まじめなはなし

生きていかなきゃしょうがないんで

夏の終わり頃に、カミングアウトについての議論に触れる機会がありました。

きっかけは、どこかの雑誌が、ある男性のセクシュアリティをアウティング(本人が公表していないことを、同意を得ず暴露すること)したことでした。その人物がトラブルの渦中にあり、どうやら擁護のしようもない状況だとたくさんの人が彼に対して深く失望していた最中だったため、そのセクシュアリティを侮蔑したり面白おかしく揶揄したりする人が出てしまい、特に同じセクシュアリティを持つ人にとって失礼で暴力的な言葉があの時期にはしばしば飛び交っていました。

——「疑惑」とかいう言葉はどう考えても不当でしたが、その報道自体については、わたしはいまはっきりと「間違っていた」と言えません。アウティングはあってはならないこと、というのは強く思うのだけど、でも、未成年の人におまえは俺の奴隷なのだと宣言したうえで買春したということが本当なら、もしも相手が女の子であったならと想像すると、それは責任を負う必要があるでしょうよと思うので……異性間の出来事であったならば告発されるべきことが、同性間ならばされないべき、そんなことってあるかしら? と考えると、すっかり分からなくなってしまいます。今でも全然分かりません。
(現行の法律では売買春が成立するのは異性間のみ、ということは大まかに知ってはいますが、わたしはそれ自体がすごく変なことに思えます)

ただ、この件をちょっと脇に置いておけるとすれば、カミングアウトというものはどんな時も本人以外の手によってされるべきではない、という気持ちは確かなものです。
その人自身が決めた相手に、決めた範囲で、その人自身が選んだタイミングと方法で、するもの(または、しないもの)だよね、と。
たとえそれが他人から見て最善のものでなかったとしても、口を出されるいわれはないと思うのです。
それは、セクシュアリティに関してだけではなく。

「カミングアウトしないと卑屈な生き方しかできないのでは」「他の当事者のためにも正々堂々と公表するのが正しいマイノリティの姿では」といった意見もありました。でもわたしはそうは思えない。全然思わない。
自分がセックスワーカーであることを言えない場面で、卑屈な気分になっちゃうことはあります。ネット上に限られるけど、わたしが職業を明かしてなにか書いていることで、同じ仕事をしている人に「どんな酷いことを言われても我慢しなくちゃと思っていた気持ちが少し楽になりました」と言われてすごーく嬉しいことも確かにありました。でも、それとこれとは全然ちがうのです。
誰もがカミングアウトできるならそれは確かに理想かもしれません(そうなれば、カミングアウトという言葉も消えてしまうでしょうね)が、でも今の社会で他人に強いることは、とてもできません。

 

さて。
そうもいってらんねえ場面、というのが、人生にはありますね。

わたしにとってそれは医療機関でした。そういう人は多いと思います。
これまで医師に自分の職業を伝えたこと、たぶん10回近くあるでしょうか。できるだけしたくない、と思っているのに、せざるを得ない状況が上回ってこんなにも(わたしにささいな持病がいくつかあることも関係あるかもしれませんが)。
受け入れられたこと、そうでなかったこと、今も時々思い出しては心臓をグニャと押される気持ちになる言葉をかけられたこと、いろいろとあります。

性的な労働のカミングアウトは、なにも婦人科でだけの問題ではありません。
いつだったかは突然に喉が腫れあがり、耳鼻咽喉科でそうしたことがありました。もう少し余裕があれば「カレシが〜フーゾク行ったらしくて〜」みたいなことも言えたかもしれませんが、その日わたしは診察を受けている間に急に意識が薄れて(突然発熱したのでした)両脇から抱えられ、医師は何の病気か確信を持った診断はできておらず、とても不安で仕方ありませんでした。
そんな状況で「ちょうど一週間前に怪しいお客さんのお相手をした、そやつは片側の陰嚢が膨らんでいるように見えた上触れられるのを嫌がったためまさか精巣が腫れているのでは……と疑ったのだが、膿が出ているわけでもないので接客を断れずそれなりの時間オーラルセックスをした」という事実を伏せておくことは、できなかった。クラミジアか淋菌でこんな大事になるかなあ、と思っていても、わたしの乏しい知識にはないもっと別のウイルスがあるかもしれない。なんせ性感染症が身近になる仕事ですからなるべく見聞きするようこころがけてはいても、素人は素人なのです。

医師は動じませんでしたが何人かいた看護師が一斉にわたしを見ました。まるっきりコントのようでした。不意に驚いたときに他人へ遠慮や気遣いを発揮するなんてとても難しいことだから、傷つかないようにしよう、と思い、突然周囲の視線を浴びてどぎまぎするウッチャンの姿を頭に描いて癒されようとしましたが無理でした。そういう時の内村さん、可愛くて好きです。メイクや衣裳で作り込んでいないと、途端に照れ屋さんになるんですよね。

正体は溶連菌でした。溶連菌感染症であんなになる人っているんだね!驚きました。
このように、病気というものに素人のイメージはあてにならないものなのですね。だからカミングアウトが本当に必要かどうかの判断もできなくて、ぐらぐらと悩むのです。

 

つい最近もまた、久しぶりに医療機関で自分の仕事を明かす機会がありました。
溶連菌のときと違ったのは、わたしの疾患が町の診療所では手に負えないもので、「もし不快な思いをしようと、主治医を変えることはまずできない」状況であったことです。
わたしはこれまでの治療を通じて、その医師に好感と信頼感を持っていました。技術面でも、お人柄の面でも。仕事のことは特に話さないまま3年間のお付き合いがありましたが、先日とうとう、カミングアウトせざるを得ない場面が出てきてしまった。その情報があるのとないのとでは治療方針の判断に違いが出てくるのではないか?と、いち患者ですら思い至るような局面が、やってきてしまったのです。そして、治療の方針をあやまると、生死を分ける……なんて大げさな言い方はしたくありませんが、わたしの人生の残り時間がいくらか変わることも、十分ありえるかもしれない、と思えました。

