weblog, たわいないはなし

さみしかろうよ

ひとつ前のblogの元になった連続ツイートをしたあと、とても外出する気分ではなかったけれどどうしても薬が必要でのろのろと着替えて近所の病院まで歩いた。ここの先生は見た目の優しそうな雰囲気そのままにゆっくりと診察してくれて、こんなこと言っても仕方ないかなと思うようなこともちゃんと聞いてくれて「それはですね、こういう仕組みでね、それでこうなってるんですね、だからねえ、心配は、いらないんですね」とニコニコ説明してくれるので、これでもし地元の人以外通らないようなこの細い小道にあるんでなければ大変な混雑になってしまうだろうなと思う。それでも混んだ時間帯は患者さんでいっぱいで、往診の時間に間に合わないとおにぎりを詰め込みながら自転車に乗り込む先生の姿が目撃されている。誰もいない頃を狙って行けるとこちらもなんとなく満足感があったりする。

今日の先生はわたしの血中酸素分圧を測りながら「あれまあ。きれいな。紫陽花ですか」と言った。ネイルまで見ているとは、この先生おそるべしである。しかもラベンダーのラメに白とピンクの小花をつけたアートをあじさいだとわかってくれるとは!

ちょっと気が晴れたので、ちょっとだけ、散歩して帰ることにした。小さな墓地のそばを通ったら、みごとに茂った紫陽花が丸刈りにされてゆくところに遭遇した。花が終わったらすぐに剪定した方がよいのはなんとなくわかるけど、まだパッと見のきれいな花まで切り落とされているのはやっぱりもったいなく見えて、でもどうやらそこには小さな人だかりができており、年配の女性達が切った花の中からめいめい気に入ったものを選んで持ち帰ろうとしているのだった。

みんな少女のように真剣な眼差しではしゃぎながら、ほらみて、これきれい、とうれしそうに手の中の花束を見せ合っていた。ときどき虫を発見してきゃあ、と驚くものの地球の危機のようには騒がないところだけ、大人だった。わたしも部屋に飾りたいと思ったけど、大きな花瓶には別の花が入っているのを思い出し、じゃあ小さいのをひとつだけいただこうと手を伸ばした。青い色の、小ぶりだけどまあるく可愛いものを見つけて、それを拾い上げた。これなら入る空き瓶がありそうだ。

満足してその場を後にして、拾った青い花を眺めながら歩き出ししばらくすると、背中に人の声が聞こえた。おじょーさーーん、と。振り返ると首にタオルを巻いた造園業者さんがこちらを見ていた。そしてわたしのもとにきて、持っている紫陽花の枝にいくつかハサミを入れて葉を落とし、こちらに向けた。

「ひとつきりでは、さみしかろうよ」

白くて大玉の、きれいな紫陽花だった。
ありがとう、とてもきれい、と言ってそれを受け取った。

2012-06-29 | カテゴリ weblog, たわいないはなし | | Comments Closed