溶連菌感染症であんなになる人っているんだね!驚きました。
このように、病気というものに素人のイメージはあてにならないものなのですね。だからカミングアウトが本当に必要かどうかの判断もできなくて、ぐらぐらと悩むのです。

 

つい最近もまた、久しぶりに医療機関で自分の仕事を明かす機会がありました。
溶連菌のときと違ったのは、わたしの疾患が町の診療所では手に負えないもので、「もし不快な思いをしようと、主治医を変えることはまずできない」状況であったことです。
わたしはこれまでの治療を通じて、その医師に好感と信頼感を持っていました。技術面でも、お人柄の面でも。仕事のことは特に話さないまま3年間のお付き合いがありましたが、先日とうとう、カミングアウトせざるを得ない場面が出てきてしまった。その情報があるのとないのとでは治療方針の判断に違いが出てくるのではないか?と、いち患者ですら思い至るような局面が、やってきてしまったのです。そして、治療の方針をあやまると、生死を分ける……なんて大げさな言い方はしたくありませんが、わたしの人生の残り時間がいくらか変わることも、十分ありえるかもしれない、と思えました。

言いたくない。言ってしまいたい。嫌な顔をされるかもしれない。どうしてそんな仕事を、と呆れられるかもしれないし、今すぐやめなさいとお説教をされるかもしれないし、就いた理由を言わされるかもしれない。きっとこの先生は頭ごなしに叱りつけるようなタイプではないだろう、と半分くらいは思いながら、でも半分くらいしか思えませんでした。
性的サービス業に対する気持ちというのは、その人それぞれに、心のデリケートなところに置かれていることが多いものです。ちょっと知っているだけの他人から見て、普段の様子からは似合わないように思える反応をしたとしても、少しも不思議じゃありません。

 

あっそうだ、ねえ先生、とわたしはたったいま思いついたことのように言いました。
本当は、3年間ずっと考えていたことなのに。

わたしね、風俗で働いてるの。ソープランドじゃないからセックス……挿入はしないんだけど、それ以外のことは、いろいろする、っていうか。

そう言うと先生はわたしを見ました。怒らないで、責めないで、笑わないで、そういう気持ちはわたしの頭にもうなくて、ただひたすら、まっさらなところに最初に置かれる言葉を待っていた。

先生はわたしにいくつかの質問をしました。普段行っているサービスの内容についてや、定期的に検査している項目についてや、その他いろいろ。ああ、うんうん、なるほどね、と言って、そして少ししたあと、基本的な治療の方針は今のところ変えないことをわたしに告げました。

「そっか、入院して切る手術を受けたくないのは、そういう理由もあったんだね、有給とか、ないだろうし」
そう言われてわたしは顔を上げました。そうそうそう、そうなの、仕事に行けないこともそうだし、たぶん、今の店は傷跡があると雇ってもらえなくなるし……と。ああ、そういうのもあるのか、それは大きな問題だ……と頷いて聞いてくれる先生の表情は、もうこわくはなかった。

診察室を出るときにわたしは言いました。
「よかった。ずっと、言わないといけないなーって思ってたんです」
先生はにこっと笑って、それは普段の診察で、調子はいかがですか、とか、今回の結果はなかなかいいよ、と言うときの笑顔と変わらなかった。そして、
「うん、大丈夫だよ。……ありがとうね」
と言って、そのありがとうね、というのだけが、ほんの少しいつもとは違うように聞こえました。新鮮でした。病院でありがとうって言われることなんてあんまりないから、それは、そうなんだけど。

じゃあまた二週間後にね、お大事になさってください、と言われて診察室のドアを閉め、わたしはお手洗いに向かいました。
ここにいる人はみんな何かしらの病気を持つ人とその付き添いです。たとえこぼれていなくても患者さんが眼を潤ませている姿というのは、決して見たいものではないでしょう。そのくせ、なぜだかとても敏感に気づいてしまう、視線が捉えてしまうものだから。わたしも患者のひとりなので、それが分かります。どうしていま泣けてくるのかはよく分からなくても。

