たわいないはなし

まーた指の混ざりの話かよ

またフィクションの指と仕事の話ですみません。こんなことばかり考えているもので。

去年『逃げ恥』のキスシーンがちょっと話題になったことがあった。
恋愛経験がまったくない男の人が、感極まって衝動的にしてしまうキス……という設定の場面なのに、相手役の女優さんの手に重ねた指が動くその様があまりに情緒的で、「これは女性に慣れたモテ男でなければできない芸当なのでは!?」「演出ではなく、演じている人の素の部分が出ているのでは!?」って。

それをきいてノコノコとTverでそのシーンを見ちゃったんだけど、

ああ、うーん、でも、全体的に不慣れでぎこちなくて、てんで分かってなくてヘンテコなこともたくさんやらかして、だけど本人もそれを重々承知しているから謙虚でいてくれてふたりで目的地を探せる……って感じのお客さん(たまにいます)が突然自然で滑らかでこっちがびっくりするような動きをひとつだけ(ひとつだけです)すること、ある、あるよなあ——

って思いました。それで(あれれー?)と思って「今のもういっかいしてよ♡」って言うと、ちっとも再現できなかったり、それどころか本人はまったくの無意識で、なんのことだかも分かっていなくて二度とできなかったりするの。

その一瞬は確かにたった今ここに存在したのに、もうわたしの記憶の中にだけ閉じこめられて誰も永遠に取り出せない。そしてわたしも時間がきて退室すればあっけなく忘れてしまう。忘れてしまったけど、何度もあった、何度もこんな風に触れてもらったんだってことは覚えてる、知っている。それ以外のすべて、相手のこととかは、きれいさっぱり忘れてしまったけど。

そんなふうに思うと、あのキスシーンも案外リアルな気がしてきて。とめどなく恋する気持ちが溢れてあなたも私を好きになればいいのにと大それたことを堂々と神様に願うように挑戦的にも見える、でもただひたすら小さなものを消えないでくれと祈り愛おしんでいるようにも見える、不思議な指の動き。

演技の一環なのか、それとも誰かが言ってたみたいに俳優さんの無意識の仕草なのかはわたしはちっとも分からないけど、あの繊細な指の動きとキスの切羽詰まり感とのギャップ、けっこう好きでした。

そこまで考えて、ああ、こないださんざん書き散らした「ヴィクトルさんの指の動き方めっちゃヤバくないすか!?」っていうの、あれは絵だから「無意識のうちにそう動いてました」とか「なにかのタイミングで偶然そういうふうになってました」あと「役者さんがたまたまこういう体格だったからこうなりました」っていうのはないってことか、いつでも描いた人の意図がそこにあってそうなってるんだよね、と思ってしばらくポヤ〜ンってなってました。わたしの気づいてないこと、意図した通りに受け取れていないこと、いっぱいあるんだろうな。意図したのときっと全然ちがうふうに興味を持ったことも、いっぱいあるし。こないだのティッシュの話とかほんとひどいよね。

 

去年読んでとてもおもしろかった本のひとつに、『触れることの科学: なぜ感じるのか どう感じるのか 』(デイヴィッド・J. リンデン著)があります。
五感の中でちょっとあとまわしにされることのある「触覚」について、あれやこれやとことん語る本。皮膚、神経、脳、かゆみ、痛み、熱い冷たい、錯覚、それから、性的な感覚のことも。触覚に関する話題だけで埋め尽くされた1冊だった。もしかしたら仕事の参考になるかも、という下心で読んだのだけどこれが本当にためになったの。

わたしたちの皮膚にはいくつかのセンサーがあり、それぞれ振動してるだとか、引っ張られてるだとか、そういう刺激を感じ取っては信号を脳に伝え、わたしがボケーッとしてる時も絶え間なく仕事をしてくれているのだけど、「誰かに触れられて、心地よい」の信号を送る仕事専用のセンサーがあるんですって。人と人とがふれ合う(セクシャルな意味合いを持ったふれ合いだけじゃなくて)こと、そこにある感情のトーンを読み取ることに特化したセンサー。
このセンサーが作動する触れ方には決まった条件があって(第3章に書いてあるよ)、優しく触られた、って検知しないと動かないのだけど、それを満たしていると

〈実際に触られたときだけでなく、映画などで誰か他人が触られているところを見た場合にも、同じ形で作動する〉

んだそうです。きゃっ。なんか、ファンタジーみたい!でも事実なんだよね。皮膚ってすごい。人間の身体ってときどきこんなにもロマンティック。

 

ティッシュの話の時に書いた「ただの『よく動く性分の人』には見えなくて、エレガントで余裕があって、惜しみなく分け与える感がすごくて」「歩み寄りと慈しみに少しのお誘いが乗っかったボディランゲージ」っていうの、あの感動、あれはたぶんわたしのセンサーが働いたんだよね。たしかに条件を満たしていると思うんですよ、ヴィクトルがユウリくんに指で触れるときの動き。うわあ、絵でもいいんだ……!!
心地よさが脳に伝わる条件を満たしていて、なおかつ見たときに美しくて、あとは表情とか声のトーンや言葉の組み合わせが行き違わなければ「少なくとも自分の肉体がいま、目の前の他人から大切なものとして尊重されている」っていう難しいメッセージ(そう、難しい、これはコマーシャルセックスだと途端にとても難しいのです、そのことがわたしはいつももどかしいけれど、個人の努力では太刀打ちできない大きな壁が世の中にある)を伝えるのにきっと適してる。

シンプルにわたしもそんなふうに触れられてみたいっていうのもそうだし、その触れ方をしてあげられたらきっと心地よくたのしく感じてくれるだろう人に心当たりがたくさんあった。
もっと素敵な気分にしてあげられるかも、もっと安心感をもたらしてあげられるかも、お金でサービスを買うことになぜか貼り付けられた後ろめたさを軽減して楽しいギブアンドテイクに感じてもらえやすくなるかも……そういう希望が生まれたんでした。
だから「もっと近くでちゃんと見せてほしい、わたしもできるようになりたい」って思って生まれて初めてアニメーションの中の人に憧れたんだと思う。いますぐ弟子入りしたい!先生!おカバンお持ちします!しかしヴィクトル師匠のおカバンはとても持てないほど数があった上におそらくカバン本体だけで目から火が出るほどの金額、さらに何よりお弟子さんの枠は埋まっていることが明らかよね。知ってる。だから自分なりに見て学んで応用して(そのままだと派手だし、あとなんといっても彼の身体は絵なので手の屈折腱とかの仕組みがわたしとは違う。薬指だけを自由に動かすこともきっとできる)(うらやましすぎる)、少しずつ日々の仕事に生かしています。フィクションからヒントをもらうことは今までもときどきあったけど、こんなに楽しいのはひさしぶり。

とはいえ憧れ方がちょっとこじれているし、好きなキャラクターがわたしたちの仕事と関連づけて?観察されてるだなんて聞いたらこころよくは思えない人もやっぱりいるかもしれないから、あんまり言っちゃいけないか、いけないよね……っていうのも、いちおう、気にはなります。なのでせめて作品名の表記とかちょっとうやむやにしてる……。

でも「なにそれおもしろい」って思ってくれる人となら、ちょっと隠れてこそこそ話したいなあ。
いつかどこかで話せるときがくるかしら、いつか。noteとかに書けばいいのか?

