たわいないはなし

夢について:白い塔の子ども

子ども時代、くり返し見る夢がわたしにもあった。

何度も何度も見る夢の定番は、きっと「何者かに追いかけられる夢」と「落っこちる夢」だと思う。どちらも、絶体絶命もうだめだ、ってところで目が覚める、っていう、あれ。怖い夢を繰り返して見ることは子どもによくあるようだけど、脳や精神の成長となにか関わりがあるのだろうか。いつのまにか見なくなって少しさみしかったり、とうに大人になってから不意打ちで一度だけやってきたりというのも、夢の「スパルタ教育」によく見られる手法のようだ。

わたしの場合は、塔のてっぺんから落っこちる夢だった。たしか、小学校にあがってすぐのころから見始めたんだったように思う。何度も見たけれど、それは怖いものではなかった。
どのくらいの高さだったかよく覚えてはいないけれど、何の柵もない白い塔のてっぺんから下を見ていた。静かで、落ち着いた光景だった。ふと空中へ足を出した。怖さなどなかった、落ちるかもなんて考えもせずただ一歩前に出ただけだった。
そして身体は落下した。真っ逆さまには違いないのだけれど、そのスピードはごく遅くて、わたしはふわりふわりと徐々に地面へと近づいてゆく。落ちている最中には仰向けだった。ほとんど平行な状態で、落ちるというよりも空気の中を沈んでゆくような感覚。——このままだとどうなるのかな。高いところから落ちると死んでしまう、ということくらいは知っていた。でもやっぱり怖くなかった。あまりにも気持ちのよいひとときだったのだ。
やがて、まもなく着地だと自然にわかった。少しは緊張したんだと思う、けれど衝撃はなくわたしの身体はそっと、羽毛のようにやわらかなクッションに受け止められた。あ、痛くない。やったぁ。そう思ったところで、スッと終わった。目覚めたわたしは単なる敷き布団に抱かれてそこにいた。

それから時々、夢の中でその塔の上にいることがあった。二度目からは、わたしはその空中散歩(自由に移動はできないし、お散歩というにはあっという間だけれど)をちょっと楽しむようになっていた。いつでも心地よい気分だったし、空はきれいだった。

あるとき、何度目かに訪れた塔は、それまでと様子が違っていた。
学校の友だちが、おおぜいそこにいたのだ。「この中の誰かが飛び降りなければならない」ということのようだった。誰もが絶望していて、天気は悪く、塔の下は草も生えていない焦げ茶色の砂地だった。いいよー、と言ってわたしは前に出た。だってどうせわたしはケガしないもの。痛くもないし、ただ下まで行ったら目がさめるだけなんだもの。そして、「ああ、これのためにわたしは、何度も何度も落ちたんだ。今までのあれらは、練習だったんだ」と納得した。みんながわたしを止めたが、わたしはきかなかった。いいからいいから、だいじょうぶなんだってば。そして笑顔で落ちた。
その瞬間、「もしもこれがお話だったら、『今日に限って普通に落ち、死ぬ』となるのではないか?」ということに思い至った。でもまあいいや。もし死んでしまったとしても、目を覚ませばいいだけだわ。
わたしは死ななかった。いつも通りにふんわりと着地し、今日くらいは立ち上がってみんなに手を振って無事を知らせよう、というのもかなわずあっさりと目が覚めた。

そしてその夢は姿を消した。その点についてはお話のようだわ、と思った。最後だけいつもとちがい、お別れになる、ってところ。そういうパターンのお話は本でよく読んでいた。あのふわふわをもう味わえないことは残念だったけど、特に惜しみはしなかった。子どもの暮らしは「これがさいご」の連続みたいなものだったし。

わたしは順調に年をとり、10歳を過ぎた。6歳の頃のわたしを知る大人が、みな目を細めて大きくなったね、と言ってくれるような、順当なよい子の年のとり方をした。そしてある夜、それが起こる。

あの塔にいた。

そこには学校の友だちもいた。そればかりか、大人たちもいた。そしてやはり「誰かが飛び降りなければならない」のだった。
わたしのするべきことは以前と変わらなかった。しかし、それを大人に知られてはいけない、と思った。自分の家族はこの中にいないようで、子どもはみんなわたしの友だちだけれど大人は面識のない人ばかりだった。かといって大人たちがわたしを黙って行かせるはずはない。何を言っているんだと叱られ、見張られてしまうだろう。けれど他に道はないのだ、ここから落ちて死ななかった実績があるのはわたしだけなんだから。多少身体が大きくなってしまったことが影響するかもしれない、とも思った。でも特に問題ないだろう、そうであってほしい。
わたしはできるだけ自然に、塔の縁へと近づいていった。怯えているみんなに気づかれないようにそっと。そしてある地点から一気に走った。走って飛び降りたのも初めてだったけど、なりふりかまっていられなかった。とにかく落ちろ、落ちればすべてがうまくいく。

