書いたもの

ワーカーズライブ:元気ですか

ガールズヘルスラボにて、10月のワーカーズライブを担当しました。

風俗嬢コラム Worker’s Live!!-Girls Health Lab: 元気ですかhttp://t.co/9Yh426NGAK

前月に御苑生さんが書かれたSex Workerが観るSex Work映画〜番外編「入院しています」を読んで、名前にまつわる何かを書きたい、と思っていたのです。

 セックスワーカーにとっての「本名」というものの重さ、それがどんなに重要なものか、当事者にとっての切実さに比べて一般的には理解されていないのかもしれない、と思います。そうです、日頃お客さんが何の躊躇いも気兼ねもなく軽〜く聞いてくるからです。ふふ。
twitterで本名を守るセキュリティの話をした時も、「なぜです?別にいいじゃありませんか」と言われたことがあります。あれこれ細かく説明する気力がなく「お客様が全員良い人とは限らないですから……」という答え方をしましたが、納得していただけなかったようでした。具体的な想像が全くできなかったのでしょう、本名にはさまざまな使い道があるということ。それを教えることでなにを明け渡すことになるかということ。

本名は、それ単体では大した意味を持つものではありません。わたしがタカハシカヨコだろうとカワムラエミコだろうと、世界の大多数の人には関係ありません。ですが、それが勤務先と源氏名と、そして顔と。紐付けされた途端、大変デリケートな情報になってしまいます。気にしすぎだと笑われようと、誰も守ってくれはしませんし、用心しすぎて怪我をすることはありません。
接客中、「じゃあまず名前と出身を言って」と、なにかのインタビューのように言われたことがありました。わたしはすぐに「盗撮もしくは録音されている」と警戒しました。実際には何もされておらずただの趣味の一環であったかもしれませんし、客を疑うとは、と責める人もいるかもしれません。しかし、わたしの警戒を間違ったものだと言われる筋合いはないのです。

それに、せっかく源氏名を用意して、対価に応じた範囲内で、お客様の私的な領域を出来る限り守った上で一回使い切りフレッシュパックの親密な関係を後腐れなく提供しようとしているというのに「本当の君が知りたい」などという安っぽい言葉で雑な化粧をした好奇心を満たしてさしあげるような義理も、ありませんしね。

 

本名の重さを分かっているセックスワーカー同士が、それを交換し合うこともとても珍しいことです。全員良い人と限らないのは、働いている人だって同じですし、挨拶以上の人付き合いをしないと決めている人も少なくありません。自分のことを話したくない人も、いずれこの仕事を辞めたらその期間のことはなかったことにしたい、そこで知り合った人とのつながりもなくしたい、という人もいますし、その気持ちはどんなときも尊重されるべきです。
なので「友だちになろう」というニュアンスを表現すること自体がとても難しく、名前を教え合って友人関係を発展させられる機会なんていうのはもう、いろいろと条件が揃って風が吹いたときだけに起こる、とても得難いものなのです。

わたしにも何度か、そういった経験があります。この原稿の女の子たちのように、遠慮し合いながらも本名を交換し、親密になれたこと。

ですが、わたしの場合は、苦い結末が待っていました。
その女の子(Aちゃんとしましょうか)はまだとても若くて、素直で心優しくて、「擦れていない」という言葉がどこまでもあてはまるような女の子でした。だから誰からも愛されていたし、わたしも可愛く思っていました。Aちゃんを含めた当時の仕事仲間はとても仲良くなり、待機室でいろいろな話をし、いくつかの個人情報を明かし合い、仕事の後にご飯を食べに行ったり、プレゼントを交換したり、その年頃の女の子が友だちとするようなことをしていました。

ある日、わたしの個人情報がネットの掲示板に書き連ねられている——罵詈雑言とともに——のを、別の女の子(Bちゃんですね)が発見しました。それはわたしが、待機室でしゃべったことでした。