言いたくない。言ってしまいたい。嫌な顔をされるかもしれない。どうしてそんな仕事を、と呆れられるかもしれないし、今すぐやめなさいとお説教をされるかもしれないし、就いた理由を言わされるかもしれない。きっとこの先生は頭ごなしに叱りつけるようなタイプではないだろう、と半分くらいは思いながら、でも半分くらいしか思えませんでした。
性的サービス業に対する気持ちというのは、その人それぞれに、心のデリケートなところに置かれていることが多いものです。ちょっと知っているだけの他人から見て、普段の様子からは似合わないように思える反応をしたとしても、少しも不思議じゃありません。

 

あっそうだ、ねえ先生、とわたしはたったいま思いついたことのように言いました。
本当は、3年間ずっと考えていたことなのに。

わたしね、風俗で働いてるの。ソープランドじゃないからセックス……挿入はしないんだけど、それ以外のことは、いろいろする、っていうか。

そう言うと先生はわたしを見ました。怒らないで、責めないで、笑わないで、そういう気持ちはわたしの頭にもうなくて、ただひたすら、まっさらなところに最初に置かれる言葉を待っていた。

先生はわたしにいくつかの質問をしました。普段行っているサービスの内容についてや、定期的に検査している項目についてや、その他いろいろ。ああ、うんうん、なるほどね、と言って、そして少ししたあと、基本的な治療の方針は今のところ変えないことをわたしに告げました。

「そっか、入院して切る手術を受けたくないのは、そういう理由もあったんだね、有給とか、ないだろうし」
そう言われてわたしは顔を上げました。そうそうそう、そうなの、仕事に行けないこともそうだし、たぶん、今の店は傷跡があると雇ってもらえなくなるし……と。ああ、そういうのもあるのか、それは大きな問題だ……と頷いて聞いてくれる先生の表情は、もうこわくはなかった。

診察室を出るときにわたしは言いました。
「よかった。ずっと、言わないといけないなーって思ってたんです」
先生はにこっと笑って、それは普段の診察で、調子はいかがですか、とか、今回の結果はなかなかいいよ、と言うときの笑顔と変わらなかった。そして、
「うん、大丈夫だよ。……ありがとうね」
と言って、そのありがとうね、というのだけが、ほんの少しいつもとは違うように聞こえました。新鮮でした。病院でありがとうって言われることなんてあんまりないから、それは、そうなんだけど。

じゃあまた二週間後にね、お大事になさってください、と言われて診察室のドアを閉め、わたしはお手洗いに向かいました。
ここにいる人はみんな何かしらの病気を持つ人とその付き添いです。たとえこぼれていなくても患者さんが眼を潤ませている姿というのは、決して見たいものではないでしょう。そのくせ、なぜだかとても敏感に気づいてしまう、視線が捉えてしまうものだから。わたしも患者のひとりなので、それが分かります。どうしていま泣けてくるのかはよく分からなくても。

安心した、ホッとした、それも確かにそうだけど、それだけじゃありませんでした。
いったいいつまで、この葛藤とつきあい続けるのか。わたしの人生だけじゃなくて、本当はこの街に大勢いるはずの、この建物にも絶対にわたしひとりな訳などないはずの、同じ種類の労働で糧を得ている人たち。だけど、この苦しみをどこかに語れば、そんな思いするくらいなら辞めればいいのにばかみたい、と、単なる「辞める決断のできない人」として扱われるのね。
そういう整理のつかないもやもやした気持ちがほんの2、3滴の涙になって、わたしの身体から出ていきました。病院のお手洗いって、とっさに少し泣くための部屋としての役割もあると思うので、いつでもきっちりときれいに整えられたこの個室で涙ぐんだ人は数知れずだろうけど、でも……こういう涙は、いらないんじゃないかな。いつかなくなるといい。少しずつなくなっていったらいい。

その日のお会計はいつもより金額が高く、領収書を眺めながらわたしはぼんやりと思いました。ああ、がんばって働かなきゃな。生きていかなきゃしょうがないもんね、と。
「働こう」という普通の気持ちが、傷つけられずにまだわたしの手の中にありました。

わたしのカミングアウトが、これからもわたしのものでありますように。誰のカミングアウトも、その人のものでありますように。
そしてできれば、それが刃にさらされず、尊重され、秘密は守られますように。誰も自分を責めることなく適切な医療を受けられますように。
この理想が少しでも現実に近づくことを願い信じています。そしてそれは身の程知らずの大それた、立場をわきまえない傲慢な贅沢などでは絶対にない、と。

2015-10-03 | カテゴリ: weblog, まじめなはなし | |  

 

ひとつくさってふたつ芽吹いて

東京都写真美術館の一件から、半年以上が過ぎました。

担当者の方から複数回お返事をいただけましたが、当時わたしは疲れ果てており、改めて報告のような形をとりませんでした。本当はそうするべきでしたが、お返事を受け取ったということ以上にはもう何も言えませんでした。
それよりも少し前に、今までは批判する人さえほとんどいなかったことを問題視する契機を作り出したことであなたはもう十分役割を果たしています、と松沢呉一さんに声をかけていただいたのをきっかけに、ああもう何もできないけどそれでいい、今やるべきことは自分の心身を守ることだ、と思うに至っていたのです。
(松沢さんからは個人的なねぎらいの言葉としても、また連載されているウェブマガジンで当時の記事内容からもたくさんの得がたい視点や導き、また励ましをいただき感謝しています)