とりあえずね、最終回の前にみんなの自律神経がおかしくなって見ず知らずの女の子たちと「細かいことはどうでもいいからちょっとみんなで励まし合わない?」って息切れしながら手をつないで走ったあの感じがいま振り返ると楽しかったし、なかなかなれない気持ちを味わわせてもらったので、本当にもうなんとお礼を言っていいかわからないのではい黙ってブルーレイを買います。師匠がいつまでもその魔法が使える手をお怪我されませんように。なにを言っているんだわたしは。手で滑る競技じゃないぞ。根本的ななにかが揺らいできたのできょうはここで終わります。

 

追記・
ガチ恋全開嫁になれ要求の激しい客から突然「君にとってオレはどういう存在なんだよ!?」と壁際に追い詰められて絶体絶命のときに「そんなの気持ちの問題だから言葉になんかできないよ♡佐藤(仮名)さんてそんなこと考えながら私を指名してたの?他のお客さんとちがう感じしてたけど、やっぱりおもしろいね♡」って言って応急処置したことある人きっと100万人いるよね。

2017-02-11 | カテゴリ: たわいないはなし | |  

 

白い小鳥が飛び立つみたい(なんじゃないかなと思ってる)

ああああああー!仕事納めたああああああ。今年は年末が特に忙しく、っていうのは仕事量が多いというよりも内容がせわしないというか、やれやれな案件が多くてまいりました。ストレスとカレンダーが追いかけてきたよ。
今年最後の客なんてベッドの上で「気持ち悪いよ〜吐きそうだよ〜つか吐く〜〜」と言い出して修羅場だった。これは一大事だと思ってあわてて上体を引っ張り起こしバスローブを着せて今日の体調やらさっき食べたものやらを訊きつつお手洗いまで連れていって背中をさすったりものすごく気を遣ったのに、しばらくしたら治まったらしく途端に「ねえヤラせてよ〜俺入れなきゃイカないよ???」とゴネ始めしかし吐き気騒ぎのせいで残り時間3分だったんだけどムカついた拍子にわたしもちょっとヤケを起こしてしまい秒速で抜きました。フルスロットルハンドサービスでした。
そんでもうシャワー嫌だ〜って言いやがるからひとりで浴びて、荷物とか心配だからマッハで出てきたらその短時間で床にデロ〜ンと広がって寝てやがった(全裸)。死んじゃっても知らないから!ってたたき起こして布団でくるんだ。写真撮って部下にバラまいてやろうかと思った。やれやれだよ。
ノロウイルスとかじゃなくてよかったよねえ、ほんとにさあ。絶対あの人なんにも覚えてないだろうな。死んじゃうどころか長生きするわ。

ああ〜もうなんもしたくない〜家にこもってデトックスしたい。アタマの中のごちゃっとしたいろんなものをひとつにまとめてどっかやってしまいたい。出かけるのもめんどくさい。なんか去年もそんなこと言ってた気がする、たぶん言ったよ。「今年も残すところ……」っていうのが年々身にしみなくなっていきます。10月初旬くらいの感覚でいたら突然クリスマスツリー見せられてびっくりしたもん(それももう1ヶ月以上前の話)。
とか言っていたらちょうどツイッターで「ねえ10月からスケートのアニメやるみたい……珍しい題材だし観てみようかな〜忘れなければ……」って震えながらつぶやいているお嬢さん方がいたのでiPhoneを握りしめて共感の涙を流しました。

ほんとリアルタイムで観ておけばよかった……!
年末に時間ができたらまとめてみよっかなー、なんて思ってたわたしはバカでした。
いまはマミさんだけでなく友達にも愛好家がいるので(ぐじぐじ言ってるわたしを見てあわてて一気に観たらしいウケる)、LINEやなんかで一緒にぐじぐじ言うんですけど、リアルタイムでキャッキャできなかった過去の自分たちを悔やみ責めるとともにその心の穴を埋めようとさらに全力でキャッキャしています。取りこぼした青春への執念がすごいお年頃です。
あのね、こんなことをあんなにファンのいるキャラクターについて言っていいだろうか。
わたし、ストーリーとは別に、ずっと密かに心のすみっこ〜〜の方で気にしてたことがあって。
「ヴィクトルがティッシュペーパーを取るシーンが出てこないかな……」ってのを……ずっと……。

もう遠くなってしまった昔、あまりに初心者で何もできないのでみっちり講習を受けたとき、講習員さんからめっちゃ指摘されたのが「ティッシュの抜き取り方」だったんですよ(他にもまあいろいろ言われたけど、目からウロコだったので特によく覚えてる)。おはずかしい。
自分の手のビジュアルってわりと好きで、客観的に見ても手/指/爪の形のバランスはなかなか整っている方だと思う(あとよく反って柔らかいところも気に入ってる)のでうれしくってお手入れも日々楽しくやってるんですが、ああ、確かにティッシュの取り方は美しくなかった。たかがティッシュ1枚取るのにものすごく一生懸命引き抜いてるように見える動きをしてた。

ティッシュ取るときってって基本「ああよかったなんとかできた」とか「時間大丈夫かな」とか「あっやばいシーツ汚れちゃう」とか、安堵だの焦りだの考えることいっぱいだから、気ィ抜いちゃうっていうか気が回しきれなくて。でも、見られてるときは見られてるし、そのティッシュってお客さんを直接ケアするのに使うものだから、そこを雑にしちゃうとそのまま「雑に扱われてる」って印象を与えかねない……からもったいないわけなのです。

しかもほら、その時間っていちばんお客さんがカッコつけられない場面だし……ね。

ユーリonこおりに出てくるヴィクトルさんという人は、とりあえずすごく美しくて格好良くて魅力的で、世界中からあらゆる想いを寄せられもはや浮世のものではないような人……として最初は(…最初は)現れるんですが、絵だけじゃなく動き方がとっても綺麗なキャラクターで。身体の先端部分、指先とか髪の毛先とか、くちびるの端、それからまつげの先、そういう末端の部分の動き方がすごく繊細に作られているのか、ああこういうとこを見てたらいいんだ、作っている人の込めてるメッセージがいっぱいあるんだな、って素人のわたしでも思うくらい、情報量がすごいの。
それがただの「よく動く性分の人」には見えなくて、エレガントで余裕があって、惜しみなく分け与える感がすごくて、もし自分に向かって何かの動作をされたらそれだけで感動してしまうような、キラッとしたなにかが身体の先端からほとばしって見える人なんですよ。同時に愛嬌もあって、ちょっとだけ困らせてみたいような雰囲気も持っているんだけど、そんなことした瞬間に澄み渡っていた空から突然雷が落ちて二度と太陽は輝かずに地球は氷河期に突入するのでは?(実際には人の心の機微にうとい酒グセのわるい子がやってきて暖簾をヒョイするだけだって知ってます、ええ知ってます)
もしかしてアニメーションの中のグッドルッキングヒューマンってみんなそういうものなの?わたしが知らないだけ?
だって表情や仕草を作ってる人と言葉の内容を作ってる人と実際に声を出して演技してる人がぜんぶ別の人なんですよね??すごくない?なにこれ?