書き込んだ犯人は特定できました。Aちゃんの大ファンのお客さんでした。彼女は、わたしとの雑談で知ったことを全く悪気なくその人にしゃべってしまっていたのです。彼女の熱心なファンだったお客さんは常々、あの子がいるせいでAちゃんが指名ランキング上位になれないね、とAちゃんに言っており、優しいAちゃんは「そんな風に言わないでほしい、シーナちゃんはとてもよくしてくれるのだから」と一生懸命に反論し、その話の中でわたしのことをいろいろと話したのだそうです。わたしを慕ってくれていたBちゃんは泣いて怒り、あんたのせいでシーナさんは取り返しのつかないことになった、責任を取れ、とAちゃんを責めました。いったい何の目的で秘密をベラベラとしゃべったのか、と問い詰められたAちゃんは、やはり泣きながら「シーナちゃんを嫌わないで欲しかったから」と答えました。

自分の個人的なことが強い悪意を持って晒されている様を目の当たりにするのは、たいへんに恐ろしく、おぞましく、嫌悪感と恐怖に満ちた経験でした。例えばわたしの年齢設定が21歳なのに対し本当は24歳であるということ(これは業界の習慣としては比較的良心的な部類に入るサバ読みで、またほとんどのお客様方も気にしない程度のものです)が暴露され、ババア、くそババア、更年期ババア、などと書かれていたあたりが比較的薄味な例です。
人間は、自分が絶対に脅かされない安全地帯にいると分かっていると、抵抗なく軽やかに他人を侮辱する言葉を紡げるようになるのだなとわかりました。
Aちゃんは自分のことも何ひとつ包み隠さずお客さんたちに喋ってしまっていたのだろうか、と思うと、責めることはできず、かといって「気にしないで」なんて言うことも、できませんでした。

わたしはその店をやめました。
店の備品のバスタオルを口に押し当てて、ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きじゃくるAちゃんの姿を今でもはっきりと覚えています。
ほとんど同時にBちゃんもその店を去りました。内輪揉めでブチ切れして泣き叫んだ人、として同じフロアに入居する他店の人々の間でも有名になってしまい、居づらくなったのかもしれません。

 

今回の原稿では、ハードルを越えてプライベートに一歩踏み込みあうことを、美しい瞬間として書きました。ですが、手放しで「心を開くって、友だちになるっていいね」とまとめることはできません。そのことも表しておきたくて、この文章を書きました。セックスワークはその専門性により同業の者たちが情報を共有することがとても有用な仕事だと思うのですが、にも関わらずたいへんに孤立しやすい状況にあります。そのままならなさの根元には、さまざまな形の悪意や蔑視を向けられる機会が非常に多い職業だということが関わっているように思います。ストーリーは創作ですが、背景にある現実の問題についてひととき思いを馳せていただければ、とても嬉しいです。

 

余談です。後半に出てくるお客さんは、わかりやすい「なにやらみっともない人」として書きましたが、でもこれってきっと、接待系の業務にあたる人なら年齢や性別に関係なく覚えがあるであろう、平凡なやり取りなんですよね。びっくりしますね。本番強要や暴力行為に比べればまったくかわいいものですし、どんな甘え方をしようと自由ではあります。しかし正直なところこういうもの言いをされて優しい気持ち、あるいは能動的にプレイを楽しみたい気持ちになれるとは、やっぱり、言いがたい……ので、「一緒に気持ちよくなりたい」と本当に思っておいでなのであれば、おすすめできません。甘えたいが、お前のいる地面まで降りてやる義務はないぞ、という態度は、だいたいうまく行かないものです。

特に「俺は紳士なので嫌がることはしないのだ」とわざわざ宣言なさる方は多いのですが、大切なのは嫌がることをしないと言うことではなく、実際にしないことです。それは嫌なのです、と相手が表明したときに、反論や抗議や制圧の前にまず「ごめんなさい」と言うことです。それから説明をしても、誤解をとく時間はあります。これができない方が多いのです、それなのに「嫌がることはしない」とだけ押し付ける(そこには「だから自分に好意を持て/特別なサービスをしろ」というニュアンスが含まれています)ことのみっともなさ、わかっていただけるでしょうか。