時間が経ってしまいましたが、いただいたお返事は主にこのようなものでした。

  • 本来は撮影OKの店ではないことは、作家本人から企画者に語られていた
  • しかし、そこで撮影されたのが作家が無断で強行に及んだゆえであったことを把握していなかった
    そのため当時倫理的な懸念を持つに至らなかった
  • 展示当時、お客様から疑問視するご意見もなかった
  • しかし事実があのようなものであるなら主催者として大変に遺憾である
    椎名さんに不安な気持ちを味わわせた事実とお伝えいただいたご意見を重く受け止める
  • 作家に対しては撮影手法について慎重に対応すべきであったと申し入れた
  • 展示の可能性がある作品に倫理・人道上の問題や、特定の個人を傷つける恐れのある場合は、当事者の立場に立った最善の対応に努めたい

結果的に皆様に不快をもたらしたなら遺憾です、というよく見るあれではなくて、椎名さんを不安にさせました、とはっきり言ってくれたことがわたしを安堵させました。送ったものの内容は読まれた、と思えましたし、身も蓋もないような表現をすると、少なくとも言葉の上で、性風俗業に従事していない人と同等の扱いを受けた、と思えたのです。その気持ちがどんなものかは、伝わりにくいかもしれません。そうですね、たとえば「被害者がホステスや風俗嬢であったことが加害者の罪の重さに影響した判例がある」とか、そういう事実(そう、事実です)(影響、の方向はご想像の通りです)(歴史上の話、ではありません)に思いを馳せていただくとちょっとは想像しやすくなる……かもしれないです。

それからもしばらくは、写美の学芸員の方がお書きになった本を読んだりしながら緩やかに長いこと考えていました。そしてやがて「これからも行きたい展示があれば美術館に足を運ぼう」「わたしを傷つける存在としてそれを避けたり諦めるのは早い」「こういった問題はこの先も考え続けられるべきだが、そのために本件にこれ以上に追及するべきものがあるのだとしても、それはわたしが背負うものではない、これ以上は背負えない」という気持ちにたどり着きました。
それから、もしまたどこかで同じように特定の職業の人を不安に陥れるような脅威があったなら、その相手が公共の施設であっても「自分は世間から後ろ指をさされかねない人間だから」と顔を覆って閉じこもらず、勇気を出して声をかけられるといいな、と。それが今のところのわたしの気持ちです。解決しましたとは言うつもりもなければわたしがそんなことを言える筋合いも全くありませんので、その点は誤解なさいませんよう念のためお願いいたします。

 

さて、ゲストブックをどうしたものかしら、としばらく考えていました。

いつの間にか偏見発表会(無自覚部門も開催だよ!)みたいになっちゃってるところがあり、わたし以外の方の目に触れさせても不毛かな、と思って。
いつまでこんなこと続くのかしら。きっと、いつまでもでしょうね。

今もなお「感情的でない」という理由で誉められたりすることがちらほらあり、わたしはその表現に接するたびに嫌悪感を抱きます。
わたしの書いたものたちは感情のかたまりであったはずです。必死で自分の感情についてお話しさせてもらったんですのに? と。

「感情的」という言葉は「激しくヒステリック」「取り乱していて見るに堪えない」みたいな意味で使われているのでしょう。つまり「あなたは興奮した様子じゃありませんね。だから支持します」「あなたの喋りはみっともなくないので、聞くに値すると思います」そういうことなのでしょうか。彼らはこの思いの何を受け取ってくれたのでしょう、わたしは安心することができません。

その一方で「感情論に終始しており冷静な意見とは言えない」「重大な犯罪でもない話に感情を持ち込んでぎゃあぎゃあと」「これだから女はみっともない」とも同時に言われるわけです。彼らが話を聞いてくれるように思いを伝えることはとても難しく(なんせ「思い」ですから)、わたしの能力ではできません。

感情というものがなぜ、このように嫌われ、避けられるのでしょう。誰も逃れられないはずのものなのに。
感情を存在させた瞬間に論理が、その正当性が即座に失われるかのように言われることさえもありますが、本当にそうなんでしょうか。同時には存在できないものなのかしら。

感情を抑えた話し合いが必要な場面はいっぱいありますね。個人の感情を持ち出すとにっちもさっちもいかなくなったりして。
でも、あの時のわたしの行為は「写真をはじめとした芸術表現にまつわる有意義な議論を交わす任務を自ら買って出た」ようなものではなかったです。「この展示がわたし(を含む性労働者)の人権を損なう可能性、それを見てください、それがそこにあると言ってくれますか、と訴えかけた」つもりのものです(マッドマックスみたいになっちゃった)。
それが結果的に知識ある方によって有意義な議論となり、その種のひとつぶとなれるなら幸いではあるけれど……と思いながら、わたしはわたし自身の持つ権利に限って主張するよう心がけました。芸術を知らない、法律を知らない、タイという国のことも知らないわたしがせめてどなたにも失礼にならない誠実な態度で公共の場に意見を述べるには、そうあるべきだと考えたからです。
わたしがわたしの話をするのです、わたしの話せるように話す以外ありません。

その内容を「この女は感情的か否か」という基準で査定しようとやって来る人々が望んでいるものは果たしてなんなのだろう、どんな理想のもとに行われる裁きなのだろうと考えますが、やはり難しいです。途方に暮れるばかりで答えは見つかりません。

 