だめだこの調子で書いてたら3日ぐらいずっと言ってるわ。えっと、それで、ついつい「この人はどんなふうにティッシュを引き抜くんだろう……いや、引き抜くようには引き抜かないかも、もっと羽根のようにフワンと取るのかも……」とかなんとかね、ほんわり夢を描いてしまった、というわけです。彼が自分のために引き抜いてくれたティッシュ、絶対ティッシュに見えないし最高級シルクに見えるし、いや天使のため息を織り上げたヴェールに見えるしそのままジップロックに入れて持って帰りたくなるよね?と……。
ああ、何を言っているんだわたしは、なんだこの罪悪感は。よりによって仕事いそがしい12月に観ちゃったから……ヴィクトルごめんね……夜の業界に染まったわたしの眼をゆるしてくれ。。

だから、だからね。。第5話でね、あのかわいいカバーのついた箱ティッシュを持ってきたときはもうね。「きゃああああああああああ♡(鼻血)」てなったんです。なっちゃったんですよ。すみません。うわ夢叶っちゃったじゃん!と思った。
でもとうとう最後までヴィクトル氏がティッシュを取るシーンは出てきませんでした(……よね?いままぶたの裏に浮かぶこれは本編ではなく妄想よね?)。続編が待たれる。わたしの錆びついた接客技術に気合いを入れてくれないか。

君は素敵だよ、大好きだよ、一緒にいよう、僕のこと好きだよね、大丈夫だよ、知ってるよ、信じているよ、ここにいるよ、もっと上に行こうよ。
そういうことを身体、顔とか指とかで言うんですよ……すごいな……いいなー……。
わたしももっとできるようになりたいよそういうの。
言葉で言うとかわりになにかが失われちゃうときも、あるし。言葉で言ってもらうより、言われた人が素直に自信を持てる気がする。
それから、言葉で言うと無期限にそうだってことになるっていうか、保証つけないといけなくなっちゃう、っていうか……身体で伝えたことは、そのときそこにいたもの同士がその瞬間に共有するためのものにも、できる。明文化しないぶんいろいろ自由。そんな感じがする。
(そのせいでややこしくなる場合も多分にあるとは思いますが……)

お客さんにいくら好きだの愛してるだの言われてもしょうがなさすぎるし、「シーナちゃんは!?シーナちゃんはどうなの!?」って返事を求められるとすこぶる厄介この上ない。あと危険。でもたまーーーに「だいじょうぶだよ、いまはわたしあなたのことだけみてるし、好きだし、どんな顔してもいいんだから」って言いたい人、言いたいときも、たまーーーーーには、あるもの。

わたしが一番困る、というか、切実にどうにかしたい問題になるのは、そりゃあもちろん「ルールを守らない客」だけど、でも、そういう人はもう客じゃないからさ、抜きにして考えると、課題っていえるのは「自信のないお客さん」かなあ、って思う。むずかしい。

もうかれこれ2年……とか?指名してくれているお客さんで、もう少し自信を持ってくれたらなあ、って人がいる。
パッと見た感じはごく普通のお兄さんで、身だしなみはちゃんとしてるし、独りよがりなプレイで痛いことをしてきたりもない。僕は女の人と付き合ったことがないから駄目なんですとよく本人は言うけれど、(なるほど、これじゃ女性に避けられるだろう)と思えるような人じゃない。
だけど、プレイがうまくスムーズにできない。
向き合うと緊張してしまって、うまくおしゃべりさえできなくて、顔を見るだけでいっぱいいっぱいで、そして勃起した状態を持続させるのにたいへんな労力を必要とする(それが自然だといえるような年齢にはほど遠い)。うまくできなかった自分が頭をよぎるとしぼんでしまう、みたい。追い詰められるとしどろもどろになってしまう、フィニッシュできないこともある。それでもいいと本人が言っているし、指名し続けてくれているし、わたしが職業上の任務?を果たしていないわけじゃあ全然ない。射精するかどうかがたったひとつの大事なこととも思ってない。でも、この状態に彼が満足しているわけじゃないのはわかるから、できることならどうにかしたい。心身の状態まで面倒を見てさしあげるのがわたしたちプロの仕事のうちです、なんてこと全ッ然絶ッ対思いやしない(訳知り顔でそう言う人いそうだけどね)(そんならそれだけの知識学べる場所とか保障とか安定とか権利もらいたいわ、人間の心身のケアの難しさなめないでほしい)けど、でも、いい人だから、なんだろ、個人的な感情としては、できることがあるのならしたいと思う。
でもさ……向こうの問題とはいえ、こんなになんにもできないもんなんだなあ、って無力感がすごくて、わたしまで自信を喪失していくという悪循環。

だけどどうしていいかわからない。思いつくことはいろいろとこの2年でさりげなく試してみたけど、あんまり。
そのうちに、ただ単にひたすら「受容」に徹するようになって……っていうか、もうそれしかできることがなくなった、ってだけだけど。
できなくてもいいよ、できてもいいよ、どんなあなたでもわたしは変わったりしない、あなたを採点しない、いつでも待ってるよ。そんな感じに。
もちろんそれは最後に《だって、仕事だからね》がつくんだけど(そこはまあ、あんまり見ないで見せないで)。

でもねー。なんかねー。
わたしの「なんでも受け入れるよ」っていうのを、なんか、なんか、この人、もしかしたらだけど「なんにも期待してないよ」って受け取ってるんじゃないの??だとしたらもう自己否定スパイラルじゃないの??って思いついちゃってモニョモニョしはじめてきたんだ、今年の途中あたりから。

それで、この前、クリスマスに会った時にわたしのモニョりが頂点に達して、もういい、もういいや、もう好きにしちゃお、みたいになって、そしたらいきなりわたしの職業魂(?)が強気になって変に勢いづいて、
いつでしたかねぇ……第2話かな?で観たヴィクトル先生のすごいきれいで何度も再生しちゃった動き「膝をつく→相手のアゴを指先で優しく微妙に二段階で触れながら少しだけ上げる→もう片方の手で相手の肘下から手首に向かってそっと、手のひらのエッジまで滑らかに撫で下ろす(上から圧をかけない)→優しい言葉をかけながら(この間ずっと指の形がきれいすぎる)」……っていうのを、真似してやってあげてみちゃったの。ほとんど出来心で。あはは。今思うと自分のおこがましさに顔面が燃えそうです。

(その前にはドラマ『昼顔』で吉瀬美智子さんがスマートフォンを使うときの仕草が素敵でまねしたことがありました)(つまりあれだ、どうせいちど燃えつきた顔面なんですよ)

でもねがんばった。わたしはひとりでやってるから、言葉を選ぶのもしゃべるのも顔つくるのもひとりだから、そのくらいできたいな、って思って。

 

そしたらさー……なんか、びっくりしながらうっとりしてた……それから? それから? 次はどうなるの!? ネェ僕どうなるのー!?!? って顔してた。

どうもしねーよ!どうもなんねーよ! 山田(仮名)が自分でどうにかすんだよこっからは!!!!!!!
わたしは凡人の極みだから仔豚ちゃん(たしかに山田は軽度の肥満である)を王子様にする魔法とか使えないよ!