安心した、ホッとした、それも確かにそうだけど、それだけじゃありませんでした。
いったいいつまで、この葛藤とつきあい続けるのか。わたしの人生だけじゃなくて、本当はこの街に大勢いるはずの、この建物にも絶対にわたしひとりな訳などないはずの、同じ種類の労働で糧を得ている人たち。だけど、この苦しみをどこかに語れば、そんな思いするくらいなら辞めればいいのにばかみたい、と、単なる「辞める決断のできない人」として扱われるのね。
そういう整理のつかないもやもやした気持ちがほんの2、3滴の涙になって、わたしの身体から出ていきました。病院のお手洗いって、とっさに少し泣くための部屋としての役割もあると思うので、いつでもきっちりときれいに整えられたこの個室で涙ぐんだ人は数知れずだろうけど、でも……こういう涙は、いらないんじゃないかな。いつかなくなるといい。少しずつなくなっていったらいい。

その日のお会計はいつもより金額が高く、領収書を眺めながらわたしはぼんやりと思いました。ああ、がんばって働かなきゃな。生きていかなきゃしょうがないもんね、と。
「働こう」という普通の気持ちが、傷つけられずにまだわたしの手の中にありました。

わたしのカミングアウトが、これからもわたしのものでありますように。誰のカミングアウトも、その人のものでありますように。
そしてできれば、それが刃にさらされず、尊重され、秘密は守られますように。誰も自分を責めることなく適切な医療を受けられますように。
この理想が少しでも現実に近づくことを願い信じています。そしてそれは身の程知らずの大それた、立場をわきまえない傲慢な贅沢などでは絶対にない、と。

2015-10-03 | カテゴリ: まじめなはなし | |  

 

ひとつくさってふたつ芽吹いて

東京都写真美術館の一件から、半年以上が過ぎました。

担当者の方から複数回お返事をいただけましたが、当時わたしは疲れ果てており、改めて報告のような形をとりませんでした。本当はそうするべきでしたが、お返事を受け取ったということ以上にはもう何も言えませんでした。
それよりも少し前に、今までは批判する人さえほとんどいなかったことを問題視する契機を作り出したことであなたはもう十分役割を果たしています、と松沢呉一さんに声をかけていただいたのをきっかけに、ああもう何もできないけどそれでいい、今やるべきことは自分の心身を守ることだ、と思うに至っていたのです。
(松沢さんからは個人的なねぎらいの言葉としても、また連載されているウェブマガジンで当時の記事内容からもたくさんの得がたい視点や導き、また励ましをいただき感謝しています)

時間が経ってしまいましたが、いただいたお返事は主にこのようなものでした。

  • 本来は撮影OKの店ではないことは、作家本人から企画者に語られていた
  • しかし、そこで撮影されたのが作家が無断で強行に及んだゆえであったことを把握していなかった
    そのため当時倫理的な懸念を持つに至らなかった
  • 展示当時、お客様から疑問視するご意見もなかった
  • しかし事実があのようなものであるなら主催者として大変に遺憾である
    椎名さんに不安な気持ちを味わわせた事実とお伝えいただいたご意見を重く受け止める
  • 作家に対しては撮影手法について慎重に対応すべきであったと申し入れた
  • 展示の可能性がある作品に倫理・人道上の問題や、特定の個人を傷つける恐れのある場合は、当事者の立場に立った最善の対応に努めたい

結果的に皆様に不快をもたらしたなら遺憾です、というよく見るあれではなくて、椎名さんを不安にさせました、とはっきり言ってくれたことがわたしを安堵させました。送ったものの内容は読まれた、と思えましたし、身も蓋もないような表現をすると、少なくとも言葉の上で、性風俗業に従事していない人と同等の扱いを受けた、と思えたのです。その気持ちがどんなものかは、伝わりにくいかもしれません。そうですね、たとえば「被害者がホステスや風俗嬢であったことが加害者の罪の重さに影響した判例がある」とか、そういう事実(そう、事実です)(影響、の方向はご想像の通りです)(歴史上の話、ではありません)に思いを馳せていただくとちょっとは想像しやすくなる……かもしれないです。

