まじめなはなし

HPVワクチンの話(2)

(1)のつづき

わたしがHPVワクチンの接種は自分に関係ないとみなしていたのは、ひとえに「まだセックスをしていない10代前半の人のためのもの」というイメージのためだった。セックスしてないどころか性的サービス業に従事している自分には関係ない、どうせ感染しているのだから無意味だと考えていた。

本当にまるっきり無意味なんだろうか。その思いが芽生えてしばらくいろいろ探したのち、この論文に行き当たった。
「産科と婦人科」2010年9月号

抜粋したものをここで見ることができる。
産科医療のこれから

ワクチンに対する考え方は本当にその人ひとりひとりで異なるものだし、特にHPVについては「これが正解、これが世界標準」というようなものがまだあるわけじゃない。しかし「処女なら打ちなさい、そうでないならあきらめなさい(極端な言い方をすると)」なんて単純なイメージは全くの誤りだと知った。

2011年になり、わたしは内科の主治医に思いきって質問してみた。
「わたしがサーバリックスを打つって、あまり現実的じゃないことですか」
笑われちゃうかな、とちょっと身構えていた。椎名さんもう20代だし後半だし。それ以前に椎名さん、デリヘル嬢だし。意味ないですよ。って言われるかもしれない。ですよねー、と笑って終わる準備をしつつ、質問してみた。
でも先生は笑わなかった。「確かに、性体験前の人と同じだけの効果は期待できないかもしれません。でも、全く無意味でやらないほうがマシ、ともいえない」と、やさしく説明してくれた。最終的には費用対効果をどう考えるか、椎名さんが自由に選んできめてよいと思います、ということだった。
そして最後に「でね、もし接種するという選択をするなら、提案があります。今年の秋くらいか、遅くても年末にはガーダシルという4価のワクチンが使えるようになる。せっかく今まで待ったのだから、こちらを打つというのもひとつの策です」と教えてくれた。
「そういえばわたし、そこそこ働いてる割にコンジローマをまだ一度もやってないんです」と言うと、「それはいいことだ。感染していない、ということはさすがにないだろうに、普段の生活や椎名さんの予防意識で、上手いこと抑えられているのかもしれないですね。ワクチンを打ったら、万が一コンジローマが出てしまった時に規模が小さくて済むようなことも、もしかしたらあるかも」と言ってくれた。

(4価のワクチンはHPV 6, 11型という「尖圭コンジローマ」の原因となるHPVの感染も予防する。先圭コンジローマはSTIの一種でイボができるもの。それなりにポピュラーでとても再発しやすい。頻繁にレーザーで焼きに行っている同僚の女の子もいた)

帰り道、同じ病院で以前A型肝炎とB型肝炎の予防接種をしてもらったときのことを思い出した。あのときも、先生はわたしのヘナヘナの知識をひとつひとつ補って安心させてくれて、そして「肝炎はねー痛いんだよー♪」とニコニコしながら打ってくれたんだった(インフルエンザよりはちょっとだけ痛かったかもだけど、基本的に可愛い先生なのでこれから打つ方はおびえないでください)。
肝炎の予防接種はわたしにとって、かかって苦しむことの心配が和らいだ以上に意味があったことだった。気がついたのはしばらくしてから……接客のクオリティがちょっとだけ上がったように、自分で勝手にだけど感じたのだ。たぶんあれこれ心配したりびくびくする気持ちが減ったから、集中力が増したのかもしれない。

わたしは、そして多くのセックスワーカーがそうだと思うんだけど、基本的に客になった人にはできれば満足して帰ってもらいたいと思っている。しかし安全を差し置いてそれを優先することはできない、何をおいても互いの身の安全は最重要事項だ。客の側の人はそこに関する意識や知識が備わっていない場合も多い。すさまじく多い。このことが頭をよぎると、なんとなくサービスがおとなしくぎこちなくなってしまう日もやはりある。

わたしの場合はおしり付近への愛撫を行うときに、ふと感染症のことを思い出して集中が途切れることがあった。それが予防接種をしてからなんとなく「どんとこーい」という気持ちでそこに向かえるように、ほんのちょっとだけなったんだ。

(もちろんこわいのはA型肝炎だけではないし、風俗店を利用する人はもっと「アナル舐め」というよくあるサービスの危険さを認識するべきだとも思っています。勤務する店の基本サービスに含まれる以上はやらないと契約に反する感じになるので頼まれればわたしはいちおうやりますが、人には全然すすめないですし頼まれずにやるのはよっぽど条件が揃ったときだけです)

そしてわたしの気持ちは固まった。プラセボでもよい。ガーダシルを打ってみましょう。
もしも副反応でひどい目にあったら? うーん……そうなったら、そのとき考えるしかない。死んだとしたらそれまでだ。

 

2011年の秋に、いつも子宮頚がんの検査をしてもらっている婦人科でガーダシルの接種を開始した。

(3)につづく→

2012-02-12 | カテゴリ まじめなはなし | タグ: Comments Closed