と思いました。それからほっぺが上気したような山田の顔が可笑しくって遠慮なく笑った。なんかしんないけど山田も笑ってた。やれやれだわ。
その日はそれから満足して寝たみたいだったのでほっとしました。次どうしたものか知らないけど。

受容のメッセージって基本だし大切だとは思うけど、その表現のしかたって迷うよね。どこまで、って問題もずっとあるし揺さぶられて難しい。
求められているものが分かっても、できないことはできないし。もういいや、来年また考える。

 

自信がない人は少なくないと思う。わたしもない。
でも、自信が持てない、といってもそれぞれにたくさんの形があって、あの子みたいに美意識と理想の高さ、目の確かさ、負けん気からそうなっていることもあるし、それまでの他人とのコミュニケーションの歴史でもすごく左右されるし、自分をどこまで開示するかがまだ決まっていなかったり、たとえば愛されていても客観的な証拠が足りなくて迷ったり、愛されていると知っているからこそ相手を傷つけたくなくて立ち止まってしまったり、 ……自信ってすっごい繊細な生もの。こわい。他人のそれにうかつに触れたくなんてない、でも逃げられない。
そしてそれがあるときある瞬間にフワッと飛び立つさまを、ちょっとだけ見せてもらうといつもドキドキしちゃう。

あのしぐさ、もしお試しになる場合は決してアゴ先を親指で押さえてつかまないのがコツじゃないかなと個人的には思っています……そうするとただの顎クイッになってしまいそう。似てるけど違う、挑発や煽りじゃなくて、歩み寄りと慈しみに少しのお誘いが乗っかったボディランゲージの気がして。微調整された力加減。
あとあの人絶対に指先を立ててさわらないの!やばい……ほんとやばい……他の場面でもまだ指先立ててるとこ見てないんだよ、超すごくない?やばくない?(指が立たないところにアガるこの感じ、同業の人なら分かってくれるのでは……)(それとも絵に描くとそうなるのが普通なんですかね?)(比べてみたいんだけど他のキャラクターが他人の素肌になかなか触れるとこないんだよね〜そりゃそうだよね〜)(脱線してしまった)

いま確認したら第2話の5分45秒(オープニング入れて)くらいから出てくるよ。大みそかにまとめて放送とかあるらしいので、興味と体力のある人はぜひ。

それぞれに素敵なアスリートたちが、限られた時間をスケートに捧げる物語なのだけど、最終的に誰が誰を負かすのかを知るために途中のいきさつを見せられる、って話じゃないので、そういうスポーツものが得意でないわたしでも楽しかったな。
とくにそれぞれにキュートでセクシーで無邪気で強くて、それぞれにユニークで天然で不思議で繊細でとんでもなくわがままなふたりが互いに好きになって、すれ違いながら手を伸ばし合い、次第に支えて与えて補い合う(迷惑もだいぶかけ合う)様子はとっても愛らしく魅力的でした。いちばん振り回されたのは観てる俺たちだけどな。なんだったんだあれは。あんだけ心配させといてなんなんだ……心配しすぎて食欲不振になっていっそ死なせてほしいとか口走ってた民衆がいっぱいいたのになんなんだよ……ッ
興味と体力のある方はぜひ。

あと、他人に対する愛情全般において恋愛感情が明確に独立していないタイプの人って、一般的なストーリーのシステムにはまりきれないことがちょっとたびたびあるのでは?とひそかに思ってるんだけど(わたしはとてもそうです)、
そういう部分についてとてもラクな気持ちで観ていられたと思う。いろいろな愛の姿は描かれてるけど、登場人物たちが自分の愛に名前を付けたりカテゴライズしようとしないので。そしてその中で恋愛だと認められたものだけが特別に区切られて上位扱いをされていない(これわたしにはすごい大事!)のでめっちゃラクです。たぶん恋をしたら必ず性的な欲求と身体の接触が伴う(逆方向からもセット)って前提もあんまりなさそうなのでそれもラク。好き+性=恋、みたいなあれ。そればっかじゃないじゃんねってよく思う。
あと、なんだろう、「特に明言されない限り、登場人物は当然シスジェンダー / へテロセクシャル で、そうでない“例外”人物が存在するにはストーリーの上で必然になる理由があり、それがいちばんの個性になる」っていうあの説明しづらいけど当たり前に存在するムードもだいぶ薄いような……男子いっぱい出てきて切磋琢磨するけど「男なんだから」「男らしく」って言葉で励ますようなこともないんだよね。
(性別をダシにしたセリフが全くないわけではなくて例えば「男の僕でも妊娠してしまいそうなほどエロス( ꒪⌓꒪)」って混乱しまくりの心の叫びが入ったりするんだけど)
(これ、23歳の人ってそんな言い回しする……!?と思ったんだけど、あの子ヴィクトルのガチで立派なファンでマニアでいた暦が長そうだからそのコミュニティで自然に身に付いててもおかしくないし、彼の言うセリフの中ですごく浮いてみえるのに決まり文句だからってツルリと脳から出ちゃうあたりが経験の少なさってことなんだろうかと思ったらなんか姉みたいな気持ちになってしみじみしました)(あっお姉さんが大好きすぎて煙草吸うシーンずっと見てたい、めっちゃ好き、ストライクすぎる)(また脱線した)

一緒にいたい、愛を得たい、あなたのなかにわたしを置きたい相手が自分と同じ性別だってことで一度も思い悩まないの。本人も周りも(別のことではめっちゃ悩む、すごく悩む)。それを障壁としてドラマチックな要素に使わないし、笑いの要素にもしないし、そんなのおかしいよと言う人もいない。

だからいろいろ自由な心のままで気楽にみていられて、そういう部分の労がとても少なくてありがたかったです。絵の中の彼ら(とその愛を含めた思想)が自由だということが、決していつも自由とはいえないこっち側にいるわたしをすごく楽にしてくれた。その「楽」は、ぬるま湯の楽じゃなくてもっと熱い感じのやつ。そういうフィクションもっとほしい。
誰かが誰かのことを大好き、ってだけでこんなにみんな嬉しくなるのね。具合悪くもなったけどね。

ではわたしは他に使えそうなラブリーレジェンドアクションを探すべく(絶対絶対まだいっぱいあると信じてる……!)もう一回観てきます。そうだこんなどうしようもない妄想をだらだら書いてこぼしている場合ではない。みなさんは楽しい年末などお過ごしください。どっかの空の下にいる山田もな。おわり。

2016-12-31 | カテゴリ: たわいないはなし | |  

 

黄色いハイチュウ、赤い花

少し前、とてもいい夢を見た。
わたしはちょっとした建物の小部屋にいて、無印良品のダメになるソファみたいなものと戯れながら友人とおしゃべりしていた。
現実の世界でも友達で、業種は少し違うけど同じ職業に就いている女性。

