2015-12

来々週には愛し愛されて10年後には彼氏になりたい

さいきんわたしのくせに真面目なことばかり書いていてほとほとうんざりぽんなので読んでも何の役にも立たないどーーーーーでもいいことをダラダラと書きなぐりデトックスします。。役に立たないってもう言ったからね!

 

大みそかの夜……いかがお過ごし?(ミル姉さん)
わたしはもうなにもしません。もう決めたもん。なにもしない。だいたい日付の感覚はあまりない生活をしているので、ふとNHKのニュースで「今年も残すところ」とか言ってるのを聞いてキョトンとするばかりの毎年です。むかしむかし年中無休の店に勤めていたときは、お手当てにつられて働いたこともあったけど……いまにして思えばがんばってたなーって思う、ほんとに。官公庁がお休みしてるような日付って極端に普段と客層が変化したよね。スイッチの入っていないピンクローターをあばら骨あたりにグリグリと押しつけられ「ねぇイク?イッていいんだよ?」と迫られた、そんなわたし史に残る思い出もあれたしかお正月のことだった。やばかった。

家の中にひたすらこもることで浄化される疲れってない?
はー豆を煮てパンを焼いて(部屋を暖める目的を大いに兼ねている)たまにテレビでアメ横の様子を見て「ううぇ〜人すごい〜」とかのんきに言ってたいわいつまでも。ゆく年来る年をしみじみした気分で観ましょうかなんて思ったのに蒼白い雪の中に佇むお寺の美しい映像にうっかり「ほげ〜寒そうすぎてムリ〜」とか言って台無しになりたい。昔の大みそかの映像をYouTubeで見たりしたい。ああWが出た年の紅白がまた見たい。触覚がピヨンと生えたあの可愛すぎる若草色(だったっけ……)の衣装が。スキスキスキスはむげんだい〜。

何年前のことか忘れちゃったんだけど、11月くらいにね。
もう何度目か呼ばれてるちょっと仲のいいお客さんに呼ばれたときね、お風呂セットしながら「アタマのなか♪ほとんどっ♪彼〜氏〜♪」って歌ってたの。ちょう機嫌よく口ずさんでたの。

なんだろ、わたしはこれから起こることが楽しみでほんのりときめいているのであなたも緊張しないでくださいね、というメッセージをうっすらと伝えるためのちっちぇー作業っていうか、曲は別にそれじゃなくても明るければなんでもいんだけど、その人が「20代のころはいわゆる『モーヲタ』でして」って言ってたことあったから、でもなんかそのときモーニング娘。の歌をとっさに何も思いつけなくって季節的にちょうどよかったプッチモニになっちゃったっていうなんかそんな感じ。聞こえても聞こえなくても、拾ってくれてもくんなくても別にどっちでいいようなもうまじでちっちゃい些細などーでもいいことなんだけど、その人クククッて笑いながら「シーナちゃんも彼氏がほしいの?クリスマスまでに」とか言って。拾って。んーまさかそんなこと言うわけないよねごめんね、的なニュアンスまで含めて言って。だからわたしもウフウフ笑ってさあ、その時なんかちょっと魔が差して、通じるかどうか分かんない、たぶん通じなさそーな発言を「試しに」みたいなノリで言ってみちゃって。

「ちがうんですよーあのねー。彼氏が欲しいっていうか、んー、どっちかっていうと彼氏になりたいんですよ、わたしは」って。わっかんないよねふつう。

そしたらお客さんがああ!!!って顔して「あの、わかります、わかるよ!」ってパッと目とか開いちゃって、なんかもうこれ以上言葉でなんにも言ったりはできないけどすっごい共感してて、その共感をすっごい信じられる!って状態?みたいの?ができあがっちゃって、ふたり静かにそのちょっとした『わかり合えた感』を噛みしめたの。その数秒間がちょー楽しかった。すっごいにっやにやしながら。あはは。

これってお互いが「ぴったりしたいX’MAS!」を知ってて聞いたことあって、ある程度理解してるっていうか、あの頃のプッチモニの感じをぼんやりとでも好きでなければ持てない感覚だよねきっと。似たような回路を持っている同士というか。あ〜趣味の集まりから芽生えた恋愛ってやっぱいいかも……有野さんの奥様もゲーム好きってWikipediaに書いてあった……などと余計なことポヤ〜ッと思ってた。