それからもしばらくは、写美の学芸員の方がお書きになった本を読んだりしながら緩やかに長いこと考えていました。そしてやがて「これからも行きたい展示があれば美術館に足を運ぼう」「わたしを傷つける存在としてそれを避けたり諦めるのは早い」「こういった問題はこの先も考え続けられるべきだが、そのために本件にこれ以上に追及するべきものがあるのだとしても、それはわたしが背負うものではない、これ以上は背負えない」という気持ちにたどり着きました。
それから、もしまたどこかで同じように特定の職業の人を不安に陥れるような脅威があったなら、その相手が公共の施設であっても「自分は世間から後ろ指をさされかねない人間だから」と顔を覆って閉じこもらず、勇気を出して声をかけられるといいな、と。それが今のところのわたしの気持ちです。解決しましたとは言うつもりもなければわたしがそんなことを言える筋合いも全くありませんので、その点は誤解なさいませんよう念のためお願いいたします。

 

さて、ゲストブックをどうしたものかしら、としばらく考えていました。

いつの間にか偏見発表会(無自覚部門も開催だよ!)みたいになっちゃってるところがあり、わたし以外の方の目に触れさせても不毛かな、と思って。
いつまでこんなこと続くのかしら。きっと、いつまでもでしょうね。

今もなお「感情的でない」という理由で誉められたりすることがちらほらあり、わたしはその表現に接するたびに嫌悪感を抱きます。
わたしの書いたものたちは感情のかたまりであったはずです。必死で自分の感情についてお話しさせてもらったんですのに? と。

「感情的」という言葉は「激しくヒステリック」「取り乱していて見るに堪えない」みたいな意味で使われているのでしょう。つまり「あなたは興奮した様子じゃありませんね。だから支持します」「あなたの喋りはみっともなくないので、聞くに値すると思います」そういうことなのでしょうか。彼らはこの思いの何を受け取ってくれたのでしょう、わたしは安心することができません。

その一方で「感情論に終始しており冷静な意見とは言えない」「重大な犯罪でもない話に感情を持ち込んでぎゃあぎゃあと」「これだから女はみっともない」とも同時に言われるわけです。彼らが話を聞いてくれるように思いを伝えることはとても難しく(なんせ「思い」ですから)、わたしの能力ではできません。

感情というものがなぜ、このように嫌われ、避けられるのでしょう。誰も逃れられないはずのものなのに。
感情を存在させた瞬間に論理が、その正当性が即座に失われるかのように言われることさえもありますが、本当にそうなんでしょうか。同時には存在できないものなのかしら。

感情を抑えた話し合いが必要な場面はいっぱいありますね。個人の感情を持ち出すとにっちもさっちもいかなくなったりして。
でも、あの時のわたしの行為は「写真をはじめとした芸術表現にまつわる有意義な議論を交わす任務を自ら買って出た」ようなものではなかったです。「この展示がわたし(を含む性労働者)の人権を損なう可能性、それを見てください、それがそこにあると言ってくれますか、と訴えかけた」つもりのものです(マッドマックスみたいになっちゃった)。
それが結果的に知識ある方によって有意義な議論となり、その種のひとつぶとなれるなら幸いではあるけれど……と思いながら、わたしはわたし自身の持つ権利に限って主張するよう心がけました。芸術を知らない、法律を知らない、タイという国のことも知らないわたしがせめてどなたにも失礼にならない誠実な態度で公共の場に意見を述べるには、そうあるべきだと考えたからです。
わたしがわたしの話をするのです、わたしの話せるように話す以外ありません。

その内容を「この女は感情的か否か」という基準で査定しようとやって来る人々が望んでいるものは果たしてなんなのだろう、どんな理想のもとに行われる裁きなのだろうと考えますが、やはり難しいです。途方に暮れるばかりで答えは見つかりません。

 

一切の感情表現をせずに事実だけを並べたものと比べて気持ちの話に触れたものは劣っているのだ、冷静に俯瞰で中立から物事を論じるのが知的な態度であり感情を口にする者は幼稚で愚かだ、という雰囲気、なんとなく感じたことがありませんか。それこそが何らかの感情に振り回された結果のようにわたしには思えてならないのです。「中立」や「冷静」「論理的」に憧れて、ははんそれじゃダメだねと丘の上から品評する態度のほうがよほど幼稚で臆病なものではないだろうか、と。
そのような振る舞いは、いずれどんなところへ行き着くのでしょう。少なくとも実りある対話を目指す意思は伝わってきません。