夢の中でのわたしたちも、なんの業種でどんなサービスなのか詳細は分からないながらなんらかのセックスワーカーらしかった。いくつか並んだその部屋はいわゆる「待機室」で、出入り口にドアはない。廊下から誰か別の女の子が、通りすがりに「おはよう」「おつかれー」などと声をかけてきてくれて、わたしたちもだらけたポーズのままで応えたりした。

どうやらひとりに一部屋あてがわれて、ここは友人(ルナさん、とその夢では呼ばれていた)の部屋のようだった。わたしはダメソファとブランケットとお菓子とバッグを持って、彼女の部屋に遊びに来ていたのだ。その部屋は硬質でシックなインテリアでまとめられていて、ルナちゃんの着ているセクシーな黒いドレスがよく映えた。耳には大粒のカットクリスタルのピアスが光っていて、それをきれいだなあとぼんやり眺めながら最近読んだ本の話をしているわたしのレモン色と白のワンピースだけが、なんだかのんきに浮いていた。

そのうちに黒服がやってきて、「あっやっぱりここでしたか。お二人ともお支度お願いします」と言った。探させちゃったかなと思ってあやまると、いえ、実はまっすぐこっちに来たんですよたぶん一緒にいるような気がして、と言って少し得意げに彼は笑った。

髪と化粧を直して、ふたりで部屋を出た。ふとルナちゃんが「あっ待ってシーナちゃん」と呼び止めて、頬にまつげが落ちてる、と言ってそっと摘んでくれた。貴重な資源が……と言って笑いながら、ルナちゃんの指はひんやりしていて、でも優しかった。

 

建物の前に出ると男の人がふたりいた。ルナちゃんの客は見たことのない花の大きな大きな花束を持っていて、薔薇のようなカサブランカのような、なんだかよくわからない花なのだけどとにかくきれいだった。わたしの客はアケビの蔓を編んだようなカゴにいっぱいのぶどうを持っていて、空いた方の手をつないだ。わたしの服を「すごくかわいい、ハイチュウみたい」と言ったのでルナちゃんとふたりで遠慮なく笑った。このおみやげはあとで分け合おう、と約束をして、空を見上げるとブルーとピンクがにじんで広がったような透明な色をしていて、そこに銀色に鋭く光る月が出ていた。きれいだねえ、と言い合って、しばらく4人で空を見ていた。美しい空に花のいい香りと、そこに時折ほんの少しルナちゃんの香水の香りが混ざって、幸福感に満ちた匂いに包まれていた。つないだ男の手のひらはしっとりとあたたかかった。

 

目が覚めてからもしばらく、わたしは空の色を思い出していた。いつまでもベッドの中にいたかったけれど、途方もなく縁起の良い夢に思えたので、わたしの商売運がかつてない高まりを見せているとしか思えないよこりゃ、と自分に言い聞かせながら出勤した。
が、しかしその日最初についた客はどちらかというと気分を害してくるタイプの人間だった。

若い頃の悪事(詐欺から性犯罪まで多岐にわたった)を自慢話にして朗々と語るものだから、心に厳重な戸締まりをした上でそうなんですか、すごいですね、と相づちを打つことに専念していたのだがどうも芳しくない。客の表情が冴えない。そうだろう、すごいだろう、と満足感を得てほしいのに、そして機嫌よくサービスを受けてもらって早く職務を果たしてしまいたいのに。たぶんわたしの態度が彼の求めるものではないのだな、と思った。「すごいですね」と言われるよりも、怯えさせ、怖がる表情を見たかったのではないか。

しまったなあ、と思い今後の作戦を考えていると、客のトークの方向性が変わった。昔の犯罪自慢から、「現在どれだけ稼いでいるか」「息子もどれだけ稼いでいるか」「自ら起業せずサラリーマンに甘んじている人間がいかに愚かか」にシフトしたのだ。あっ、と思い、引き続きわたしは「すごいですね」路線の相づちを打った。さっきよりももう少し心を込めて。
客も今度は満足したようで、きみもこんな商売からは早く足を洗って稼げる男の嫁になりなさい、長い目で見てそのほうが利益になるんだぞ、と言って頭をチョ〜ンと撫でて(?)きたので、ああ今がタイミングだな、と思い「そうですよね、なにもかも××さんの言う通り」としおらしくしてみせてから「でも甘いかもしれないけどあたしやっぱり素敵な大人の人に愛されたいな。だけどそんな人ってもうほかのだれかのものなんですよね」みたいなことを言ってそいつの金の結婚指輪を見つめた。思惑はきちんと通じ、それからは脇目も振らずプレイに熱中してくれたのでもうあとは淡々と仕事をするだけでよかった。愛されたいとか抱きしめられたいとかいう単語を出すと当然のように本番を要求されるリスクがあるが、それが可能な性能力はすでにない年齢だという読みも運良く当たったので事無きを得た。

自分の聞きたい言葉をわたしに言わせようと言葉を重ねるのではなく、わたしの「すごいですね」路線を見て自分の仕掛けるものを変える、すごいですねと言われて気持ちのよくなれる話題に転換する、そういうことができる人だった。頭のいい人だ、と思った。その頭のよさに助けられたな、とも。

でも、ホテルを出たら心の底からせいせいした。ああもうたくさんだわ、という気持ちだった。疲れていた。

コミュニケーション力は、まるですばらしい能力で技術で人徳で、それさえあれば人間関係を円滑に運ぶことができるかのようにいわれることも時々あるけれど、それが高いからといって隣にいる人がこころよく過ごせるわけではないのだ。

 

せいせいしながら車に乗り込むと事務所から電話がかかってきた。だっるいなーと思いつつ機嫌のよい声を作って「もしもしィ〜」と出ると、いつにない早口で店長がこう告げた。「今のお客さんが呼び戻してもう3時間いけるか、って電話と、本指名の△△さんの90分のオーダーと、ちょうどバッティングして今ふたりとも保留にしてる、どちらか選んでください」

ドキッとした。
一晩でそこまでのまとまった金額をポンと使うような新しい客は、店にとってもありがたい存在に違いない。呼び戻したいというほど気に入られたわたしに、よくやった、という評価も少しはしてくれているかもしれない。期待を裏切るのは得じゃないかも、と思った。おそらくお酒でも飲みながらなにか話したいだけで、もう肉体的な負担も少ないだろう。
対して△△さんは2ヶ月に一度来るかどうかというごくごく普通の勤め人で、わたしより40cmも背が高くてがっしりしているから何をするにもいろいろ大変で、そして90分ならそりゃあもちろん入ってくるお金も半分だ。わたしにも、店にも。

だけど口からはすんなりと「申し訳ないんですけど」という言葉が出た。

 

店長は「かしこまりました……たぶんそう言うと思いましたよ」とにこやかな声で言った。
××さんがあまり気のいい客ではなかったことを電話応対から感じ取ったのか、それともわたしが△△さんのことを誠実な客だと認識していることを知っているからかはわからなかったけど、少しホッとした。

 