あとねー、別のとき別のお客さんが、突然「ホームページによるとあなたは後藤真希さんと同じ誕生日ということでしょうかッ」とかなんかそういう独自のポイントになんらか見いだしたっぽくて、やたら興奮してたことがあって……そこはプロフィールに誕生日ついてる店でね、やめたほうがいいと思うんだけどそういうの、生年月日とかだだ漏れなのよくないもん、いや嘘つけばいいんだけどみんながみんな危機回避能力あるわけじゃないしあったとして回避しきれない常軌を逸した相手ってたまにだけどずえっっっっっったいいるからさ、んでわたしは思いつきで10月20日って適当に記入してたからそういうことになっちゃって。ただああいうのはあった、なんかこう、あたしゴマキと誕生日が一緒で〜、みたいに、こう、話がね。何分間か間を持たせるのに使えることもあるかもっていう。そういうチマチマした打算ていうか。

でね、でね、もう適当にそうなんですよーとか言って笑っておくより他になかったんだけど、「えっと時々カラオケで歌いますよ」とか小さなサービスをついてさしあげたりして和やかに会話してたの。なんかその人それまで全然しゃべってくれなかったのが突然すごい喜んだからわたしも嬉しくなって。何かの曲のフリをちょろっと歌ってみせてあげて「あー懐かしい」なんて言ってみたりして。そんで「だって高校生の頃1万回歌いましたもん」とか言ったらさ、その人真面目な顔して「高校3年間で10000回ですか?それでは月あたり277回に」とか言い始めちゃったの。そう。そいでいやーやばーいどうしよーってなって、慌てて訂正して。嫌味とか揚げ足とかは全然思わなかった、そういうんじゃなくて、あーそういうところを厳密に扱うタイプの人だ!!わたしとは全然違う回路なんだ!!って思って。

ちがうんです、そのう、仲の良かった友達と何度も何度も練習して歌った思い出がほんとうに楽しかったなって記憶に残っていて、もう1万回にも感じてしまうほどに繰り返し思い出してはあの頃を愛しく思っている、っていうことを、言いたかったんですー。みたいなね。そりゃもう一生懸命に言い訳したの。真面目に。ははっ。

そしたらお客さんはやっぱ真面目な顔して、「シーナさんはとても文学的な表現をされるのですね、僕はそういう感性がありませんから尊敬します」って言ったの!予想外の文学扱いがきてもうあせっちゃって。それからなんだかんだ学生時代の話とかしたのかな。ごっちんを好きになったきっかけとかも話してくれて、あーその時のそれわたしも覚えてます、かわいかったですよねえ、なんつったりして。

だからさー……なんだろ?
同じような回路があったり全然ぜんぶ違う回路があったり、別にどっちがいいとかじゃないんだけど。どっちもどっちでコミュニケーションの楽しいとことか難しいとことか、うまくいったりいかなかったり普通にどっちもあるんだけど、なんかお客さんと「ちょっと昔の話」ができるってなんかいいな……と思ったの!これが本題!
あとハロプロってやっぱりすごいよねー。あ、ごめん、これがいちばん大事なことだわ。これ本題。

年齢が19歳とか20歳とかだったときはさ、あ、えっと、営業用の? だったときはさあ、そういうことってあんまりなかったもん。それが20代後半くらいになってきたら「10年前の話」みたいのができるようになって、それがけっこうおもしろいなって。これで店変わったり客層変わったらまた違うんだろうけど。んー10年前に物心が付ききっていた人どうし、で話ができるって言ったらいいのかな。にぎわうmixiを知ってる人どうしって言ったらいいのかなー。レミオロメンの粉雪ってたぶん10年前じゃない? 誰か言ってたよこないだ。あの曲思い出すと2005年の冬の思い出とか、居た場所とか、あった出来事とかつきあってた人のこと一緒に思い出して、思い出すんだけど、でもしかしそれはそれとしてやっぱ頭の中は結局コナァァァァァ!!!に支配されちゃう人どうし、の変な連帯感って、なんか、なんかあるじゃん……!!(笑)あ、 10年前の僕らは胸を痛めて愛しのエリーなんて聴いてた感といってもいい。ふふふ。
愛し愛されて生きるのさのときはさ、「10年前」を思い出すとか不可能だったから、子供だったから。10年前っていうのの捉え方自体がよくわかんなかったしうまく想像できなかったけど。今は分かる気する。10年前のすごく近いところも、すごく遠いところも、あとそれでも夢から夢といつも醒めぬままなんだってところも。手を繋げた時は過ぎてしまったってことも。