一切の感情表現をせずに事実だけを並べたものと比べて気持ちの話に触れたものは劣っているのだ、冷静に俯瞰で中立から物事を論じるのが知的な態度であり感情を口にする者は幼稚で愚かだ、という雰囲気、なんとなく感じたことがありませんか。それこそが何らかの感情に振り回された結果のようにわたしには思えてならないのです。「中立」や「冷静」「論理的」に憧れて、ははんそれじゃダメだねと丘の上から品評する態度のほうがよほど幼稚で臆病なものではないだろうか、と。
そのような振る舞いは、いずれどんなところへ行き着くのでしょう。少なくとも実りある対話を目指す意思は伝わってきません。

他人の目に触れるSNS上で行われるものに限って言えば、自分とはあまりに関係ない世界の人間の話だという認識のもと、安全な場所からあれこれ論じる賢さのパフォーマンス、知性のアピールの題材とするに適したテーマだぞ、と見い出されたのかもしれない、と思います。
また、「おおなんと現役の風俗嬢が!差別されながら頑張る珍しくて健気なこの子の声を聞きやがれインテリ野郎ども!」みたいなおめでたい引っかき回し(最低ですね、でも見ました)と一緒にされたくない気持ちからのことかもしれません。「こんなきっかけで自らについてマジメに振り返るなんて、日頃物事を考えてもおらずセンセーショナルなものにすぐほだされる感傷的な甘ちゃん」「憤ってみせるなんて、私は女性に優しいのですアピールかよ」というレッテルを貼って回る人(これらも最低ですね、でも見ました)から逃れたい気持ちのあまり、わたし個人の存在を軽く見積もり切って捨て、あらかじめ周囲にアピールしておくに至った、そんなような心の動きもあるかもしれません。

もしかしてそんな感じなのかな、と思わされたケース、ちょっとありました。
そうして自分を守ろうとするのも、また感情のひとつです。でも彼らが怖いのなら(それは実際確かにとても怖いものです、わたしも心から怖れます)、せめて黙っていることができるのに。
自分自身の持つ知性を粗末に扱うかのような行いだと思いますし、いつでもそうしていると自尊心というか、なにか元気の素みたいなものがこわれてしまいそうです。

 

美術館に対する恐れがいくぶん解消されたのと同時に発信し続ける気力がすっかり尽きたために、わたしは以後この件をテーマとして何か書いたりはしていません。ある著名な方に、彼の登壇したトークイベントで「タイの売春婦と自分は同じ、と言い代弁するのは良くない」とご批判を受けた際には匿名の攻撃的なメールが増えて辟易しましたが、そのままにしてしまいました。
(今なら少しは言葉が出ます。「わたしもタイのセックスワーカーと同じです」と言うことと「あなたはわたしをかつてのタイのセックスワーカーにしたのと同じように扱うつもりがありますか?」と問いかけることはわたしにとって全く違うつもりでいましたが、伝え方が間違っていたでしょうか、と。しかし彼がわたしを「最強の弱者」「厄介」と表現なさった文を読むと、教えを請うたとしてただのご迷惑にしかならなかったでしょうから、黙っていてよかったと今は思っています。)
また先ほども書きましたが、美術館に対するわだかまりも現在特に大きなものを抱えているわけではありません。ゲストブック上やメールで時々ご意見が送られてくること以外は、わたしはあの頃の騒がしさから、おおむね離れることができています。

でも、最初のメールを書いたあのときの気持ち——写真家でも美術館でもないもっと大勢の他人に対して感じた抗えない巨大な恐怖(当時は「4への気持ち」と名前をつけていましたね)——が消えてなくなったわけではありません。そこから離れることはできません。だから、完全に口を閉ざすこともできないのですが、恐怖について語る限りこれからも時には小石が飛んでくるんだなあと思うと、そりゃあ、少しは憂鬱です。

こころよくない感情は、それが自分に向けられたものではなくても気持ちのいいものではないでしょう。わたしもそうです。
ですがそれを持ち表明する権利は誰にでもあって、それはとても大切なものです(それで他人の権利をおかすならもちろん制限されるべきだと思いますが、今回わたしはそのような間違いを犯してはいないはずですので、失敗だのと言われる筋合いはないでしょう)。

そういった類の感情はどうしてか、持たないことや隠すことが美徳のように扱われることがありますね。でも決して無かったことにして良いものではないはずです。見物客の他人がそう促しねじ曲げるなんてもってのほかです。それはその人の尊厳とぴったりくっついていますもの。
表し方をああだこうだと取り上げて当然のように査定し、やれ感情的だの冷静だの、ほめてみたりけなしてみたり、どちらからの言葉もわたしにとっては同じです。それなのに心の表面をジャリジャリと傷つけてゆくので困ったものです。

 

「冷静でイイね」「感情的でダメだね」「優しすぎ」「生意気」「チェンジw」「こういう女の鼻をへし折ると興奮する」「風俗嬢は天使」「売春婦が人権を主張するなんて嫌な世の中」「早く結婚すればいい」「早く死ねばいい」「あなたなら差別しませんので頑張れ」「で、美人なの?」
励ましでも寄り添いでも叱咤でもない、ご指導でもご鞭撻でもない、敬意も礼儀も省かれた品評、採点、嘲笑。それを広く発信する、あまつさえわたし本人の元へと届ける行為はなんのためなのでしょう。あなたがわたしをどう思うかなんて、わたしばかりかこの世の誰の役にも立たない。なぜそのとき話し合われている問題ではなくわたしばかりを見るのでしょう、論じるのでしょう。……まさか不器用な愛の表現? なわけないよね。万が一愛ゆえの行いだとしても破壊を伴うと効率が悪い、ということは既に先人が指摘している(*) 通りです。
問題に関するあなたの思いを、心に生まれたものを、あなたはどう考えたのかを語ってくだされば、少なくとも「椎名こゆりクロスレビュー大会」よりはよほど道が開けるはずなのに。あなたの好むであろう「冷静で論理的な態度」にだってよほど近いのに。
それは、おいやですか。わたしと話したくなんかなくていいんです、あなたの心に、好きな人に、もしくはまだ出会っていない人に向けて語りかけることは、世界とあなたの役に少しも立ちませんか。