あなたが嫌なことをしたくないが、気づかないうちにしてしまわないとも限らないし、嫌なこととは人それぞれにあると知っている。だからどうぞ率直に言ってくださいね、我慢しないで教えてくださいね。わたしたちのほとんどは、そういう気持ちでいます。お客様側の方も少し持ってきてくださるととてもありがたいですし、言語であれ肉体であれ、よいコミュニケーションはそういう気持ちのある場所にのみ生まれると、わたしは思います。

 

ワーカーズライブ:彼女はアイドル (You are an Idol)

ガールズヘルスラボにて、6月のワーカーズライブを担当しました。

風俗嬢コラム Worker’s Live!!-Girls Health Lab: You are an Idol

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仲の良い女性2人のやりとり、というのがわたしは好きで、それは街中でふと断片的に耳に入ってくる会話でもなんだか詩のようであったりしますし、創作の物語のモチーフとしても、好きなもののひとつです。

とくに「パッと見た感じだけでいえばタイプの違う、仲の良い2人の女性の会話」というものにひかれます(自分も日々行っているはずのことであるにもかかわらず、物語を見出したくなるのです)。それも、思慮深いしっかりものと、やや危なっかしくて個性的な正直もの、という組み合わせがつい目に付きます。

子供の頃、待合室にはゴシップ週刊誌か幼児向け絵本かハードカバーの小説しかなかった近所の歯医者さんで、それでも表紙の色彩のあかるさに小学生にも読めるかもと希望をみて手に取ったのが、吉本ばなな(現・よしもとばなな)の「TUGUMI」でした。がんばって読み進めようとしていたら、院長先生(かれはクラスメイトのお父さんでもありました)が、それ、持って帰っていいよ、と言ってくれた本。あれも、たしかそうですね。

最近では竹内佐千子著「2DK」が好きです。「あんたはきなりちゃんに似ている」と言われ、ええーわたしあんなにはじけているかしらと思ったのですが、見渡すとわたしの人生のどの時代にも、こむぎちゃんのような頼れるチャーミングな女の子がそばにいてくれているので、もしかしたらそうなのかも、と思い直しました。寝起きの悪さと、ぼーっとしてお茶をこぼすことは確かに心当たりがあります。目を開けたまま眠ることはまだできません。

 

さて、わたし自身の話をすると、愛梨ちゃんと同じように、「お客さんに刃物を向けられた」経験が、残念ですが、あります。まだ仕事を始めて間もない頃のことでした。やはりお客さんの方としては刺したり切ったりしたいわけではなく、あまり考えずにとった行動だったのだろう、と想像しています。
その時はわたしの考える力が弱く、冗談のふりをして切りつけられる可能性や偶然のふりをして切りつけられる可能性に思い至るより前に「なんて変なことをする人だろう」「どう対応すればいいんだろう」あたりでひたすら困惑するのみにとどまったため、愛梨ちゃんのように警戒を見取られて逆上される、といった事態は免れました。
数日経ってから、自分はなんて怖い目にあっていたのか、と気がつきました。
いま同じことが起こったとしたら、最初から恐怖にすくむことでしょう。

 

ガールズヘルスラボ主宰のタミヤさんからは、公開の際にtwitterでこのような言葉を寄せていただきました。

追い討ちをかけるような心ない言葉、というのは、セックスワーカーなら誰しも覚えのあることでしょうし、そうでない人にとってもまたよくあることではないでしょうか。しかしそれにまで立ち向かってゆく力というのは、なかなか湧いてこないものです。せめて、せめて、多くの人がそれぞれにとって「彼女」のような存在を得ることができれば、と願います。

弥生ちゃんが同業者なのか、非セックスワーカーなのかは、はっきり分かるように書きませんでしたが、ありがたいことにわたし自身はその両方のすばらしい友人に恵まれています。彼ら彼女らに話を聞いてもらえたときの安心や、わたしを不当に傷つけたできごとに対し一緒に怒ってもらえたときの感謝は、心の中で積み重なってわたしだけのシェルターとなっています。