他人の目に触れるSNS上で行われるものに限って言えば、自分とはあまりに関係ない世界の人間の話だという認識のもと、安全な場所からあれこれ論じる賢さのパフォーマンス、知性のアピールの題材とするに適したテーマだぞ、と見い出されたのかもしれない、と思います。
また、「おおなんと現役の風俗嬢が!差別されながら頑張る珍しくて健気なこの子の声を聞きやがれインテリ野郎ども!」みたいなおめでたい引っかき回し(最低ですね、でも見ました)と一緒にされたくない気持ちからのことかもしれません。「こんなきっかけで自らについてマジメに振り返るなんて、日頃物事を考えてもおらずセンセーショナルなものにすぐほだされる感傷的な甘ちゃん」「憤ってみせるなんて、私は女性に優しいのですアピールかよ」というレッテルを貼って回る人(これらも最低ですね、でも見ました)から逃れたい気持ちのあまり、わたし個人の存在を軽く見積もり切って捨て、あらかじめ周囲にアピールしておくに至った、そんなような心の動きもあるかもしれません。

もしかしてそんな感じなのかな、と思わされたケース、ちょっとありました。
そうして自分を守ろうとするのも、また感情のひとつです。でも彼らが怖いのなら(それは実際確かにとても怖いものです、わたしも心から怖れます)、せめて黙っていることができるのに。
自分自身の持つ知性を粗末に扱うかのような行いだと思いますし、いつでもそうしていると自尊心というか、なにか元気の素みたいなものがこわれてしまいそうです。

 

美術館に対する恐れがいくぶん解消されたのと同時に発信し続ける気力がすっかり尽きたために、わたしは以後この件をテーマとして何か書いたりはしていません。ある著名な方に、彼の登壇したトークイベントで「タイの売春婦と自分は同じ、と言い代弁するのは良くない」とご批判を受けた際には匿名の攻撃的なメールが増えて辟易しましたが、そのままにしてしまいました。
(今なら少しは言葉が出ます。「わたしもタイのセックスワーカーと同じです」と言うことと「あなたはわたしをかつてのタイのセックスワーカーにしたのと同じように扱うつもりがありますか?」と問いかけることはわたしにとって全く違うつもりでいましたが、伝え方が間違っていたでしょうか、と。しかし彼がわたしを「最強の弱者」「厄介」と表現なさった文を読むと、教えを請うたとしてただのご迷惑にしかならなかったでしょうから、黙っていてよかったと今は思っています。)
また先ほども書きましたが、美術館に対するわだかまりも現在特に大きなものを抱えているわけではありません。ゲストブック上やメールで時々ご意見が送られてくること以外は、わたしはあの頃の騒がしさから、おおむね離れることができています。

でも、最初のメールを書いたあのときの気持ち——写真家でも美術館でもないもっと大勢の他人に対して感じた抗えない巨大な恐怖(当時は「4への気持ち」と名前をつけていましたね)——が消えてなくなったわけではありません。そこから離れることはできません。だから、完全に口を閉ざすこともできないのですが、恐怖について語る限りこれからも時には小石が飛んでくるんだなあと思うと、そりゃあ、少しは憂鬱です。

こころよくない感情は、それが自分に向けられたものではなくても気持ちのいいものではないでしょう。わたしもそうです。
ですがそれを持ち表明する権利は誰にでもあって、それはとても大切なものです(それで他人の権利をおかすならもちろん制限されるべきだと思いますが、今回わたしはそのような間違いを犯してはいないはずですので、失敗だのと言われる筋合いはないでしょう)。

そういった類の感情はどうしてか、持たないことや隠すことが美徳のように扱われることがありますね。でも決して無かったことにして良いものではないはずです。見物客の他人がそう促しねじ曲げるなんてもってのほかです。それはその人の尊厳とぴったりくっついていますもの。
表し方をああだこうだと取り上げて当然のように査定し、やれ感情的だの冷静だの、ほめてみたりけなしてみたり、どちらからの言葉もわたしにとっては同じです。それなのに心の表面をジャリジャリと傷つけてゆくので困ったものです。

 