もしかしたらあの人も、ひとりになったら淋しくなったのかもしれない。
もしかしたら、さっきとは違う気持ちでわたしと会いたいと思ってくれたのかもしれない。いい気なもんだがちょっとだけそう思った(いや、単に説教し足りなかったのかもしれないけど)。
でも、もうわたしにはバッテリーがなかった。さっきと同じ笑顔であの人の前に出るだけの気力が湧いてこなかった。心の中の出川哲朗氏がマイクマイクと叫んでいるのが遠くに聞こえた。
車はさっきの部屋の5分の1くらいの値段で泊まれそうな別のホテルに着いた。もう何回も会ってだいぶ気兼ねなくおしゃべりするようになってきたというのに未だにこの時だけは敬語になって「よろしくお願いします」と言ってくれる△△さんから両手でお金を受け取った瞬間に、バッテリーは充電された。これから90分、わたしはほかのなによりもあなたの笑顔が見たくて働く。

ベッドの上で息を切らしながら、これでいいんだよねえ、と思った。選ばせてくれるってことは、選んでいいってことだよね、わたし好きにしてもいいよね。ルナちゃんだってきっといいって言うと思う、絶対に言ってくれると思う。目を閉じてあの夢の中の香りを探すと、そこにあるのは少し汗ばんだお客さんの髪の匂いだけで、手をつないだら熱くて力強くて、それはそれでそれなりに、幸せだった。

マイクの元ネタは「イッテQ 出川 充電 マイク」などのフレーズで画像検索すると出てくるかもしれません。

 

2016-11-28 | カテゴリ: たわいないはなし | |  

 

ワーカーズライブ:奇妙な生き物

風俗嬢コラム Worker’s Live!!-Girls Health Lab: 奇妙な生き物1468242942875

ガールズヘルスラボの連載です。
かっこよくはなくて、得体がしれなくて、社交的でも明るくもなくて、何を考えているのかいまひとつよく分からなくて、でもカーテンの向こうにはなにか優しさがあるとちょっと信用できそうなお客さん、

……って、いいよね。という話をタミヤさんとしてたんですよね。それで「キモさやこわさと紙一重のところにある愛しさ」について考えているうちに爬虫類が出てきてしまいました。きもくてこわくてかわいい。

わたしは爬虫類が好きなほうなので、生きているイグアナがいるお家なんぞに呼ばれた日にはテンションがぶち上がってしまいそうですが、基本的にペットがいるお家でデリヘルを呼ぶときには一言申し出てくれたらありがたいなあと思います(だいたいのお店は電話で確認してるけど、忘れちゃったりもするし、あと飼い始めたときとかね)。犬や猫ならいいというものでもないんです。アレルギーがあるコンパニオンが来てしまって、その場でとんぼ返りしなくてはならなくなったらそれは三者全員の損失になっちゃう。わたし自身は犬も猫も鳥も、大好きなのにアレルギー反応が出てしまうなんとも淋しい身体なので、玄関先で不穏なにおいを察知する→かわいこちゃんが「だれかきた!だれ!だれ!」と飛び出してくる→ああっ撫でたい!!→しかし一刻も早く立ち去らなくては→ああああ撫でまわしたい!!!→ポカンとしているお客さん→すごすごと帰る という思い出がけっこうあります。

そういうとき、「じゃあ別の部屋に入れておくから」「うちの子はおとなしいから」「掃除ぐらいしてるから」ってよく言われるんだけど、そういう問題ではないって分かってほしい。触れ合わなければ大丈夫だと思われていることもあるけれど、決してそうとは限らないものですよね(わたしは「一緒に住んでいた彼女と先日破局し、飼っていた猫さんは彼女が連れて行った」という部屋で具合がわるくなってしまったことがあります)。
帰ることを告げたとたんにさりげなく悪態をつくのもやめてほしいものです……(お宅は客を選ぶんですか、とか)(俺が不細工だから逃げるんだろう、とか)(細工の具合はどうでもいいけど失礼な人からは逃げたいものですな♡)さすがにそんな人はたくさんはいないけど。もしかしたら、アレルギー全般を気合いの問題だと思っていて、自分がチェンジされたかのような屈辱感を感じたのかもしれません。そこまで説明して差し上げる時間はないので、耳を塞いで後ずさりするしかないよ。すごすご。


「俯瞰祭」ってなんかいい言葉。
わたしは、どうだろうなあ、仕事中にちょっと客観的になってることも確かにあるとは思うんだけど、だいたいはそれどころではないような気もします。それか、高速で絶え間なくばばばばばっとスイッチングしてるかもしれない。サブリミナル的に挟み込まれる俯瞰の図。
すべて終わってドアを閉めた瞬間、シュン、と切り替わってものすごく突き放した視線で振り返っちゃったり。
良くない意味で気の抜けないお客さんといて、内心でずっとピリピリ警戒しながら、その場で対策を練り演技プランを立てては即実践し、結果をみて次の手を考えて、という感じになっている余裕ゼロのときになぜか「あーあ、この人ぜったい似たようなことでたくさんの女の子に嫌われてきたんだろうなあ」なんて0.01秒思ってしまったり。これはたびたびありますね。

機嫌を損ねないようにこちらに不利な要求をはねるとか、そういうことがメインの仕事になっちゃってるとき。交渉していると相手には感じさせないように、交渉しなくちゃならないとき。
そういうときは、とっさの俯瞰や客観視の果てに従順と寛容が混ざってよくわからないものになってしまうことがある気がします。
無関心の強い支えによって従順になれることもとても多い。それから、諦念も。あきらめの気持ちがわたしを優しい女にすることはよくあります、お客さんにも、お店にも。

それにしてもホームページの売り文句に「従順」と書かれるって、おそろしいよね。

ああそれから、これは良心的なお客さんとでも起こるけど、触れ合っている最中に「人間ってへんな生き物だなあ」としみじみすること、これはとてもよくある、椎名あるあるです。
なんでこんなカタチして、なんでこんな動きするんだろう、って。ずっと見てるとちょっと気持ちわるくて、ちょっと神聖で、ちょっとやっぱり可笑しい。
仕組みを知ればきっと納得するような合理的な理由があるんですよね。だいたい人体っていつもそう。それどころか、なんてすごいんだろうって途方に暮れてしまうほどの宇宙みたいなシステムが、このちっちゃな骨と肉と皮のところ、細胞のひとつひとつに詰まってる。一方でまだまだ謎のまま、てんで可笑しいまんまの謎もちょっとあるところもおもしろいです。人体の小宇宙〜みたいなテレビ番組けっこう好きです。

そしてまりあちゃんが言ってたみたいな、「お互いを思い出すこともなく、運命にかかわることも特にない」くせに「この人の興味と快感が欲しい」。っていうやつ、この辺は個人によってとても違ってくるところだと思うけど、わたしにはしばしば自然に起こることなので、変なの、っていつも思います。変でおもしろい。お客さんがわたしの身体やなんかにふとした執着を見せてくれるときも、ああおもしろいな、って思うことは多いです。とっくに射精してしまっていても、身体のどこかをそうっと、宥めるように撫であうことってよくありますよね。なんでさわりたいの、と聞いてしまえばたぶんあまり考えずに「きみがかわいいからだよ」とか「おれ男だからしょうがない」とかのすぐ言える答えをツルリと答えて済まされてしまうんじゃないかと思うけど、それでは説明しきれていない気がして。
ちがう人間の皮膚がくっついたときになぜか生まれる不思議な気持ちよさが、家族でも恋人でもないわたしとであっても得られることを知っているから手を伸ばすのではないかしら。満員電車ではだめなのに。そのくせ、多くの人は「愛する気持ちがあってこそスキンシップはよいもの」「築いてきた絆があってこそセックスは」と言いたいように見えます。
ほんと、へんな生き物です。