「10年後」ってどうなんだろー。10年後の何月にまた会えるの信じて〜、みたいなロマンチックさ? ときめき? みたいのって、ある? わたし10年後とか言われるとついついシビアなことを先に思い浮かべちゃいそう……視力とかきっとそろそろ落ち始めてるのかな……みたいな。あとB型肝炎ワクチンの抗体まだ効いてるかなーとか。あはは。いったいいつから10年後よりも10年前が甘酸っぱい言葉になっちゃったんだろう。

あとねあとね、10年前とは言わないけどたぶん2007年頃、わたしが本当に仲いい女の子とバラライカとかロボキッスとかあとあれ、好きすぎてバカみたいを歌ってた頃、あっでもこれ放課後のカラオケとかじゃなくて深夜のデリの待機室なんで。うん。そうその頃にはさ、2015年にお客さんと「誰がなんと言おうとやっぱり加護ちゃんの歌はうまい」「そうだそうだー!」なんて話してるって想像できなかったよね!!つい最近した。そういう話。すっごいしみじみしちゃった。未来にきちゃったなって。ウチらが住む未来だぜレツゲーダッ。

mixiっていまどんなムードなんだろう。足あとってまだあるんだっけ、なくなったんだっけ、なんなんだったっけ。なんかこの足あとどうこうって話題自体がひどく古いような気がする。

あー加藤くん元気かなぁ。
加藤くんてねー、ちょっと年が上の友だちがいたの。mixiの名前をときどき変えて笑いをとってたんだよ。なんかね、自他共に認める非モテキャラとしての地位を確立していた男の子だったのね。電話すると「もしもしこちらブサイク」とか言って出てた。はは。
あの、ある日突然mixiの足あとリストに「エミネム」って出てきて、クリックしたら加藤くんだったんだよね。それだけのことで延々と笑い転げてた。んで加藤くん友達が多いもんだから、渾身のダサいTシャツにボサボサ髪でさらに変顔して写った加藤くんの写真、それを雰囲気だけはアーティストっぽく今でいうインスタみたいにオシャレ加工した写真があって、下に「エミネム(83)」とかってまるでおじいちゃんみたいになってて、それにもまた笑わずにいられなくて。もうそんなことばっかやってんの。加藤くんのホームに行ったらみんなこぞって文句を書き込んでたよね。ほんと愛されてた。

大人数で遊びに行ったときについてきた加藤くんの友達の男の子がずっと口説いてきて、その人はわりとモテそうっていうか、モテようとするタイプの人で。わたしはあんまりときめくような感じではなくて、でもまあ、角が立たないように接してたの。そしたらわたしの携帯にメールきて、「ユリちゃんになんて言ってるか知らないけどそいつ彼女いるんだ、ごめん、気を悪くしちゃったら、だから何って感じかも、別に好きになんかならねえよって感じかもだけど、その、ごめん、ブサイクが出過ぎたマネしてごめん」みたいなしどろもどろのメール。あはは。優しかったよ、加藤くん。

元気だといいな。元気で長生きしてほしい。たしかお互いにCDか本か借りたまんまになっちゃったんじゃないかな。
なんかそんな気する。何を貸したのかも全然おぼえてないけど。

あ、アップルパイ焼ける。食べよう。DEAN&DELUCAのアップルパイスパイスのブレンド加減が好きです。シナモンもナツメグもクローブもあるんだから無駄遣いだよ……と遠慮していた日々は無意味であった。
終わります。加藤くんのことを思い出したまま終わります。

2015-12-31 | カテゴリ: たわいないはなし, むかしのはなし | |  

 

わたしにだって言わせない

最近は別館のきのこなブログにも少しずつアクセスが増えて、うれしい限りです。あれは架空の「同業種経験者で話のわかる人」に向かってはしゃぎながらワーワー喋っているようなものなのでだいたいテンションがおかしいですが、そうではない堅気のお仕事の方もけっこうついてきてくださるので嬉しさにひとりニヤついています。ありがたいことです。ニヤニヤ。

そればかりか最近のこれに関しては「勉強になりました」という感想も多くいただき、みなさん本当によい子ですね。いま「よいこ」で変換したら何よりも真っ先に「よゐこ」と出てきて面食らいました。確かによゐこは好きですが、そんなに頻繁に入力する状況なんてあるだろうか。でも出てくるってことはきっとあったんですよ。あったから出るんですよね。しょうがない。いいですよよゐこ。とか言いながら実は代表作であろうたくあんを乗せるコントくらいしか見たことがないんですが、「シュール」と呼んで片付けようとしても後ろからひたひたと追ってくるノスタルジー(青くささって言うの?)とクレイジーが絡み合う恐怖の魅力があの一場面の古い記憶だけからでもわかります。
大人になった今の気持ちで、当時のよゐこの真剣なコントを見てみたいです。そうしたら無人島生活もゲームセンターCXも、なにかまたいちだんとおもしろみが深まるんじゃないかって気がする。

よゐこへの想いを語るコーナーじゃなかったんだった。えっと、どちらかと言われたら断然有野さん派です。

 

面白かった、という感想とともに、セックスワーカーへの差別に対する抗議の意も併せて書き表してくれた人もいて、つくづく感謝を感じました。

そこには、椎名さんが生きるためにセックスワークを選んだそのおかげで、今こうして文章を読める、というふうに綴られていました。わたしの書く物を楽しんでくれていることが分かって、本当に嬉しかったな。

ただ、セックスワーカーを差別してはならない理由を「生きるために働いているから」という点に求めると、食べてゆくのにかかるお金すべてをセックスワークで賄っていないワーカーは差別してもよい、個々のワーカーの働く理由を審査せねばならない、というような理屈がまかり通ってしまうので、注意が必要な表現だと思う、ということだけはお話させていただきました。

彼女は昨年末にわたしが例の件で注目されて多くの好意と悪意とを浴びせられていた最中にもたくさんの意見を届けてくれたひとで、それから後もセックスワークについて考える機会を持ってくれていたこと、わたしの書く物を読み続けてくれていたことにまず信頼を覚えましたので、正直に率直にそういう気持ちを話すことができたのです。ご本人はわたしの言おうとすることをすぐに汲み取り理解してくださって、どんな状況や気持ちで働いていても、差別されてはならないと言い直してくれました。

わかってもらえた安心感の中、もうひとつ、自分の中にだけ残る疑問がありました。
わたしについて書かれた文の中の

「彼女は生きるために、セックスワークを選んだ。」

という言葉が、自分でも意外なほど重苦しいなにかをもって心に入ってきたのです。
どうやらその苦しさは、ああその表現は誤解を生むなあ、という懸念、だけとはいえないようで。
なんだろう……。

「違う、そうじゃない」って気持ちでも、なさそうなんですよ。
だって、そう言われてみればセックスワークで得たお金でお米買ってることには間違いないし、ねえ。

ただ、たぶん、自分でそうは思ってないんですよね。そうだとも、違うとも、思ってないんじゃないかな(曖昧な表現になっちゃうけど)。そして「選んだ」ときのことを話したことはないので、もともとなんのために選んだかは誰も知らないはずです。生きるか死ぬかの苦境でなければ選択肢にのぼらないだろう、と思われていたのかもしれません。

この仕事を始めるときに、生きるため性風俗店で働くか、それとも貞操(?)を守って死ぬか、と天秤にかけた覚えとかね、ないんです。まるでそうだったように誰かから言われることはあるから、あれそうだったっけ? と時々思うんだけど、そうではないです。
だからといって気楽な選択だった、ということでもやっぱりなくって、ただ、それどころではなかった。天秤を持ち出してきて量りよくよく検討する、というような余裕はなかった。いろいろはしょりますが、とりあえず四の五の言わずに一度やってみてそれから考えよう、やれるかどうかもわからないんだし、って感じだったように思います(当時わたしはセックスワークについて、素質と素養と訓練を必要とする高度な専門職、というイメージを強く持っていたので、自分には勤まらないという結果になる可能性も予想しました)。

時間をかけてあらゆる方向に考えを巡らせ、やっぱりこうするしかないのだ、もはやわたしにはセックスワーク(そんな言葉もまだ知りません)しかないのだ、という熟慮の末の選択でもなければ、場当たり的で半ばヤケのような勢い任せの選択でもない。どっちでもない。自分の意思によるものだったことも確かですし、追い込まれていたことも確かです。どちらかに振り分けられるようなものではないんです。

その結果、なんとかやれないこともなく、他に検討した方法よりもその時の自分にとっていくらか総合的なメリットがありそうに見え、他人の足手まといにもなることもおそらくは少ないだろう、と結論付いたので、「もう少し頑張ってみよう」を一日ずつ一晩ずつ重ねるうちに気付けばそれなりの年月が流れた、というのが正直なところです。そして今となっては(この「今となっては」は省略できない)仕事にも馴染み、多少の(多少です。キャリアが長いと「天職と感じて誇らしげに働いている」ようなイメージを持つ人もおられるようですが、必ずしもそのような歌舞伎町の女王状態ではありません)愛着や「慣れ親しみ」のようなものはいくらか生まれており、また日々積み重ねてきたスキルやノウハウを捨てる気持ちにもなれず、他にもここでは説明したくないさまざまな理由によって、続けています。

 

でね、セックスワーカーについて「刹那的で先々のことを考えた行動を取れず、堕落してしまった者」もしくは「まっとうな人の道を外れててでも生きのびることを選ぶ、という決断を下した者」って印象をごく当たり前のものとして持たれていることってあるな、とつねづね思ってて。
どちらもありふれたイメージなんだけど、特に後者のようなことを誰かが口にするとき、必ずしも悪意は伴わないですよね。むしろ称賛さえされる場合もある。
「たとえ世間に顔向けできない仕事でも自分自身の力で働こうとしたのだから立派だ」とか、「それほどの辛い事情があった人なのだから慮ってあげないと」っていう優しい感じだったりも、よく、しますね。

でも、ここから伸びた枝が「その人の事情を聞いてから判断するのがよい」って認識なんじゃないかな。事情の中身をこっちで検討した上で当人を尊重するかしないか決めましょうぞ、っていう。
それでもせめて、そのジャッジを心の中に留めておくことができればよいのだけど、それって難しい。すると自然に、審査に落ちた人はみんなの前で大っぴらに差別されて不利益を受けても仕方ない、本人が悪いんだからしょうがないでしょ、という定番の地獄までもうすぐそばに来てしまいます。

(自己決定と自己責任とは決してイコールではありません。自己決定という言葉がまるで全責任を一カ所へ落とし込める裏ワザのように使われていたり、また、自己責任論から守るための裏ワザとして「あの人たちに自己決定権などない」と言われていたり、しますけど。
わたしたちは、主体性をまるきり無視されることにも自己責任論にも、同時にNOと言わねばならない場面がほとんどで、それって別の職種でもいえるんじゃないのかしら、働いてる人って。)

だから、セックスワーカーを「生きるためにその道を選んだのだから」と他人が定義することは、危ないことだと思うんです。事実まったく生きるために選んでそうなった人もたくさんたくさんいるでしょう、だとしても、他人がわたしたちを引っくるめて「だから彼ら彼女らは○○なんですよ!」という理由付けをするために語ってくれちゃうの、ありがたく受け取れないことが多いです。

ではわたしがわたしの口から「わたしは生きるために性労働を選択したのであります!」と言えるか、言いたいか、というと、これがまたよくわからない。
さっきも書いたけど、わたしの場合は事実に反しているわけではありません、そのお金で食べ物を買って家賃年金保険料などを払ってきたわけだから。ただ、その「選択」のときのことはあまりに複雑だし、整理のつかないものだし、自分の言葉で積極的に語れるものじゃないんですよね。特に語りたくもなく。
(あと単に当時の状況がいっぱいいっぱいすぎて、もはやよく覚えてないんだよねー! 忘却のみが我が人生です。)

この「特に語りたくもない」に対して、わたしの中に後ろめたさがあるようだ、といつの頃か気付きました。一体またどうして、なんだって風俗なんかを、という質問に何度も何度も何度もさらされるうちに、まるで説明責任があるかのような気分にいつの間にかなる日もありましたし(このゆるやかな催眠はなかなか力がある)、それを果たさないことが不誠実だと非難されたこともあったからです。本当は必要ないし、捨てたいものです。こんな罪悪感に蝕まれたくない。でも、掃除したつもりでも気付くとまたうっすら出現しているんですよね。お風呂場のカビのように。

だから、今回自分について「彼女は生きるために、セックスワークを選んだ。」と書かれたとき、
わたしは(あ、その言葉のセレクトは危ないな、そのことがわたしが尊重されるべき理由であっちゃいけないんですよって言いたいな)という苦い気持ちと別に(誰にも話してないことをそういうふうに「語られ」たくない……でも、じゃあ何のために選んだんだっけ? 何のためにって、わたしはっきり言える?)という自分への不安めいたものがじわりと湧きました。そして(いやいやいや何のためとかそういう問題じゃないし、真実を語らないなら想像で語られても文句は言えないって思い込みは間違ってる)と、その不安への反発も湧き、たちまち心が濁ったのだと思います。
本人が真実を語らないなら、他人が憶測や想像で好きに言おうとも文句は言えない。いやなら自分の口からはっきり本当のことを言えばいいのだから—— この考え方(あの言葉を書いた方個人から向けられたものでは決してなく、広く世間一般に存在するものとして解釈してください)が、わたしを脅かしたものの正体でした。これは外部から押しつけられた抑圧です。言えなきゃダメなんてことはない。興味を満たす義務などない。そんなことどうでもいいんですよ。

わたしはわたしの「誰にでもは話したくない」「話す相手とその場所をできるだけわたしが選びたい」って気持ちをもっと尊重したいし、しないといけないよ。おもしろい話が聞けるんでしょ? とか、壮絶な物語があるんでしょ? とか、僕に心を開いているなら話せるよね? とか、そういう視線のすべてをホコリのように払い落とす力が欲しい。今はまだ、3ミリくらい切られますから。
コツコツと強くなれるといいんですけど。

 

過去にわたしの身に起こったこと、セックスワークに行き着くまでの具体的な経緯をもし喋れば、見ず知らずの人々はなんと思うだろうか、とボンヤリ考えること、少しはあります。人の数だけ感想があることでしょうね、と当たり前のことを思います。
それじゃあ風俗を選ぶのも仕方なかったね、と思う人もいれば、いや死ぬ気でやればなんとかなったはずだろう、と思う人も、福祉に頼る選択をしなかったのはバカだ、と思う人も、そしてそれをわたしの耳に入る形で言っちゃう人もいるだろうな、って。
でもね……わたし自身にとっては、すべてが、どうでもいいことです。たとえなにを言われようと、優しかろうと厳しかろうと的を射ていようと見当外れも甚だしかろうと、わたしには全てのご意見がどうでもいいことなのです。だって今ある問題を一緒に考えてくれるのならまだしも、過ぎ去りまくった日の出来事についてなにを言ってもらえたって、わたしにできることなんてもう何もないんですもの。
もちろんこれをひとつの事例としてしかるべき知識のある人が使えば、なにか今後に生かす議論が生まれるかもしれませんしそれは有意義なことだと思います。だけど、わたしが個人として説教されるべき話だとは思わない。

自分の選択が正しかったかどうかになんて、もはや少しも興味がありません。
正しかったとも間違っていたとも思いません。
あの日のわたしのあの日の精いっぱいがそれだったんだもん、今さら誰にも何も言われたくないんです。わたし自身にさえもね。

そんなことよりもずっと近くにあるのは、続けてこられた、っていう事実への本人としての静かな驚きと、これからも無事に安全に続けてゆきたい、続けてゆけるといいけれど、という気持ちのほうです(よくやってこられたわ……まじで……)。そして同じ仕事をしている人たちが、わたしとは気持ちも事情も何もかも違っていても、みんな尊厳を傷つけられることなく踏みにじられることなく安全であってほしい、ということです。
それより先に来るものなんて、なにもありません。この先もずっと。

 

 

2015-12-28 | カテゴリ: まじめなはなし, むかしのはなし | |