「冷静でイイね」「感情的でダメだね」「優しすぎ」「生意気」「チェンジw」「こういう女の鼻をへし折ると興奮する」「風俗嬢は天使」「売春婦が人権を主張するなんて嫌な世の中」「早く結婚すればいい」「早く死ねばいい」「あなたなら差別しませんので頑張れ」「で、美人なの?」
励ましでも寄り添いでも叱咤でもない、ご指導でもご鞭撻でもない、敬意も礼儀も省かれた品評、採点、嘲笑。それを広く発信する、あまつさえわたし本人の元へと届ける行為はなんのためなのでしょう。あなたがわたしをどう思うかなんて、わたしばかりかこの世の誰の役にも立たない。なぜそのとき話し合われている問題ではなくわたしばかりを見るのでしょう、論じるのでしょう。……まさか不器用な愛の表現? なわけないよね。万が一愛ゆえの行いだとしても破壊を伴うと効率が悪い、ということは既に先人が指摘している(*) 通りです。
問題に関するあなたの思いを、心に生まれたものを、あなたはどう考えたのかを語ってくだされば、少なくとも「椎名こゆりクロスレビュー大会」よりはよほど道が開けるはずなのに。あなたの好むであろう「冷静で論理的な態度」にだってよほど近いのに。
それは、おいやですか。わたしと話したくなんかなくていいんです、あなたの心に、好きな人に、もしくはまだ出会っていない人に向けて語りかけることは、世界とあなたの役に少しも立ちませんか。

 

あ、そうだった。ゲストブックをどうしよう、と思っていたんです。
「はあ、こういった属性の人がこのような思いをこんな感じに発信するとこういう風に言われたりするんだなあ」という資料的な価値(というと何でもちょっとよいもののように思えるので好きな言葉です)というか、なにかを考える際の材料となりそうな気もしますしので、今はそのままにしようかな、と思います。今回はたまたま「風俗嬢」という属性のお話ですが、こういうのって一事が万事で、どなたにも同じようなことは起こります。起こらないよ、と思ってもすこし辺りを見渡せば、無視できない距離の場所で起こっているものでしょうから。

どうぞこれからもお気軽に書いてください。

 

そして何度も言いますけれど(何度でも言わなくてはなりません)、
わたし以外の性労働者に対するご自身の見方を省みたと言ってくれた方、売春によって糧を得た過去をご自身の中でどう扱うかという問題に勇気を持つことにしたと語ってくれた方、暴力に対する恐怖と、自分もまた無自覚に暴力の側に立ってしまう可能性への恐怖について考えたと言ってくれた方、そのように感情にあふれた理性的なお話を伝えてきてくださった方々もたくさんいらっしゃいました。すべてにお返事をすることができませんでしたが、わたしの心の奥深いところをそっと撫でてもらったと感じています。心の奥にある掲示板はそれらの力強い言葉で埋め尽くされ、今もなお支えられていますし、感謝しています。

 

あのときわたしが書いたものはすべて、長たらしく言葉を重ねた悲鳴でした。冗長で言葉の多い、嗚咽でした。

空の下にきょうも、大きな小さなさまざまな声があります。明日もあさっても。
声をあげたことでわたしは消費され、確かに何かを失いました。でも、植わった種もあったのではないかと自分に言い聞かせています。水のある場所に落ちた種もあったと。
わたしの声を聞きつけてとにかく手を差し出してくださった他人がそこに何人もいた。語ってくださった感情がわたしを支えた。この先も自分の感情を語り表す勇気を持ち続けていられるよう、このことを思い出しながら心を守り保っていられればと強く思います。それはきっとわたしが誰かに手を差し出す側となったときの力ともなるものでしょうね。
そうしてあなたとわたしの感情はいつかさらに強い形で支え合えるかもしれません。その芽吹きが、嘲笑の小石飛び交う中のことでなければ、ずっと素敵なのだけど。

 

長いエントリをお読みくださりありがとうございました。

 

えっこんなにいっぱいあるの……(これで全部じゃないんだよぜんぜん)(あともう4倍くらいあった)。
めちゃめちゃ愛されてるねこの曲!!

 

 


このエントリを読んで当時のことに興味を持ち知りたいと思ってくださる方もいらっしゃるかもしれませんので、どのようなことがあったのかだいたいわかるように簡単にリンクをまとめました
本文中に書きましたことをご理解くださいますようお願いいたします
東京都写真美術館にて過去に展示された作品の撮影手法に関する問題が取りざたされた際、ネット上で起こったことの簡単な記録(2014年12月〜)

2015-08-12 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ:  

 