 

ずっと前のことだけど、それまでわりと淡々とサービスを受けていたお客さんが、すっかり着替えてあとは帰るだけ、となったわたしに向かって「いま自分の心に『帰したくない、名残惜しい』って感情が生まれてきて驚いています」と言ってくれたことがありました。
女性との性的な接触によって快感を得る目的で利用したつもりだったし、相手については自分の性的興奮をそがない容姿でありさえすればそれ以上は興味がなかった、と。けれどわたしに対して「いろいろしてくれてどうもありがとう、もっと一緒にいたい、好かれたい」という気持ちが生まれた、プロに対していわゆる擬似恋愛を求めたり、さらに恋愛感情を持ってしまう人をどこかで下に見ていたけれど、自分にもエモーショナルな衝動が起こることがわかってびっくりしている、考え方が変わる気がする。
そんなようなことを、さらりと笑顔で言ってくれた。
嬉しかったです。その人が、会ったことのなかったご自分と出会うところに一緒にいられたことも、もっといたいと思ってくれたことも。

知らないへんな生き物どうしでさわりあって笑顔になって、ときどきお互いにふと自分を客観的に見ちゃって可笑しくなったりもして、そしてなんだかんだで幸福感など感じちゃったりするなんて。この生き物あなどれません。ちょっと、いえかなりきもいし、どうにもこわいですし、そしてどこかかわいい。

いろいろ大勢の人にとっての「ゆきずりのへんな生き物」になる身としては、せめてできるだけ寛容で気のいい生き物でありたいものです。

 

来々週には愛し愛されて10年後には彼氏になりたい

さいきんわたしのくせに真面目なことばかり書いていてほとほとうんざりぽんなので読んでも何の役にも立たないどーーーーーでもいいことをダラダラと書きなぐりデトックスします。。役に立たないってもう言ったからね!

 

大みそかの夜……いかがお過ごし?(ミル姉さん)
わたしはもうなにもしません。もう決めたもん。なにもしない。だいたい日付の感覚はあまりない生活をしているので、ふとNHKのニュースで「今年も残すところ」とか言ってるのを聞いてキョトンとするばかりの毎年です。むかしむかし年中無休の店に勤めていたときは、お手当てにつられて働いたこともあったけど……いまにして思えばがんばってたなーって思う、ほんとに。官公庁がお休みしてるような日付って極端に普段と客層が変化したよね。スイッチの入っていないピンクローターをあばら骨あたりにグリグリと押しつけられ「ねぇイク?イッていいんだよ?」と迫られた、そんなわたし史に残る思い出もあれたしかお正月のことだった。やばかった。

家の中にひたすらこもることで浄化される疲れってない?
はー豆を煮てパンを焼いて(部屋を暖める目的を大いに兼ねている)たまにテレビでアメ横の様子を見て「ううぇ〜人すごい〜」とかのんきに言ってたいわいつまでも。ゆく年来る年をしみじみした気分で観ましょうかなんて思ったのに蒼白い雪の中に佇むお寺の美しい映像にうっかり「ほげ〜寒そうすぎてムリ〜」とか言って台無しになりたい。昔の大みそかの映像をYouTubeで見たりしたい。ああWが出た年の紅白がまた見たい。触覚がピヨンと生えたあの可愛すぎる若草色(だったっけ……)の衣装が。スキスキスキスはむげんだい〜。

何年前のことか忘れちゃったんだけど、11月くらいにね。
もう何度目か呼ばれてるちょっと仲のいいお客さんに呼ばれたときね、お風呂セットしながら「アタマのなか♪ほとんどっ♪彼〜氏〜♪」って歌ってたの。ちょう機嫌よく口ずさんでたの。

なんだろ、わたしはこれから起こることが楽しみでほんのりときめいているのであなたも緊張しないでくださいね、というメッセージをうっすらと伝えるためのちっちぇー作業っていうか、曲は別にそれじゃなくても明るければなんでもいんだけど、その人が「20代のころはいわゆる『モーヲタ』でして」って言ってたことあったから、でもなんかそのときモーニング娘。の歌をとっさに何も思いつけなくって季節的にちょうどよかったプッチモニになっちゃったっていうなんかそんな感じ。聞こえても聞こえなくても、拾ってくれてもくんなくても別にどっちでいいようなもうまじでちっちゃい些細などーでもいいことなんだけど、その人クククッて笑いながら「シーナちゃんも彼氏がほしいの?クリスマスまでに」とか言って。拾って。んーまさかそんなこと言うわけないよねごめんね、的なニュアンスまで含めて言って。だからわたしもウフウフ笑ってさあ、その時なんかちょっと魔が差して、通じるかどうか分かんない、たぶん通じなさそーな発言を「試しに」みたいなノリで言ってみちゃって。

「ちがうんですよーあのねー。彼氏が欲しいっていうか、んー、どっちかっていうと彼氏になりたいんですよ、わたしは」って。わっかんないよねふつう。

そしたらお客さんがああ!!!って顔して「あの、わかります、わかるよ!」ってパッと目とか開いちゃって、なんかもうこれ以上言葉でなんにも言ったりはできないけどすっごい共感してて、その共感をすっごい信じられる!って状態?みたいの?ができあがっちゃって、ふたり静かにそのちょっとした『わかり合えた感』を噛みしめたの。その数秒間がちょー楽しかった。すっごいにっやにやしながら。あはは。

これってお互いが「ぴったりしたいX’MAS!」を知ってて聞いたことあって、ある程度理解してるっていうか、あの頃のプッチモニの感じをぼんやりとでも好きでなければ持てない感覚だよねきっと。似たような回路を持っている同士というか。あ〜趣味の集まりから芽生えた恋愛ってやっぱいいかも……有野さんの奥様もゲーム好きってWikipediaに書いてあった……などと余計なことポヤ〜ッと思ってた。

あとねー、別のとき別のお客さんが、突然「ホームページによるとあなたは後藤真希さんと同じ誕生日ということでしょうかッ」とかなんかそういう独自のポイントになんらか見いだしたっぽくて、やたら興奮してたことがあって……そこはプロフィールに誕生日ついてる店でね、やめたほうがいいと思うんだけどそういうの、生年月日とかだだ漏れなのよくないもん、いや嘘つけばいいんだけどみんながみんな危機回避能力あるわけじゃないしあったとして回避しきれない常軌を逸した相手ってたまにだけどずえっっっっっったいいるからさ、んでわたしは思いつきで10月20日って適当に記入してたからそういうことになっちゃって。ただああいうのはあった、なんかこう、あたしゴマキと誕生日が一緒で〜、みたいに、こう、話がね。何分間か間を持たせるのに使えることもあるかもっていう。そういうチマチマした打算ていうか。