 

それから、愛梨ちゃんが見たがっていた7時からのテレビは、たぶん鉄腕DASHです。あんなふうな、同じ秘密基地を持つ近しい男の子どうしが語らうようなやり取りも、また好きな物語のひとつです。

 

 

【追記あり】ワーカーズライブ:お肉を食べる日曜日

毎月1日更新のワーカーズライブ、今月はわたしの担当でした。

Worker’s Live!! – お肉を食べる日曜日

このメッセンジャーログ形式には「LINEじゃないの?」とのご意見をいただきがちですが、LINEではないのです。メッセンジャーなんです。なぜなら、俺とパンダが好きだからです。とりわけこのコーナーのことが大好きだからです。みんなも読むといい。そして大人の皆さんはYahoo!メッセンジャーがこの3月で歴史に幕というニュースに過ぎ去りし時の長さを想ってしんみりしてしまえばいいんだよ!我々は今日も年を取っているぞ!

ええと、メッセンジャーがよくわからないナウでヤングな皆さんはパソコン版LINEだと思って読んでくれて大丈夫です。同じです。既読はつきませんが「相手がメッセージを入力中です」みたいな表示が出ます。どうだい便利だろう。

 

ユリコとヒロカズには2年前にも出演してもらったことがあります。

Worker’s Live!! – 彼氏・けじらみ・メッセンジャー

片方が風俗業に就いているカップル、というのをイメージしたとき、この2人のような関係はあまりリアリティがないと受け取られることもあるかな、とも思うのです。「本当に愛しているなら、辞めさせたいと思うはず」「辞めさせないのはお金が目当てだからに決まっている」という考え方がそれなりに普及しているし、そのような考え方に基づくなら、ユリコちゃんは全然愛されてなんかないしヒロカズくんはひどいやつ、ということにもなりかねません。

ある人にとって、パートナーが仕事として自分以外と性的なコミュニケーションを行うことが苦しみであるのなら、そのつらい気持ちそのものを風俗で働く人への差別心と同じに並べることはやはりできません。また風俗で働く人が、パートナーにそれを責められたり退職を勧められなかったために「ということは、自分は愛されていないのだ」と思って落ち込んでしまうケースも、中にはあるだろうしそれもまた辛いことだとも思います。
ですが、現職のセックスワーカーは誰との恋愛も成立しない、交際が継続される場合は愛情そのものが正しくない偽物である証拠だ、というふうに他人が判定することは、これも決してできない、してはならないことだとわたしは思います。

なにを職業としてどう働くか、最後に決定するのは本人の意思、本人の選択で、愛が理由であろうとも他人がそれを曲げさせたり支配することはできません。
(その「本人の選択」がなにかに狭められたり妨げられたりした結果のものだってことも少なくないけれど、そこはまた別の問題で。)
それに現実的な話をすると、風俗で働くに至ったその人ごとの理由を、パートナーの「愛」が補填できるケースって、そんなには、多くないと思うのです(できるならば、もちろんそれはとてもよいことです)。

 

この2人みたいなカップルなど本当にいるだろうか、と思われるかもしれません。でもまったくの荒唐無稽なものでもないはずです。わたしがこの業界で働き始めてから交際した相手はみなさんだいたいこんな感じでした。
仕事中の苦労をぐちってみたり、顧客から感謝を伝えられていっしょに喜んでみたり、馴染みの指名客が身体を壊したときにはひそかに一緒になって心配したり、そんなこともありました。