ふわん、といつも通りのやわらかい感触が身体を包んだ。やった。昔と変わっていない。やはりこのまま地面まで落ちて、そっと着地して夢は終わるのだ。
その時、不安がよぎった。「待って」という声が聞こえたのだ。待って、ユリちゃん。はっきりと頭に浮かんだのは、わたしを追いかけて落ちる人たち、の姿。

だめ!これができるのはわたしだけかもしれないのに、あなたたちは落ちられるか分からないのに、落ちて無事でいるか分からない、いいえきっと無事じゃない。わたしは焦った。ついさっき自分が踏み出したあの塔のてっぺんを見ようと身体を起こした。みんなは、みんなはどうしてる? どうか黙ってみていてほしい、その場で呆気にとられていてほしい。しかしなんと身体はまったく自由にならない、ふわふわと優しく包まれているのに、自分の意思で首を持ち上げることはただの1センチもできなかった。
どうしよう、どうしよう、さっき聞こえた風の音は、あれは友だちの悲鳴ではなかっただろうか? もはやわたしはパニックだった。子どもが大人が、海に入るペンギンのようにばたばたと落っこちてゆく様が、確信を伴って頭から離れなかった。死んじゃう! 本当に死んじゃう、みんなどうして、だけどそれは、わたしのせい、わたしが、飛び降りたから、わたしが、わたしが殺した!!!!

やがて身体が地面に着いた。いつも通り、約束通り、ふんわりとあたたかく。
そして目が覚めた。
とにかく怖かった。目が覚めた安堵感よりもさっきまでの恐怖が勝り、それに「味方だと思っていた夢に裏切られた」というショックまで加わって、わたしは深く傷ついていた。すぐそばでは母親が眠っていて、その寝息がやっと心を落ち着かせ、同時にとてつもない罪悪感におそわれた。おかあさんごめんなさい、と強く強く泣いてあやまりたい気持ちだった。なにをあやまるのか分からないままで。

それはわたしが生まれて初めて見た「怖い夢」だった。
それ以来二度と塔に行くことも、どこかから落っこちることもなかった。

夢を分析してなにか納得しようとは思わないけれど、あの塔で起こったことは今でも時々思い出す。——まだ、どこかに建っているんだろうか。もしもそこで誰かが助けを待っているなら、わたしはまた飛び降りに行くだろうか。
もしまた連れていかれることがあったなら、時間がかかっても話してみよう。わたしを信じて、目を閉じて20数えてほしい、そう頼んでみたらどうなるだろう。時折そんなことをちょっと考えて、大人のわたしはベッドに入る。おやすみなさい、小さなわたし。パチン。

2011-06-08 | カテゴリ: たわいないはなし, むかしのはなし | |  

 

もにょもにょ2011

「あけましておめでとうございます!って今日は何日だよ俺(爆)」
みたいなことを書いているぼんより男子のブログすらもうありません。2月19日です。こんにちは。

去年はさまざまなひとがみんなtwitterに流れてブログの更新が少なくなって……という光景が各地で繰り広げられたことはさまざまなひとびとがご存知だとは思うんですけど、例にもれずわたしも堂々とtwitterに流れさせていただきました。
もともとの更新が少ないとこういうときいいですよ。バレないから。

だって、ね。楽なんだもん。twitter。結局あれでしょ、みんなだって一緒にいてドキドキする相手より一緒にいて楽な相手と家族になりたいんでしょ? そういう統計見たよmixiニュースで。

でも「君といるとラクなんだよね〜」っていうのは、愛の言葉として言われて嬉しいかと言われるとかなり怪しい。ラクがカタカナなのがいけない。たとえ口頭であってもああこれ今のはカタカナのラクだなと分かること、ありますよね。ある。

2011年はねー。なにして過ごしましょうね。いま思いつくしたいことメモ

・ピアノ弾きたい。おもちゃのでいい
・ものすごく適当で怠慢な冷えとり
・ホームベーカリーを買ってパンを焼きまくり
・Ustでライブ配信(ツイキャスでもいい)
・iPhoneアプリ買いまくり
・ポン菓子をポンする機械を買ってポンをポンまくり

ウソが混ざりました。
今年もウソを交えながらものを書きます。
よろしくおねがいします。

2011-02-19 | カテゴリ: たわいないはなし | |  

 

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