ヒマワリ、パクチー、カフェオレ色のクマ

ゆきよさんのお通夜に参列することができました。わたしが彼女のことを書いたものがご親族の方の目に留まり、声をかけていただけたのです。

少し迷いました。わたしは初めての場所に出かけることがたいへん不得手(いままでどれほど他人に迷惑をかけてきたことでしょう)ですし、まして埼玉県には全く土地勘がなく夜間で天気は雨、また次の日は大事なお客さんがロングコースの予約を入れてくれていたので、泣いたりして目が腫れたら仕事にならない、という不安もありました。
そしてなにより、友人でもなく仕事仲間でもなく、一時期ちょっと交流してもらったというだけで今となってはただの読者のひとりでしかないわたしが、そんなところに出ていっていいものかどうか、と。

それでもやはり行こうと決めたのは、やはり年上の友だちの助言でした。セレモニーは残された人のためにある、きっと区切りをつける一助になるから、できれば足を運ぶとよいと思う、と。

初めて乗った東武鉄道は知らない駅名ばかりなのでいつでも路線図から目が離せず、乗換案内アプリの示した電車にてんで間に合わず、バス乗り場では後ろ側のドアが開いたことに驚いてオロオロしたりしましたが、なんとか辿り着くことができました。ゆきよさんが高校時代を過ごした街。会場の案内図には「大塚幸代」と案内されていて、ゆきよさんの名前って漢字だとこうなんだ……とまったくばかみたいに今さら戸惑いました。

つくづくわたしは「ゆきよさん」に面倒をみてもらっただけだった。それなりの大人としてライターの大塚幸代さんにも会ってみたかった、そのずば抜けたセンスに生でくらくらしただろうな。そう思いながら中に入ってすぐ、お焼香ではなく玉串奉奠の用意がされているのに気づき、うんと昔にゆきよさんが「ねえ私死んだらどうやら神式の葬式になるらしいよ?この年まで知らなかったんだけどー」と言っていたことを急に思い出しました。持ち方とか回し方とかちゃんとしたお作法があるのだろうけど、全然わかりません。わかりませんという気持ちを瞳に込めてスタッフの方と目を合わせると「これをね、根元のほうを祭壇に向けて……」と丁寧に耳打ちしてくださり、でも結局やっぱりなにがなんだかきちんとできず、とりあえず置いた、という感じになってしまいました。ごめんねゆきよさん、ああしかもわたし御玉串料?でいいの? 入れた袋も思いきり蓮の絵ついてるし全部グダグダだよ、思い出せばよかったのにね、ごめんね、と思って写真を見たら、ゆきよさんはまるで「んああもういいよそんなの!テキトーで!」と言っているような顔で笑っていました。まごついたせいでワッと泣いたりせずに済んで、たすかりました。ただ、忘れているんだなあ、ということがつらかった。

とてもたくさんの人が来られていて、でもわたしを知っている方がいるわけではないのでそっと失礼しようと思ったのですが、片隅に置かれたテーブルに写真が飾られており、そこでしばらくの時間を過ごしました。
ゆきよさんの携わった書籍やお友達との写真、子どもの頃のアルバム、かわいがっていたのであろうぬいぐるみ。ハートをつけた茶色いクマのぬいぐるみはどこかで見覚えがあるもので、そっと触れて話しかけてみました。ゆきよさん、どっかいっちゃったねえ。さびしいねえ。

家に帰ってお引き物の箱を開けたら、そのクマさんによく似た色のタオルが入っていて、なんとなくうれしかったです。故人のぬいぐるみ(を持たない人ならそれに準ずるなにか)(ぬいぐるみに準ずるものってなんでしょうね)を置く習慣、もっともっと広まればいいのに。そのくらい、ぬいぐるみひとつで心がはげまされたのです。

 

次の日には無事にいつもとかわりばえしない顔でお客さんと会いました。普段はいちおうネイルをしているため自爪でいるのをめずらしいねと言われ、ゆうべお通夜に行ったので、と言って少しだけゆきよさんのことを、「以前お世話になったお姉さん」と話しました。彼はわたしが持つお客さん方の中でも人並み優れた育ちのよさ(育ったご実家の経済力、という意味でなく)と共感性の高さを持っている、とわたしはにらんでいる相手なので、話すことにいやな感じはしなくて。でもオフラインで彼女について誰かに話すのは初めてで、それがお客さんなのが不思議な感じでした。わたしの本名も知らない人。

 