 

あ、そうだった。ゲストブックをどうしよう、と思っていたんです。
「はあ、こういった属性の人がこのような思いをこんな感じに発信するとこういう風に言われたりするんだなあ」という資料的な価値(というと何でもちょっとよいもののように思えるので好きな言葉です)というか、なにかを考える際の材料となりそうな気もしますしので、今はそのままにしようかな、と思います。今回はたまたま「風俗嬢」という属性のお話ですが、こういうのって一事が万事で、どなたにも同じようなことは起こります。起こらないよ、と思ってもすこし辺りを見渡せば、無視できない距離の場所で起こっているものでしょうから。

どうぞこれからもお気軽に書いてください。

 

そして何度も言いますけれど(何度でも言わなくてはなりません)、
わたし以外の性労働者に対するご自身の見方を省みたと言ってくれた方、売春によって糧を得た過去をご自身の中でどう扱うかという問題に勇気を持つことにしたと語ってくれた方、暴力に対する恐怖と、自分もまた無自覚に暴力の側に立ってしまう可能性への恐怖について考えたと言ってくれた方、そのように感情にあふれた理性的なお話を伝えてきてくださった方々もたくさんいらっしゃいました。すべてにお返事をすることができませんでしたが、わたしの心の奥深いところをそっと撫でてもらったと感じています。心の奥にある掲示板はそれらの力強い言葉で埋め尽くされ、今もなお支えられていますし、感謝しています。

 

あのときわたしが書いたものはすべて、長たらしく言葉を重ねた悲鳴でした。冗長で言葉の多い、嗚咽でした。

空の下にきょうも、大きな小さなさまざまな声があります。明日もあさっても。
声をあげたことでわたしは消費され、確かに何かを失いました。でも、植わった種もあったのではないかと自分に言い聞かせています。水のある場所に落ちた種もあったと。
わたしの声を聞きつけてとにかく手を差し出してくださった他人がそこに何人もいた。語ってくださった感情がわたしを支えた。この先も自分の感情を語り表す勇気を持ち続けていられるよう、このことを思い出しながら心を守り保っていられればと強く思います。それはきっとわたしが誰かに手を差し出す側となったときの力ともなるものでしょうね。
そうしてあなたとわたしの感情はいつかさらに強い形で支え合えるかもしれません。その芽吹きが、嘲笑の小石飛び交う中のことでなければ、ずっと素敵なのだけど。

 

長いエントリをお読みくださりありがとうございました。

 

えっこんなにいっぱいあるの……(これで全部じゃないんだよぜんぜん)(あともう4倍くらいあった)。
めちゃめちゃ愛されてるねこの曲!!

 

 


このエントリを読んで当時のことに興味を持ち知りたいと思ってくださる方もいらっしゃるかもしれませんので、どのようなことがあったのかだいたいわかるように簡単にリンクをまとめました
本文中に書きましたことをご理解くださいますようお願いいたします
東京都写真美術館にて過去に展示された作品の撮影手法に関する問題が取りざたされた際、ネット上で起こったことの簡単な記録(2014年12月〜)

2015-08-12 | カテゴリ: weblog, まじめなはなし | タグ:  

 

東京都写真美術館にて過去に展示された作品の撮影手法に関する問題が取りざたされた際、ネット上で起こったことの簡単な記録(2014年12月〜)

後からこの件についてお知りになりたい方のためのとても簡単なリンク集です
とてもすべてを網羅していませんが、お探しになるとさらに情報が得られることでしょう


2014年末、Twitterでこの記事が話題になった
男女300人の絡みを撮影…知性と理性を吹っ飛ばせて見えた境地とは【大橋仁 INTERVIEW】

話題になった、の具体的な様子はtogetterなどにも残っていると思うので興味のある方は検索すると見ることができます
またこの件はタイのセックスワーカーNGOであるEmpowerに報告されました

問題視されたのは2007年に催された写真展、そのプレスリリース
東京都写真美術館プレスリリース 日本の新進作家 VOL.6:スティル/アライヴ

撮影者の大橋仁氏がブログ上で弁明と謝罪、また当該作品について新たな展示や掲載を差し控える意向を表明
メッセージ(2015.01.08)

美術館に対応を求める署名運動も起こった
大橋仁氏のセックスワーカー無許可撮影展示について正規の対応を求めます。(2015.01.12)


このサイト上で起こったこと

冒頭にあげたインタビュー記事を読んで美術館にメールを送った
東京都写真美術館に送付したメールの内容(2014.12.25)

上記記事がニュースサイトに取り上げられたりしてたくさんのアクセスがあり(バズるって言うんですか)寄せられたご意見、ご感想、何らかの叫びなど
ご報告とわたしの気持ち 〔1〕 〔2〕(2014.12.30)
ヨンへの気持ち 〔1〕 〔2〕(2015.01.16)

すこし時が過ぎて
ひとつくさってふたつ芽吹いて
(2015.08.12)