でね、でね、もう適当にそうなんですよーとか言って笑っておくより他になかったんだけど、「えっと時々カラオケで歌いますよ」とか小さなサービスをついてさしあげたりして和やかに会話してたの。なんかその人それまで全然しゃべってくれなかったのが突然すごい喜んだからわたしも嬉しくなって。何かの曲のフリをちょろっと歌ってみせてあげて「あー懐かしい」なんて言ってみたりして。そんで「だって高校生の頃1万回歌いましたもん」とか言ったらさ、その人真面目な顔して「高校3年間で10000回ですか?それでは月あたり277回に」とか言い始めちゃったの。そう。そいでいやーやばーいどうしよーってなって、慌てて訂正して。嫌味とか揚げ足とかは全然思わなかった、そういうんじゃなくて、あーそういうところを厳密に扱うタイプの人だ!!わたしとは全然違う回路なんだ!!って思って。

ちがうんです、そのう、仲の良かった友達と何度も何度も練習して歌った思い出がほんとうに楽しかったなって記憶に残っていて、もう1万回にも感じてしまうほどに繰り返し思い出してはあの頃を愛しく思っている、っていうことを、言いたかったんですー。みたいなね。そりゃもう一生懸命に言い訳したの。真面目に。ははっ。

そしたらお客さんはやっぱ真面目な顔して、「シーナさんはとても文学的な表現をされるのですね、僕はそういう感性がありませんから尊敬します」って言ったの!予想外の文学扱いがきてもうあせっちゃって。それからなんだかんだ学生時代の話とかしたのかな。ごっちんを好きになったきっかけとかも話してくれて、あーその時のそれわたしも覚えてます、かわいかったですよねえ、なんつったりして。

だからさー……なんだろ?
同じような回路があったり全然ぜんぶ違う回路があったり、別にどっちがいいとかじゃないんだけど。どっちもどっちでコミュニケーションの楽しいとことか難しいとことか、うまくいったりいかなかったり普通にどっちもあるんだけど、なんかお客さんと「ちょっと昔の話」ができるってなんかいいな……と思ったの!これが本題!
あとハロプロってやっぱりすごいよねー。あ、ごめん、これがいちばん大事なことだわ。これ本題。

年齢が19歳とか20歳とかだったときはさ、あ、えっと、営業用の? だったときはさあ、そういうことってあんまりなかったもん。それが20代後半くらいになってきたら「10年前の話」みたいのができるようになって、それがけっこうおもしろいなって。これで店変わったり客層変わったらまた違うんだろうけど。んー10年前に物心が付ききっていた人どうし、で話ができるって言ったらいいのかな。にぎわうmixiを知ってる人どうしって言ったらいいのかなー。レミオロメンの粉雪ってたぶん10年前じゃない? 誰か言ってたよこないだ。あの曲思い出すと2005年の冬の思い出とか、居た場所とか、あった出来事とかつきあってた人のこと一緒に思い出して、思い出すんだけど、でもしかしそれはそれとしてやっぱ頭の中は結局コナァァァァァ!!!に支配されちゃう人どうし、の変な連帯感って、なんか、なんかあるじゃん……!!(笑)あ、 10年前の僕らは胸を痛めて愛しのエリーなんて聴いてた感といってもいい。ふふふ。
愛し愛されて生きるのさのときはさ、「10年前」を思い出すとか不可能だったから、子供だったから。10年前っていうのの捉え方自体がよくわかんなかったしうまく想像できなかったけど。今は分かる気する。10年前のすごく近いところも、すごく遠いところも、あとそれでも夢から夢といつも醒めぬままなんだってところも。手を繋げた時は過ぎてしまったってことも。

「10年後」ってどうなんだろー。10年後の何月にまた会えるの信じて〜、みたいなロマンチックさ? ときめき? みたいのって、ある? わたし10年後とか言われるとついついシビアなことを先に思い浮かべちゃいそう……視力とかきっとそろそろ落ち始めてるのかな……みたいな。あとB型肝炎ワクチンの抗体まだ効いてるかなーとか。あはは。いったいいつから10年後よりも10年前が甘酸っぱい言葉になっちゃったんだろう。

あとねあとね、10年前とは言わないけどたぶん2007年頃、わたしが本当に仲いい女の子とバラライカとかロボキッスとかあとあれ、好きすぎてバカみたいを歌ってた頃、あっでもこれ放課後のカラオケとかじゃなくて深夜のデリの待機室なんで。うん。そうその頃にはさ、2015年にお客さんと「誰がなんと言おうとやっぱり加護ちゃんの歌はうまい」「そうだそうだー!」なんて話してるって想像できなかったよね!!つい最近した。そういう話。すっごいしみじみしちゃった。未来にきちゃったなって。ウチらが住む未来だぜレツゲーダッ。

mixiっていまどんなムードなんだろう。足あとってまだあるんだっけ、なくなったんだっけ、なんなんだったっけ。なんかこの足あとどうこうって話題自体がひどく古いような気がする。

あー加藤くん元気かなぁ。
加藤くんてねー、ちょっと年が上の友だちがいたの。mixiの名前をときどき変えて笑いをとってたんだよ。なんかね、自他共に認める非モテキャラとしての地位を確立していた男の子だったのね。電話すると「もしもしこちらブサイク」とか言って出てた。はは。
あの、ある日突然mixiの足あとリストに「エミネム」って出てきて、クリックしたら加藤くんだったんだよね。それだけのことで延々と笑い転げてた。んで加藤くん友達が多いもんだから、渾身のダサいTシャツにボサボサ髪でさらに変顔して写った加藤くんの写真、それを雰囲気だけはアーティストっぽく今でいうインスタみたいにオシャレ加工した写真があって、下に「エミネム(83)」とかってまるでおじいちゃんみたいになってて、それにもまた笑わずにいられなくて。もうそんなことばっかやってんの。加藤くんのホームに行ったらみんなこぞって文句を書き込んでたよね。ほんと愛されてた。

大人数で遊びに行ったときについてきた加藤くんの友達の男の子がずっと口説いてきて、その人はわりとモテそうっていうか、モテようとするタイプの人で。わたしはあんまりときめくような感じではなくて、でもまあ、角が立たないように接してたの。そしたらわたしの携帯にメールきて、「ユリちゃんになんて言ってるか知らないけどそいつ彼女いるんだ、ごめん、気を悪くしちゃったら、だから何って感じかも、別に好きになんかならねえよって感じかもだけど、その、ごめん、ブサイクが出過ぎたマネしてごめん」みたいなしどろもどろのメール。あはは。優しかったよ、加藤くん。

元気だといいな。元気で長生きしてほしい。たしかお互いにCDか本か借りたまんまになっちゃったんじゃないかな。
なんかそんな気する。何を貸したのかも全然おぼえてないけど。

あ、アップルパイ焼ける。食べよう。DEAN&DELUCAのアップルパイスパイスのブレンド加減が好きです。シナモンもナツメグもクローブもあるんだから無駄遣いだよ……と遠慮していた日々は無意味であった。
終わります。加藤くんのことを思い出したまま終わります。

2015-12-31 | カテゴリ: たわいないはなし, むかしのはなし | |  

 

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