ズーズーしくなりなね。
自信を持ちなね。
わたしたち、いま生きてる人を、いま大切にするしかないんだよね。
好きな人に好きと言わないと、いつか必ず後悔することになる。
でも……私なんかに好意を持たれて迷惑かもって気持ちがあると、もう、できないから。
ユリちゃんは自信を持ってね。理由なんていらない。だって女の子は幸福でいなくちゃいけないって、信じてる。

ゆきよさんが言っていたこと、わたしに言ってくれたこととブログやなにかに書いていたこととの区別ももうわからなくなってしまっているけれど、この数日間ずっとたぐりよせてはつなげて並べていたこと。

 

すてきなおともだちだったね、まだまだいきたくはなかっただろうに、かなしいね、いまは。お客さんがそう言った声には若い女への憐れみを楽しむような気配を少しも感じなかったので、わかってはいたけれどほっとしました。つい、この人が突然にいなくなってもわたしがそれを知ることはいつまでもありはしない、悼むことも別れることもできはしない、逆でも、という普通のことをしみじみと考えました。

好きだという言葉はあまり使えない間柄なので、別の言葉を探して、まわりくどく、忙しいでしょうけど身体を大切にして、と言いました。だって昨日まで元気で他愛ない話をしてベトナムフォーとか食べて、きょうも明日もあたりまえに元気だと本人もまわりも思っていたってわからない、人ってあっけないものなのねって思い知ったから。でももうしばらくのうちはあたしを指名してよね、と。

結局ありふれた決まり文句のようになってしまった。

彼は最初にわたしがファンレターを出して知り合った、というところを、すごいね、えらかったね、とほめました。図々しかっただけよ、と答えたけれど。

 

そしてまた突然に急に思い出したのは、いつかゆきよさんも、わたしのことを「えらいね」とほめてくれたことがあったのです。
店のホームページや客に見せるファイル用の写真(その頃はデリバリーでない店に勤めていたので、モザイクのない写真を店頭に出す必要があった)を撮られることはどんな気持ちか、という話をしていた時だったと思う。

ユリちゃんは、写真撮られるの大丈夫なんだねえ。いやわたしが苦手なだけなんだけどさ、自分の顔って、わからないじゃない。永遠に自分で見られないし、どんな顔してるのかって思うと怖いんだよね。鏡を見るのも。
超わかるー!と無邪気にわたしは言ったはずです。鏡に映った顔は左右がはんたいだし、きっと他人が見てる顔と違うと思うし、写真の中で笑ってたりするとこの人誰なんだろうって思う、自分、ってものじゃなくて、それどころか、いきもの、毛を長くのばして顔になにか塗っている変ないきもの、って思うよ。
それで、このへんないきものがわたし、このへんないきものがわたし、って思うときもくて、でもずっとやってると突然一瞬だけその「きもい」が「かわいい」と区別できなくなって笑いが出そうになるから、そこですかさずやめるの。
そいで、もう考えないの。

そんなふうに言ったときじゃなかったかな、ゆきよさんは「ユリちゃん、あなたはえらいですね」と言ってくれたんでした。どうして? ときくと答えずに、ただ、えらいですよ、ほんとえらいです、よしよし、と繰り返して。

力が抜けて、情けなくて、泣き笑いの気持ちで肩を落としました。超わかるーじゃねえよ、バカだなあ。

お客さんがシャワーを浴びているあいだ、ベッドの上でほんとにちょっと泣きました。仕事中になにやってんだ、バカだなあ。

 

お別れができてよかった。
そう思ったことも、本当です。機会をくださったご親族の方に、背中を押してくれた友だちに、心から感謝しています。でも、これから何度もわたしはゆきよさんに会ってしまうと思う。わざと呼び出したり、不意に通りの向こうを歩いているのを見たり、はち合わせて驚いたりするのでしょう。そのたびにウッとなったり、ひりひりしたり、その審美眼をあらためて尊敬したり、ああこういうこと言ってたのかと学んだり、やっぱりちょっと泣いてしまったり、なんだよゆきよ暗いよ元気出せよオイ、わかったわかったかわいいよ、なんて思ったりもするかもしれない。

それはきっと新宿で、渋谷で、池袋で、高円寺で、iPhoneの画面で。

だから、やっぱり、おこられないように、自信の練習、するよ。

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2015-04-10 | カテゴリ: まじめなはなし, むかしのはなし | |