当時励まされたブログ記事(ありがとうございました)
人権侵害に言い訳はない(2015.01.08)- c71の一日

この問題を長く取り上げたウェブマガジン – 松沢呉一のビバノン・ライフ
たとえばこの件に関心を持ったり恐怖を感じた方、とくに同業種の方たちには、自分を強くするために役立つ世界が開けるのではと思うのでおすすめします(一部は有料です)
娼婦の無許可撮影をするゲス写真家は今に始まったことではない-『危険な毒花』と『月蝕』 [娼婦の無許可撮影を考える 1 ]

カフェー女給と娼妓の写真に見るモラル・・・ 昭和の肖像権を検証する [娼婦の無許可撮影を考える 2 

娼婦の無許可撮影を許したのは、この社会の「良識」だった [娼婦の無許可撮影を考える 3 ]

大橋仁の釈明と「モラル」について [娼婦の無許可撮影を考える 4 ]

大橋仁問題に見られる手続論と作品論の混同 [娼婦の無許可撮影を考える 5 ]

セックスワーカーの人権侵害をする女たち [娼婦の無許可撮影を考える 8 ]

女王様インタビューの捏造疑惑 [娼婦の無許可撮影を考える 9 ]

セックスワークという言葉を使う事情 [娼婦の無許可撮影を考える 10 ]

「廃墟写真事件」に見る法とモラルの境界線- 風景写真の著作権 2

日テレの内定取消の背景にある語られない差別意識 ・・・そして売春差別と従軍慰安婦問題

桑田佳祐の謝罪に思うこと-勝手に期待して勝手に失望するな

2015-02-21 | カテゴリ: まじめなはなし | タグ:  

 

【読んだ思い出】男しか行けない場所に女が行ってきました/田房永子

↑このリンクはアソシエイトです

田房永子さんの「男しか行けない場所に女が行ってきました」、迷ってる同業のひとがいるのでは、読んで嫌な思いするかもと恐れて手に取れないでいるのではって思ってる。だってこれまでわたしたちをカジュアルに侮辱してふんぞり返るような本が、似た感じの触れ込みでいっぱい世に出てきてるから。#

わたしもしばらくそれが気になってしまって手に取れなくて、でも田房さんが書くものなら泣くほど傷つきはしないだろうって、この前意を決して購入して読みました。これまでのご著書を読んでいなければ絶対にそうはしなかった、できなかった。#

まずこの「男しか行けない場所に女が行ってきました」ってタイトルがさあ、その男しか行けない場所に最初からいる女のことをハナから無きものにしてるんじゃないかって思って警戒するよね!笑。#

でね、やっぱり、無傷ではいられないというか、それってその言葉で書くべき?とか、そんなふうに言わないでよ、っていう部分がひとつもないわけにはいかない、それは誰が書いたってそうはいかないと思う。でも「風俗を体当たり取材したルポでーす!」って顔してる別の本とはやっぱりどこか違った。#

この本を書くにあたっての田房さんの葛藤が「経験していないことに口を出すことの下衆さを免罪してもらうアピール」としてではなく伝わること、セックスワーカーを特別な目で見るご自分を自覚し、それに関しても読み手に許しを要求してこないことが当事者としては安心して読めて嬉しかったです。#

でも、うーん、同業の女の子におすすめするかって言われると、自信ない、どうだろう、とても迷います。ある程度のキャリアがあって、性風俗業と自分との関係がいくらか安定してたり、あとこれまである程度失礼な本を読んじゃってきた人なら平気かなあ(ひどい基準だよ!)……あー分かんない。ごめん。#

(ここまでtwitterの転載)

 

この本はしばしば「女性目線」が新しい、という言い方で語られているけれど、わたしは風俗の「中の人」だもので「女だから行けない、見ることのない場所がどうなっているのかを『女性目線』で知ることができる」ことはなにも魅力ではありませんでした。それらについては既にあらかた見知っていて、へえ〜そんなのがあるんだ、という発見などないから。そして「失礼な本」たちの威力はすごくて、ただでさえ他人の言葉から偏見や見下しを読み取るのはつらいのに、しかもそれが活字となり出版され書店に並んでいる事実にも打ちのめされるので遭遇してしまった際のダメージといったら目も当てられないよね。グハァ。それでもこの本を(びくつきながらも)読みたいと思ったのは、やっぱり「この人の書くもの好きだな」って気持ちをあらかじめ持っていて、希望が持てたからでした。それはありがたいことでした(ちなみにわたしが持っている著書は「母がしんどい」「ママだって、人間」です)。

「私を含めた一般人にはなかなか分からないが〜」のような前置きとともに、自分とは種類の違う無関係な男女が集まる場所として性風俗や水商売を描いた上で「彼らは〜である」と断定するような文章。それを読んでしまった時の暗く悲しい怒りがじりじりと燃え上がることは、この本ではなかったです。田房さんは性風俗を、すでにこの社会に当たり前に存在し多くの人々に楽しく利用されているものとして書いていたし、ご自身もまたその社会の一部であることも、きちんと書かれていたと思う。風俗嬢に対して引け目を感じることも、同時に蔑みの目を捨てきれないことにも正直だった。正直のポーズに隠したつもりで罵詈雑言を投げつけてくるタイプのあれ(あるよね?)とも違う、シンプルな正直さ。

一方で、たとえば23ページの風俗の種類表はちょっとあまりに大ざっぱすぎて「いやいやそれは……」と思ったり、それから「そのフレーズ、本当に必要?」とか「その書き方、本心なのかな」って思わされた部分も、ちょこっとありました。

