たわいないはなし

夢について:セックスの相手

中学生の時に読んでいた雑誌の読者お悩み相談コーナーに「セックスする夢を見ました。わたしは変態なのでしょうか?」というものがあった。その女の子(おそらく同年代であったと思う)がその状況で「変態」という言葉に行き着くことにショックを受けたのでよく覚えている。

わたしはときどきセックスする夢を見る。だけどそれは、他の人がみているそれとは、違うものでもある。もしもその夢を調べたくなって「夢占い辞典」を開くとしたら(持ってないけど)、【セックス】ではなく【仕事】のページをまず引く、そういう夢もあるから。

仕事の夢、としてのそれは、特に余韻を残さない。夢の中の仕事でうんと気を遣って神経を磨り減らしていたときは、起きてからなんだかすっきりせず夢に文句を言いたくなったりもするけれど。

ときどき見る、そうでない方の「セックスする夢」。それらはほとんど、とても気に入ったものになる。ふだん夢の中ではあまり情緒が強調されないというか、現実よりも淡々と飛ぶように時間が過ぎることが多いけれど、そういう夢はたいてい、濃密でとても情緒的だ。夢の中でのわたしの感情が、とても豊かではっきりとしていて、それが目覚めた後もずっと残っている。

きのう、そういう夢をみた。

相手は夢の中でも現実の世界でも知らない、架空の男だった。恋人でも客でもないひと。夢でわたしが彼に対し好意を持っている、という演出もなかった。淡々とひたすら、言葉もなくただセックスしただけだった。

それはとても夢中で楽しくて、安心のある時間だった。相手が決してわたしを傷つけはしない、故意だろうとウッカリだろうと勘違いだろうと。それが保証されたような、安心がそこにあった。わかってもらえている、知ってもらえている。

そういう安心が現実のセックスにないことの不満があらわれた夢だったりして? と思わず自分を振り返ってみた。わたしは仕事外のセックスパートナーに対しては思うことをとても正直に話してしまう方だし、その点について夢に見るほどの不満を抱えてるってわけじゃないけど、求めるのは誰にも簡単じゃないことだと思う。当たり前だけど他人とすることだもの、自分でない存在の感覚を知る術はないし、ちょっとした痛みやちょっとした不快感と「そんなつもりではない」との間の細い隙間をちくちくと手作業で埋めてゆくのは、どちらにとっても気力の必要なことだ。

どんなに長く付き合って、何度も関係を重ねて信頼関係を築いた相手であっても、わたしだって爪の先を何かの拍子に引っかけてしまったり、指先の力がつい弾みで乱れたり、そういうことはしてしまう。されてしまう。100%の安心なんて、夢の中以外ではない。

痛いこと、あるかもしれないけど、もしそんなことがあっても怖くない。そう思ってもらえたら幸せだし、そう思ってもらえるようにいつも心を込めていたい。

セックスする夢のうち、特に強く印象に残って気に入っている夢の相手は、人間ではなくて水だった。水(正確にはぬるま湯)とのんびり抱き合っていた。
人間に期待しないあまり無機物との愛に目覚めたか! と自分の脳みそにときめいたものでした(そんなんじゃないけどね)。水、付かず離れず間合いも絶妙で、けっこう上手だったよ。

2011-09-01 | カテゴリ たわいないはなし | | Comments Closed