weblog, むかしのはなし

乙女は白昼に血を流す(鼻から)

一日に一度決まった時間に鼻から多量の出血をする、という事態におちいった時期がある。
高校生の頃で、季節は初夏だった気がする。

それはたいてい5時限目の授業中だった。これといった前触れも痛みもなく、ただかすかな違和感の直後ボタボタボタッと鮮血がノートに落ちてくるのだ。それが数日間つづけて起こった。

なにかの病気のサインでは、と友だちも先生も心配してくれたけれど、わたしとしては恥ずかしさの方が深刻だった。近場の耳鼻科に相談すると「粘膜が弱いんじゃないの?」という診断だったし、それにちょうど生理だったので、代償出血ということもあるのかもと思い自分ではあまり大事には考えなかった。
最初の一度こそ自分も周囲も慌てふためいたけれど、2度目からはそっと顔を隠しながらティッシュを握りしめ静かに廊下へ出るようになった。誰もいない廊下の壁にそっともたれて、遠くの教室から漏れてくる声を聞き分けてみたり、空を流れる雲の速さをはかってみたりしていた。

そんなことが日課となった頃、いちばんひどい出血がきた。これまでが「ポタポタ」ならこのときは「ドボドボ」だった。手持ちのポケットティッシュではとても間に合いそうになく、わたしは保健室へと急いだ。不安に胸をざわつかせながら静まり返った廊下を抜け、階段を駆け降りていると人影が見えた。物理の北村先生だった。

北村先生は当時まちがいなく、学校内で最も生徒に怖れられている人物だった。口うるさいわけではないのだが、それはつまりお説教すら存在しないまま容赦ない判定が下されるということだ。10秒でも遅れれば教室に入れない(鍵をかけてしまうところが本気だった)し、レポートも受け取らないし、テストの赤点は決して動かさず、追試は1回しかやらない。泣きつこうものなら表情一つ動かさず「それが何か」「私には関係のないことです」と言い放たれる。

それらは学校によってはさして珍しくないことであろうが、『偏差値は中の上で素行はよい、おとなしいという以外に特色のない地味で小さな高校』ではかなり目立っていた。その進学校っぽい厳しいやり方に加え先生自身が隙のない完璧な人であったことから、生徒たちの間ではもはや気軽に悪口すら言えないような存在になっていたし、おまけに見た目までも怖かった。通常、頭髪の薄い男性教師というのは生徒から笑いのタネにされがちなものだけど、北村先生の場合はかえって箔がついてしまっていた。

階段を走っているのを咎められるかもしれない、と思った瞬間、最後の1段をわたしは踏み外した。わずかな段差なのに、持ちこたえられずべしゃりと床に手と膝をついてしまった。同時に北村先生がつかつかっと駆け寄ってくるのが分かった。
自分のどん臭さを呪いながら立ち上がろうと焦るその間にも血が滴り床を汚す。
あっ、あっ……とうろたえていると、先生は言った。
「ここは私が片付けますから、あなたは早く保健室へ行きなさい」
辺りにはさっきまで先生が両手で運んでいた書類が斜めに傾れて散らばっていた。
「そんなものはいいから行きなさい」
それはいつもと全く同じ、冷酷無比に思えるほど感情を排したあの表情と声色だった。ずびばせん、と言ってわたしはよろよろと立ち上がり、真っ赤に染まった制服の胸元を隠しながら歩き出した。

保健室で下着の上にジャージを羽織って鼻を押さえながら、先生とはいえ他人の男の人に自分の血液を片付けてもらうということのなんともいえない恥ずかしさに思い至り、胸がつぶれた。

でも、助けてくれたのが北村先生で、ちょっとよかったな、とも思った。しゃがみこんで床を拭いている姿さえも冷たくて完璧で、でもこの学校の誰も先生のそんな姿は知らないし一生見ることもないのだ、と思うとなんだかうれしくもあった。実際にはわたしだって見ていないのに。

それ以来、びっくりするほど大量に出血するようなことはなかった。
わたしは時々北村先生と言葉を交わすようになり、そのことで周りから若干の変人扱いをされ、物理の成績が少しだけ上がった。

2014-05-07 | カテゴリ weblog, むかしのはなし | | Comments Closed