(148ページ)現役を引退したAV女優のひかるさんがかつて、AVは事情があってやっているだけで必要がなくなればすぐ辞めたい、と「ハッキリ」語っていた、その言葉を引用した直後に「ひかるさんはきっと今も、優しくて素敵な女性にちがいない。」という文が来てそれがこの章の締めとなっているところ。
これでは、AVの仕事ときっぱり訣別したひかるさんの意志がその優しさや美しさと関連付いているように読めてしまわないか? と思い不安になりました。

推測になってしまうけど、ここで彼女の「返済が終わったらすぐ辞める」という言葉を持ってきた意図、わたしは「切なさ」かなって思って。素敵な彼女がかつては裸を見ることもできるようなごく近い場所に、信じられないようなことだけど確かにいたんだということ、でも時が過ぎ今はそんな世界から離れてどこかの土地でただただ「きれいな女の人」として幸せに暮らしているのだろう、そうであってほしい、ということ……こう対比させることで過去のことが美しくすこし切ない夢のように浮かび上がるから。そこへ、田房さんからひかるさんへの、“知る術もないけれど、どうか元気で——”という気持ちをこめたかったんじゃないかって。
でも読者の偏見を助長するって言うと大げさだけど、実際そういう目的でセックスワーカーの内面について知ったように書く人は存在するので、同じものとみなされる可能性に心がウッとなったのでした。

(153ページ)「まあ、全体的に異常だけど」という言葉からの3行がうまく読み取れなくて、「全体的に」というのが何を指しているのかもう少し書いてくれたらなって思いました。他人(の体)に興味があってしょうがなくて、女性器を舐めるのも大丈夫と明るく、おそらくはちょっと得意げに語るかなちゃんに対し、彼女におどろき、惹かれながらも警戒もしている田房さん。そのムードや気持ちはすごく伝わってきたんだ。
でも、あの3行を読むとまるで「風俗店と、そこにいる風俗嬢は異常だけど、そこへ行く男達はまったく異常ではない」っていうよーく見かけるアレとそっくり丸かぶりのように読めちゃって、えっそう言いたいわけじゃないよね!?という疑いが拭いきれなくて、もどかしかった……。

など、こういう細かい部分を言い出すときりがないというか、わたし個人の感性と能力に基づいた読解の結果による感想なので著者の過失やなんかとは違うし、それなのにあげつらうようになるのはいやだなと思ったのだけど……ただ、読もうかどうしようか迷っている人へなにか参考になるだろうかと思って、ここに少し書いてみました(同業の女性に積極的に勧めることはできない、という意見は変わりません)。

「男しか行けない場所」とやらについては知っちゃってるから、それを「女性目線」とやらで書いたからって魅力にならない。とさっき書いたけれど、わたしが見ている日常を永子さんが見て、それがどんなものか表したものを読めることは、やはり魅力的でした。
わたしたちは同じ場所にはいないので同じ風には見えないの当たり前なんだけど「こっちからはこうだよ〜!」というのを、きっと、きっときっと彼女はわたしにも聞こえるように言おうとしてくれてるんだって感じ取れる。そういう人は今のところとても少なくて、風俗についてああですこうですと書いておきながらそれが風俗で働く人自身の目に触れることなど少しも考えていないようなものばかりが澄ました顔している段階です(想定していないのか、それとも見られたところでかまわないのか、それともどうせ反論できないだろうし問題ない、と考えておられるのかはわかりません)。

「そっかーそっちからはそんなふうに見えるんだね、でもね、それね、こっちからだとこんななんだよ、あのね、でもねそれでもね……」ってこっそり手紙を書きたいような気持ちがちょっぴり芽生えた気がしてる。それは、風俗で働いたことのない友だちとわたしの仕事の話をしている時の、傷つきたくない、傷つけたくない、と慎重にロープを握りあいながら(そしてときにはやっぱり傷つきながら)もできるだけ正直でいたいと、そしてもっと仲良くなりたいと思って心細くも微笑みあうあの気持ちに似ています。

 

***
ところでこの本はマミさんの食いつきがすごかったよ!「おもしろすぎて一気に読んだ!」と言っていました。そしてお互いに心に残ったフレーズを言い合ってしばらく笑ってた。「自称29歳(笑)」「近藤の崖の下に近藤(笑)」「小池キッス(笑)」「MAX松野明美(笑)」と言ってはンフンフと笑う母……あ、あと小此木さんに好感を持った点も意見が一致しました。
そのうち、ふと昔のことを思い出したみたいで、そういえばうんと若い頃友だちから、セックスしたくて頭がおかしくなりそうな時があるの、私変かも、って相談されたことがあった、あの時動揺せずにせめて変じゃないよって言ってあげられればよかったわ、という回想をきき、わたしも何も言えはしなかったけど、そのお友だちのところへも永子さんの思いが通じたらいいなってぼんやり思いました。
またマミさんは「母がしんどい」で幼いエイコちゃんがお母様に角材を持って追いかけられていたシーンが非常にショックで今も強く覚えているようで、あのエイコちゃんが仕事を見つけて自立してこんなにしっかりがんばっているのね、よかった、と安堵していたようす。

なおこの文章中で田房永子さんのことを田房さんと呼んだり永子さんと呼んだり揺れているのは、わたしは田房さんのことを頭の中で作家さんとしては「田房さん」と呼んでいるのだけど、
既刊を読んだことでその人となりやこれまでの人生を少しお話していただいたような気持ちになっていて、さらに以前ツイッターでお話……しかもどうしたら臭いを気にせずフェラチオすることが可能か!?口から吸い鼻から吐く呼吸の特訓か!!みたいなだいぶくだけた(でも深刻だよね!)話におつきあいいただいたりしたことにより、女の人生を生きる先輩としては永子さん、と思っているところもあり、ブレブレだからです。今読み返して気づいた。