誤解されたくないなと思うのは、わたしと恋愛関係になった後も「仕事を辞めてくれ」と要求しなかったからといって、わたしの恋人たちが「何も感じていなかった」わけでは決してないということです。
わたしが風俗で働くことを手放しで歓迎していたわけでも、何をしようと個人の自由だからと無関心であったわけでもありません。
彼らの心の中にはそれぞれに、長い時間考えて辿り着いたものや、辿り着かずに積まれた課題があったと思います。わたしと同じくらいに。とてもここへ書ききれないほど多岐にわたって、心配や問題は山積みです。それらもまた、愛ひとつでどうにかできるものではありません。
たとえば、恋愛には肉体関係が伴う場合が多いですから、セックスワーカーとそのパートナーには健康面での課題も生まれます。たとえば、時には友人知人に紹介するにあたって、別の職業についている設定にするような場合もあります。
これらを「セックスワーカーとそのパートナーは衛生管理や健康に無頓着で、友人を騙しても平気でいる非道な人間だからそういうことができるのだ」とすんなり結論づけられることもあります。それはとても悲しく、苦しいことです。

 

内心では大きな苦痛がありながら、わたしの職業選択を尊重するために何も言わずにいるのを見過ごしているとしたらいやだなあ、と思い、そのときどきで交際中の相手にきいてみることがあります。

「わたしが風俗で働いていることが本当はいやですか?」という質問はプレッシャーを与えてしまいそうなので、かわりに「わたしが風俗で働いているがために、あなたにとっていちばんマイナスになっていることはなんですか?」と。

「こゆりちゃんがどんなにお客さんのことを案じていても、満足させられるように心を砕いていても、それをはなから踏みにじることしかしないような人間がいるということ。そういう人が顧客になる可能性をなくせないということ。そこに対して、僕が何もしてあげられないということかなあ」

そんなような答えが返ってきて、嬉しくもあったし、でもなんだかつらくもありました。
わたしもまた、それ(そういう人が顧客になり、こちらを傷つける可能性)に対してどうすることもできない、無力でしかないから。
今はまだ、無力さをわかちあうしかありません。

 

さて、Yahoo!メッセンジャーは3月で終わってしまいますが、msnメッセンジャーは今どうしているのかと思い検索したところ、とっくに終了していました。ああ。我々は今日も年を取っている。

ですがわたしがいちばん懐かしく切なく思うのはいちばん先(2007年)に消えてしまったデリポップです。
デリポップ、青春でした。今でもあのポロリロポロリン♪という音が心で鳴っています。大富豪になったら復活させたいウェブサービスのリスト上位にいつもいるデリポップ。

ニフティはデリポップなき後も「ドーナッツ!」を残してくれているので(超ありがたい)、今でもマイボーやノッキやウーリーに会えます。書籍も出ていて、2冊とも何度も読んで大切にしています。ドーナッツタウンはわたしの心の中にあるよ!!

オンライン絵本「ドーナッツ!」

 

【追記 2/5】( 一部不明瞭な表現があったので加筆修正しました。本文中の「無力さをわかちあう」ことをロマンチックに捉えた肯定的な、賛美するようなご感想を何通かいただき、わかちあえる関係についてよいと感じていただけたのなら、ありがたく思います。しかし、無力さをわかちあうこと自体は決して喜びではありません。わたし(たち)は客となった人からの侮辱や暴力をおそれていますが、誰もがそうであるように事前に回避する手段を持ちません。その不当で不本意なおそれを前にささやかな連帯を得られたとして、「災い転じて福となす」とは違うものなのです。特に第三者から「世にある差別のおかげで絆が深まる」といった評価を受けるのはたとえご冗談であっても非常に悲しく思い、また憤りを感じます。配慮をいただけたらうれしいです。

 

 

ガールズヘルスラボ2013-14

さっきアイラブインターネットと言ったばかりですが、昨年の終わりから年始にかけてはだいぶネットから離れていたのでした。いいんだよ、離れて育つ愛もあるんだよ。
しかしインターネッツ界で最も愛するサイトであるGHLのワーカーズライブにすばらしい原稿が登場しているのに何の告知もツイートも拡散希望もできてなかったことだけ胸にひっかかっていたので、ここに自分の感想をメモして罪滅ぼしにしようと思います。

風呂と乾燥と肌のケア (綾瀬麗次さん)

綾瀬さんが書く売り専の日常シリーズ、「そっか、そっかあ、いっしょなんだ……」って思って読んでる。男性が男性に売るお店は知らない世界で、そこで働く友だち・知り合いも綾瀬さん以前にいたことはない。でもきっと、そこに横たわってるじゃまな困難や理不尽やささやかなよろこびにはわたしのいる場所とおなじものがあったりするのかな、あったりするんだろうな、ってぼんやり感じていたことを、ああ、やはりそうなのだ、と学べる感じ。
今回はそれにくわえて、あーそっか、そうなっちゃうんだ!ってハッとさせられもした。
シャワーの後ぼボディ用化粧品は(そりゃあ自宅でのお手入れみたいにはできないけど)、わたしたちはやりようによってはプラスの印象をもたらす小道具にできることもあって、塗る姿が美しく見える箇所を選んだり、そういう工夫をする余地もある。でも売り専だとケアをすること自体に「男らしくない」っていうのがついてきちゃうんだなあ。超必要なのにね、保湿。風俗業とは細胞間脂質を生け贄に捧げ引き換えにお給金をいただく職ですか??ってくらい、乾燥するもん。
そして売り専のキャストは「男らしさ」「ノンケっぽさ」を求められることが多い、っていうの、身につまされすぎる!

 

セックスワークを引退するということ  (ブブ・ド・ラ・マドレーヌさん)

マドレーヌさんはわたしにとって、ひたすら大先輩。初めてお名前を耳にした日から今日まで、ずっと。
でも、個人的なお話だとか昔のことだとかを伺ったことは全然なかったから、なんだかちょっぴりかしこまった気持ちで読んだ。とくに「馴染みさん」からの着信をじっとやり過ごすところでは、わたしも息がつまる思いだった。
「自分の最大寿命から逆算して、生きている間にすべき事を考え始めました」という文の凛とした感じが、ふだんわたしがtwitterで見るマドレーヌさんに感じているマドレーヌさんらしさ(なんとなく、きっぱり、かつ、しなやか、ってイメージを抱いています)に近いように感じて。
わたしのまわりでは彼女のことをブブさんと呼ぶ方が多いけど、この文を読んだあとは何だか「マドレーヌさん」って感じがしたよ。
引退って、わたしにとってはまだ見えなくて、だけどある日突然そうするしかない状況へ追い込まれることもありえるし、目を背けたいけどそうもいかないけどでもでも、っていうもやもやに埋まってる。いま現役で働いている人のうちかなり多くが、そうなんじゃないかって思ってる。かつてそれを経験した人が引退について語ってくれる言葉はとてもありがたいものです。

 

Sex Workerが観るSex Work映画〜その8「風と共に去りぬ」(御苑生笙子さん)

ついについに!笙子おねえさまの真骨頂!TAKARAZUKA!!うふふ。
これが2014年元旦の更新だったというだけで、未来が明るいような気がするよ。
でも読んだら、ぐっ、じわり、うるっ、て来る。新年早々泣かされた。。。毎回だいたいそうなるんだよね。ひとつ前の「サマリア」「リービング・ラスベガス」の回もそうだった。
ガールズヘルスラボは、風俗嬢のための、という主旨で生まれて運営されているサイト(※)だから、あたりまえだけれどとってもセックスワーカーフレンドリーな場所だけれど、そういう場所でセックスワーカーに向けられる偏見について、それと向き合わされるつらさについて、こんなふうに語る文章があるってすごいことだ。
笙子さんの連載は、どれも同じセックスワーカーとしての共感に溢れている。けれど彼女の文章は「そうだね!つらいね!つらいね!」という気持ちで終わらせるようなことを決してしない。共に考えてくれるひとがいることの希望をしっかりと感じさせてくれる。
答えが出ない、ひとりではどうにもできない、すぐに解決が望めないような種類のつらさにいちばん必要なものだと思う。

爪と骨 (椎名こゆり)

