weblog, むかしのはなし

ヒマワリ、パクチー、カフェオレ色のクマ

ゆきよさんのお通夜に参列することができました。わたしが彼女のことを書いたものがご親族の方の目に留まり、声をかけていただけたのです。

少し迷いました。わたしは初めての場所に出かけることがたいへん不得手(いままでどれほど他人に迷惑をかけてきたことでしょう)ですし、まして埼玉県には全く土地勘がなく夜間で天気は雨、また次の日は大事なお客さんがロングコースの予約を入れてくれていたので、泣いたりして目が腫れたら仕事にならない、という不安もありました。
そしてなにより、友人でもなく仕事仲間でもなく、一時期ちょっと交流してもらったというだけで今となってはただの読者のひとりでしかないわたしが、そんなところに出ていっていいものかどうか、と。

それでもやはり行こうと決めたのは、やはり年上の友だちの助言でした。セレモニーは残された人のためにある、きっと区切りをつける一助になるから、できれば足を運ぶとよいと思う、と。

初めて乗った東武鉄道は知らない駅名ばかりなのでいつでも路線図から目が離せず、乗換案内アプリの示した電車にてんで間に合わず、バス乗り場では後ろ側のドアが開いたことに驚いてオロオロしたりしましたが、なんとか辿り着くことができました。ゆきよさんが高校時代を過ごした街。会場の案内図には「大塚幸代」と案内されていて、ゆきよさんの名前って漢字だとこうなんだ……とまったくばかみたいに今さら戸惑いました。

つくづくわたしは「ゆきよさん」に面倒をみてもらっただけだった。それなりの大人としてライターの大塚幸代さんにも会ってみたかった、そのずば抜けたセンスに生でくらくらしただろうな。そう思いながら中に入ってすぐ、お焼香ではなく玉串奉奠の用意がされているのに気づき、うんと昔にゆきよさんが「ねえ私死んだらどうやら神式の葬式になるらしいよ?この年まで知らなかったんだけどー」と言っていたことを急に思い出しました。持ち方とか回し方とかちゃんとしたお作法があるのだろうけど、全然わかりません。わかりませんという気持ちを瞳に込めてスタッフの方と目を合わせると「これをね、根元のほうを祭壇に向けて……」と丁寧に耳打ちしてくださり、でも結局やっぱりなにがなんだかきちんとできず、とりあえず置いた、という感じになってしまいました。ごめんねゆきよさん、ああしかもわたし御玉串料?でいいの? 入れた袋も思いきり蓮の絵ついてるし全部グダグダだよ、思い出せばよかったのにね、ごめんね、と思って写真を見たら、ゆきよさんはまるで「んああもういいよそんなの!テキトーで!」と言っているような顔で笑っていました。まごついたせいでワッと泣いたりせずに済んで、たすかりました。ただ、忘れているんだなあ、ということがつらかった。

とてもたくさんの人が来られていて、でもわたしを知っている方がいるわけではないのでそっと失礼しようと思ったのですが、片隅に置かれたテーブルに写真が飾られており、そこでしばらくの時間を過ごしました。
ゆきよさんの携わった書籍やお友達との写真、子どもの頃のアルバム、かわいがっていたのであろうぬいぐるみ。ハートをつけた茶色いクマのぬいぐるみはどこかで見覚えがあるもので、そっと触れて話しかけてみました。ゆきよさん、どっかいっちゃったねえ。さびしいねえ。

家に帰ってお引き物の箱を開けたら、そのクマさんによく似た色のタオルが入っていて、なんとなくうれしかったです。故人のぬいぐるみ(を持たない人ならそれに準ずるなにか)(ぬいぐるみに準ずるものってなんでしょうね)を置く習慣、もっともっと広まればいいのに。そのくらい、ぬいぐるみひとつで心がはげまされたのです。

 

次の日には無事にいつもとかわりばえしない顔でお客さんと会いました。普段はいちおうネイルをしているため自爪でいるのをめずらしいねと言われ、ゆうべお通夜に行ったので、と言って少しだけゆきよさんのことを、「以前お世話になったお姉さん」と話しました。彼はわたしが持つお客さん方の中でも人並み優れた育ちのよさ(育ったご実家の経済力、という意味でなく)と共感性の高さを持っている、とわたしはにらんでいる相手なので、話すことにいやな感じはしなくて。でもオフラインで彼女について誰かに話すのは初めてで、それがお客さんなのが不思議な感じでした。わたしの本名も知らない人。

 

ズーズーしくなりなね。
自信を持ちなね。
わたしたち、いま生きてる人を、いま大切にするしかないんだよね。
好きな人に好きと言わないと、いつか必ず後悔することになる。
でも……私なんかに好意を持たれて迷惑かもって気持ちがあると、もう、できないから。
ユリちゃんは自信を持ってね。理由なんていらない。だって女の子は幸福でいなくちゃいけないって、信じてる。

ゆきよさんが言っていたこと、わたしに言ってくれたこととブログやなにかに書いていたこととの区別ももうわからなくなってしまっているけれど、この数日間ずっとたぐりよせてはつなげて並べていたこと。

 

すてきなおともだちだったね、まだまだいきたくはなかっただろうに、かなしいね、いまは。お客さんがそう言った声には若い女への憐れみを楽しむような気配を少しも感じなかったので、わかってはいたけれどほっとしました。つい、この人が突然にいなくなってもわたしがそれを知ることはいつまでもありはしない、悼むことも別れることもできはしない、逆でも、という普通のことをしみじみと考えました。

好きだという言葉はあまり使えない間柄なので、別の言葉を探して、まわりくどく、忙しいでしょうけど身体を大切にして、と言いました。だって昨日まで元気で他愛ない話をしてベトナムフォーとか食べて、きょうも明日もあたりまえに元気だと本人もまわりも思っていたってわからない、人ってあっけないものなのねって思い知ったから。でももうしばらくのうちはあたしを指名してよね、と。

結局ありふれた決まり文句のようになってしまった。

彼は最初にわたしがファンレターを出して知り合った、というところを、すごいね、えらかったね、とほめました。図々しかっただけよ、と答えたけれど。

 

そしてまた突然に急に思い出したのは、いつかゆきよさんも、わたしのことを「えらいね」とほめてくれたことがあったのです。
店のホームページや客に見せるファイル用の写真(その頃はデリバリーでない店に勤めていたので、モザイクのない写真を店頭に出す必要があった)を撮られることはどんな気持ちか、という話をしていた時だったと思う。

ユリちゃんは、写真撮られるの大丈夫なんだねえ。いやわたしが苦手なだけなんだけどさ、自分の顔って、わからないじゃない。永遠に自分で見られないし、どんな顔してるのかって思うと怖いんだよね。鏡を見るのも。
超わかるー!と無邪気にわたしは言ったはずです。鏡に映った顔は左右がはんたいだし、きっと他人が見てる顔と違うと思うし、写真の中で笑ってたりするとこの人誰なんだろうって思う、自分、ってものじゃなくて、それどころか、いきもの、毛を長くのばして顔になにか塗っている変ないきもの、って思うよ。
それで、このへんないきものがわたし、このへんないきものがわたし、って思うときもくて、でもずっとやってると突然一瞬だけその「きもい」が「かわいい」と区別できなくなって笑いが出そうになるから、そこですかさずやめるの。
そいで、もう考えないの。

そんなふうに言ったときじゃなかったかな、ゆきよさんは「ユリちゃん、あなたはえらいですね」と言ってくれたんでした。どうして? ときくと答えずに、ただ、えらいですよ、ほんとえらいです、よしよし、と繰り返して。

力が抜けて、情けなくて、泣き笑いの気持ちで肩を落としました。超わかるーじゃねえよ、バカだなあ。

お客さんがシャワーを浴びているあいだ、ベッドの上でほんとにちょっと泣きました。仕事中になにやってんだ、バカだなあ。

 

お別れができてよかった。
そう思ったことも、本当です。機会をくださったご親族の方に、背中を押してくれた友だちに、心から感謝しています。でも、これから何度もわたしはゆきよさんに会ってしまうと思う。わざと呼び出したり、不意に通りの向こうを歩いているのを見たり、はち合わせて驚いたりするのでしょう。そのたびにウッとなったり、ひりひりしたり、その審美眼をあらためて尊敬したり、ああこういうこと言ってたのかと学んだり、やっぱりちょっと泣いてしまったり、なんだよゆきよ暗いよ元気出せよオイ、わかったわかったかわいいよ、なんて思ったりもするかもしれない。

それはきっと新宿で、渋谷で、池袋で、高円寺で、iPhoneの画面で。

だから、やっぱり、おこられないように、自信の練習、するよ。

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2015-04-10 | カテゴリ weblog, むかしのはなし | | Comments Closed