本当は、エイコさん!って呼びたい感じ。

2015-02-18 | カテゴリ: weblog, まじめなはなし | タグ: ,  

 

ヨンへの気持ち〔2〕

〔1〕のつづき。
東京都写真美術館は、わたしが送ったのと同じ通数のメールを返してくださっています。
お返事をくださる、ということだけで少なくとも「無視するつもりはありません」というメッセージだけは、しっかりと受け取っています。公共機関がわたしを無視しないってことが、たったそれだけの普通のことがなんでこんなに泣けるくらい身にしみるのか。さあー、どうしてでしょうねえ(相棒の右京さんみたいに読んでほしい)。


東京都写真美術館の責任範囲- [娼婦の無許可撮影を考える 7 ] 松沢呉一のビバノン・ライフ

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今のわたしは、この記事に書かれていることについてああ、そうだ、そうだなあ!と思って考えているところです。特に2についてはまったく考えが及んでいませんでした、思いつけなかった。わたしにとって美術館というのはとても大きな存在で、そこへ働きかければわたしの見ている4について何か変わるんじゃないかみたいなイメージを持ってしまってたんですけど、そうとは言えないと学びました。3については、なんていうか、4への気持ちそのものですよね……(これまでを読んでいる方にしか分からない書き方ですみません)こうして自分以外のひとの言葉で目の前に出てくると、本当に弱い。苦しくなります。4はわたしにすごく強くて、ちょっと睨まれただけでもう竦んでしまう。

「芸術だからといってこれは行き過ぎですよ!これだから芸術なんかやってる男はダメなんですよ云々」とわたしに言ってきてくれた方は何人かいらっしゃいました。でも、その「これは行き過ぎ」って誰がどうやって判定しているものなのか。
例の写真が展示された当時、美術館には意見が寄せられなかったそうですね。「行きすぎた行為」だとは誰も言わなかったわけです。「これだから芸術家は」の問題だとはわたしは思わないです。
(ただ、観賞しに来たお客さんが美術館に対して何か意見することは困難だろうとも思います。それから、これは友人と話していて気づかされたことなんだけど、関係者だからこそ指摘できない、っていうこともきっとありますね)
展示に際してはおそらく大橋氏の手によってアンケートボックスが設置されていてそこには否定的な意見もあったようですが、これが何に対するものであるかは今のところわかりません。「ものすごく怒ってるのもあった」という言葉に、誰かが指摘してくれていたかもしれない……と思うとささやかな希望が胸に灯ります。しかし直後の「面白かったよ」が同時に目に入ってあっという間に消えちゃいそうになるので、風よけの囲いが必要です。

——そうそう、あれが2007年! たしか、展示スペースにアンケートボックスが置いてあって。自分も感想、書きましたよ。

ホント? 嬉しい嬉しい。最終的に、2、300枚かな。けっこうな数が集まって。写美がアンケートボックスの設置を認めてくれたのも大きかったね。老若男女が書いてくれたよ。ものすごく怒ってるのもあったし、ただ『ウンコ!』とだけ書いてあるヤツとか。オレの意図を理解してくれた人もいたし、色んな意見をもらえたね。面白かったよ。

——大橋 仁、人類の明るい繁栄のため全財産をはたいて酒池肉林を撮り収める。 | TOMO KOSUGA – Part 2

松沢呉一さんの「セックスワークを考える – 娼婦の無許可撮影を考える」シリーズは、この問題を考えたい人すべてに読まれるべきことがたくさん書いてあって、特にわたしとしては「これだから芸術なんかやってる男はダメなんですよ」とか思っている人の目に入るといいなあと思っています。あと「芸術は全て犯罪だからあきらめろ」とか「勝手にタイ人のセクシャルワーカーを代弁するな」とか「あなたのように自分の意見を持っている風俗嬢なら尊敬しますよ」とか。そうやってわたし(たち)の4への気持ちを見ない振りする人、見ない振りでこれからもやっていくべき、それが結局は全員にとって幸せだ、と思っている人に。

一部は有料ですが、分厚くない文庫本一冊ぶんくらいの値段です。10冊買ってもなかなか得られない気持ちを得ることができたのでわたしはとても買ってよかった。

 

もう何年も前だけど、源氏名が「ナナ」だったことがあります。
そのお店はわりとあっという間に潰れてしまいました。お給料は安いし駅から歩くしホテルも遠いし女の子は数える程しかおらずそれなのにタオルは常に足りないし(つまり隅から隅まで資金力がなかったのですね)という店でしたが、待機室(兼事務所、兼撮影スタジオの狭い部屋)になんとこたつがあった。いかにも旧式の、あちこち塗装が剥げている大きめのこたつ。仕事を終えて疲れ果て、ここで一休みしているうちに眠り込んでしまう、という形の「店泊」をしょっちゅうしている女の子がいました。
わたしがコートを着て帰ろうとしていると「奈々ちゃん、帰るの、お疲れ、またね、気をつけてね、またねえ」と、3割は夢の中みたいな声で言って。玄関でブーツをはいてもう一度振り返ると、こたつ布団に埋もれたまま1円にもならないはずの笑顔をちゃんと作って手を振ってくれていた。

一度くらい一緒にお泊まりしたらよかったよ。一緒にこたつで寝て、遠慮してちょっと浅く体勢をとったりして、次の日には若干頭が痛くなったりすればよかったよ。

 

ナナへの気持ちナナへの気持ち

収録アルバム:インディゴ地平線
2012/7/11 | フォーマット: MP3

 

2015-01-16 | カテゴリ: weblog, まじめなはなし | タグ: