おはなしノート, たわいないはなし

黄色いハイチュウ、赤い花

少し前、とてもいい夢を見た。
わたしはちょっとした建物の小部屋にいて、無印良品のダメになるソファみたいなものと戯れながら友人とおしゃべりしていた。
現実の世界でも友達で、業種は少し違うけど同じ職業に就いている女性。

夢の中でのわたしたちも、なんの業種でどんなサービスなのか詳細は分からないながらなんらかのセックスワーカーらしかった。いくつか並んだその部屋はいわゆる「待機室」で、出入り口にドアはない。廊下から誰か別の女の子が、通りすがりに「おはよう」「おつかれー」などと声をかけてきてくれて、わたしたちもだらけたポーズのままで応えたりした。

どうやらひとりに一部屋あてがわれて、ここは友人(ルナさん、とその夢では呼ばれていた)の部屋のようだった。わたしはダメソファとブランケットとお菓子とバッグを持って、彼女の部屋に遊びに来ていたのだ。その部屋は硬質でシックなインテリアでまとめられていて、ルナちゃんの着ているセクシーな黒いドレスがよく映えた。耳には大粒のカットクリスタルのピアスが光っていて、それをきれいだなあとぼんやり眺めながら最近読んだ本の話をしているわたしのレモン色と白のワンピースだけが、なんだかのんきに浮いていた。

そのうちに黒服がやってきて、「あっやっぱりここでしたか。お二人ともお支度お願いします」と言った。探させちゃったかなと思ってあやまると、いえ、実はまっすぐこっちに来たんですよたぶん一緒にいるような気がして、と言って少し得意げに彼は笑った。

髪と化粧を直して、ふたりで部屋を出た。ふとルナちゃんが「あっ待ってシーナちゃん」と呼び止めて、頬にまつげが落ちてる、と言ってそっと摘んでくれた。貴重な資源が……と言って笑いながら、ルナちゃんの指はひんやりしていて、でも優しかった。

 

建物の前に出ると男の人がふたりいた。ルナちゃんの客は見たことのない花の大きな大きな花束を持っていて、薔薇のようなカサブランカのような、なんだかよくわからない花なのだけどとにかくきれいだった。わたしの客はアケビの蔓を編んだようなカゴにいっぱいのぶどうを持っていて、空いた方の手をつないだ。わたしの服を「すごくかわいい、ハイチュウみたい」と言ったのでルナちゃんとふたりで遠慮なく笑った。このおみやげはあとで分け合おう、と約束をして、空を見上げるとブルーとピンクがにじんで広がったような透明な色をしていて、そこに銀色に鋭く光る月が出ていた。きれいだねえ、と言い合って、しばらく4人で空を見ていた。美しい空に花のいい香りと、そこに時折ほんの少しルナちゃんの香水の香りが混ざって、幸福感に満ちた匂いに包まれていた。つないだ男の手のひらはしっとりとあたたかかった。

 

目が覚めてからもしばらく、わたしは空の色を思い出していた。いつまでもベッドの中にいたかったけれど、途方もなく縁起の良い夢に思えたので、わたしの商売運がかつてない高まりを見せているとしか思えないよこりゃ、と自分に言い聞かせながら出勤した。
が、しかしその日最初についた客はどちらかというと気分を害してくるタイプの人間だった。

若い頃の悪事(詐欺から性犯罪まで多岐にわたった)を自慢話にして朗々と語るものだから、心に厳重な戸締まりをした上でそうなんですか、すごいですね、と相づちを打つことに専念していたのだがどうも芳しくない。客の表情が冴えない。そうだろう、すごいだろう、と満足感を得てほしいのに、そして機嫌よくサービスを受けてもらって早く職務を果たしてしまいたいのに。たぶんわたしの態度が彼の求めるものではないのだな、と思った。「すごいですね」と言われるよりも、怯えさせ、怖がる表情を見たかったのではないか。

しまったなあ、と思い今後の作戦を考えていると、客のトークの方向性が変わった。昔の犯罪自慢から、「現在どれだけ稼いでいるか」「息子もどれだけ稼いでいるか」「自ら起業せずサラリーマンに甘んじている人間がいかに愚かか」にシフトしたのだ。あっ、と思い、引き続きわたしは「すごいですね」路線の相づちを打った。さっきよりももう少し心を込めて。
客も今度は満足したようで、きみもこんな商売からは早く足を洗って稼げる男の嫁になりなさい、長い目で見てそのほうが利益になるんだぞ、と言って頭をチョ〜ンと撫でて(?)きたので、ああ今がタイミングだな、と思い「そうですよね、なにもかも××さんの言う通り」としおらしくしてみせてから「でも甘いかもしれないけどあたしやっぱり素敵な大人の人に愛されたいな。だけどそんな人ってもうほかのだれかのものなんですよね」みたいなことを言ってそいつの金の結婚指輪を見つめた。思惑はきちんと通じ、それからは脇目も振らずプレイに熱中してくれたのでもうあとは淡々と仕事をするだけでよかった。愛されたいとか抱きしめられたいとかいう単語を出すと当然のように本番を要求されるリスクがあるが、それが可能な性能力はすでにない年齢だという読みも運良く当たったので事無きを得た。

自分の聞きたい言葉をわたしに言わせようと言葉を重ねるのではなく、わたしの「すごいですね」路線を見て自分の仕掛けるものを変える、すごいですねと言われて気持ちのよくなれる話題に転換する、そういうことができる人だった。頭のいい人だ、と思った。その頭のよさに助けられたな、とも。

でも、ホテルを出たら心の底からせいせいした。ああもうたくさんだわ、という気持ちだった。疲れていた。

コミュニケーション力は、まるですばらしい能力で技術で人徳で、それさえあれば人間関係を円滑に運ぶことができるかのようにいわれることも時々あるけれど、それが高いからといって隣にいる人がこころよく過ごせるわけではないのだ。

 

せいせいしながら車に乗り込むと事務所から電話がかかってきた。だっるいなーと思いつつ機嫌のよい声を作って「もしもしィ〜」と出ると、いつにない早口で店長がこう告げた。「今のお客さんが呼び戻してもう3時間いけるか、って電話と、本指名の△△さんの90分のオーダーと、ちょうどバッティングして今ふたりとも保留にしてる、どちらか選んでください」

ドキッとした。
一晩でそこまでのまとまった金額をポンと使うような新しい客は、店にとってもありがたい存在に違いない。呼び戻したいというほど気に入られたわたしに、よくやった、という評価も少しはしてくれているかもしれない。期待を裏切るのは得じゃないかも、と思った。おそらくお酒でも飲みながらなにか話したいだけで、もう肉体的な負担も少ないだろう。
対して△△さんは2ヶ月に一度来るかどうかというごくごく普通の勤め人で、わたしより40cmも背が高くてがっしりしているから何をするにもいろいろ大変で、そして90分ならそりゃあもちろん入ってくるお金も半分だ。わたしにも、店にも。

だけど口からはすんなりと「申し訳ないんですけど」という言葉が出た。

 

店長は「かしこまりました……たぶんそう言うと思いましたよ」とにこやかな声で言った。
××さんがあまり気のいい客ではなかったことを電話応対から感じ取ったのか、それともわたしが△△さんのことを誠実な客だと認識していることを知っているからかはわからなかったけど、少しホッとした。

 

もしかしたらあの人も、ひとりになったら淋しくなったのかもしれない。
もしかしたら、さっきとは違う気持ちでわたしと会いたいと思ってくれたのかもしれない。いい気なもんだがちょっとだけそう思った(いや、単に説教し足りなかったのかもしれないけど)。
でも、もうわたしにはバッテリーがなかった。さっきと同じ笑顔であの人の前に出るだけの気力が湧いてこなかった。心の中の出川哲朗氏がマイクマイクと叫んでいるのが遠くに聞こえた。
車はさっきの部屋の5分の1くらいの値段で泊まれそうな別のホテルに着いた。もう何回も会ってだいぶ気兼ねなくおしゃべりするようになってきたというのに未だにこの時だけは敬語になって「よろしくお願いします」と言ってくれる△△さんから両手でお金を受け取った瞬間に、バッテリーは充電された。これから90分、わたしはほかのなによりもあなたの笑顔が見たくて働く。

ベッドの上で息を切らしながら、これでいいんだよねえ、と思った。選ばせてくれるってことは、選んでいいってことだよね、わたし好きにしてもいいよね。ルナちゃんだってきっといいって言うと思う、絶対に言ってくれると思う。目を閉じてあの夢の中の香りを探すと、そこにあるのは少し汗ばんだお客さんの髪の匂いだけで、手をつないだら熱くて力強くて、それはそれでそれなりに、幸せだった。

マイクの元ネタは「イッテQ 出川 充電 マイク」などのフレーズで画像検索すると出てくるかもしれません。

 

2016-11-28 | カテゴリ おはなしノート, たわいないはなし | | Comments Closed