さりげなく自分の書いたものも宣伝しよう、そうしよう。
もうかなり昔、アンガールズの田中卓志さんがテレビ番組で「謎の骨がある」と言われていたことがあり、なんだかそのエピソードが好きでずっと覚えています。人間はそんな部位に骨は出ていない、鳥類ならあてはまるけど……という話でした。
結局その骨は人間だれしもあるもので、しかし彼のように極端にやせていない限り見えないものなのでそのような噂となった、というオチだったと思います。
でも「みんなにはない骨がある」というのが、なんだか田中さんには似合うような気がして、いいなあ、と思ったのでした。

実はわたしにもちょっとイレギュラーな骨があるのですが、外側からはまったく見えませんし自分でその存在を意識することもできません。このストーリーの女の子のように、自分のさじ加減でちょっと目立たせたりできたとしたら、わたしはだれに見せたかっただろう、とちょっと思いました。

 

※……なんども書いちゃいますがそれは「風俗業を仕事としている人の実用に耐えうるクオリティを」という姿勢であって、そうでない人にも読んでもらえたらいいなー読んでほしいなーってことがいっぱい詰まってるサイトです。健康で安全にスキンシップをするには?という点では同じだけ当事者なのだから。

 

ハローグッバイがiPhoneアプリになりました

風俗求人誌モモコにて以前連載していた「ハローグッバイ」というプチ恋愛小説が、先日iPhoneアプリとしてリリースされました。
(連載当時のブログ記事12

エッセイスト椎名こゆりが描く純愛小説『HELLO GOODBYE』

主人公「サキ」は28歳の女の子。仕事はずいぶん慣れたのに、年下の客はどうも苦手……。 客なんて、やることはみんな一緒。だから、いちいち客に対して感情なんて持ちたくないし、持たれたくもないーー。そんなふうに思っていたのに、あの人のことが胸に引っかかって、仕方がない。店で出会った客が気になるなんて、ありえないのに。 「客」はあくまでも「客」。でも、店を一歩出たら、ただの「男」と「女」。それぞれの想いが交差するリアルな純愛ラブストリー。

いま恋をしている方、これから恋がしたい方、もう恋なんてしないと思っている方、『HELLO GOODBYE』を読んでせつない気持ちに浸ってみませんか?

 

ですってよ。
「エッセイスト?」と思った方もいらっしゃるかと思います。
「現役風俗嬢ながらエッセイストとしても活動中の椎名こゆり」を略して「エッセイスト椎名こゆり」だと思っていただけると助かります。
……天下のApple大先生はその、わたくしの本職の方の名称をお許しにならなかったようなのです。
度重なるrejectと戦ってくださった関係者の方々にお礼申し上げます。

 

自分のiPhoneに自分の書いたものがある、という感覚に、初めて原稿がモモコ本誌に掲載されているのを見た時の「きゃー!」感を思い出しました。
全く同じものがWebでも読めるのですが、ブラウザで読むのとはやっぱり違って感動しました。
3年前のものなので今あらためて読み返して顔から火が出ることこの上ないのですが、それもまた。
じんわりとうれしいできごとです。
容量がおおきめなので、もしもダウンロードしてくださる際はWi-Fi回線のみが使えます。
また、17+ のレーティングをされています。
よろしくお願いします。
(※アプリ内の広告をクリックしてもわたくしにはビタ一文入らないため、椎名をもうけさせたくない方も安心して読めます)
 
それにしてもこの「店を一歩出たら、ただの『男』と『女』」っていうフレーズ。
夢見がちなお客さんが言うような言葉に聞こえるけど、そうじゃないの。その「店を一歩出る」がどれほど稀なことかも、どれほど重たいことかも、そうしたいと思える出会いがどれほど奇跡に近い(つまり、ない)ことかも、
「店を一歩出る」ためには必ず、両者ともがそうしたいと思ってなくちゃありえないはずなのに、どうしてか片方が無視されがちなことも。
ほーんと、思い知らされてるよね。
2012-09-11 | カテゴリ: お知らせ, weblog | タグ:  

 

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